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お貴族様、ふたり



エリザベス・ヴァンペルトは転生者である。


別の世界から転生したリアやソフィアとは違い、この世界でエリザベス・ヴァンペルトとして2回目の人生を送っている。



エリザベスは父親の浮気相手の子だ。


ありがちな話だが彼女の母親は元メイド。少女時代から仕える主人に恋をしていたが、やはり彼はそれなりのご令嬢と結婚した。

しかし、ご令嬢は息子が生まれると主人に構わなくなった。主人は苛立ち紛れにメイドと浮気した。妻への当て付けでしかなかったが、メイドは恋が報われたと思った。


息子が乳離れすると妻は、浮気相手であるメイドの前でこれ見よがしに夫に擦り寄った。

望みが叶った主人はもうメイドに興味を示さなかった。

彼女は失意の中、屋敷を脱け、8ヶ月後に女の子を産み、エリザベスと名付けると、そのまま死んだ。


エリザベスは"貴族の子を孕んでいると思い込んだ狂人の子"として4歳まで孤児院で育ったが、ある日、魔法が暴走した事で父親が本当に貴族であると発覚した。


非魔法使い同士の間に突然魔法使いが生まれる事は珍しいが、決して無い事では無い。リアがそうであるように。

だが、エリザベスの場合は貴族の父親が彼女を自分の子として認知したのだ。


そして、正妻亡き後、娘としてヴァンペルト邸に迎え入れられた。


父親がそうしたのは、妊娠したメイドを"追い出した"という誤った情報を抑えたいという考えがあってのことだ。



エリザベスを産んだ母親は魔法使いでは無いし、エリザベスの魔法は弱かった。

兄はエリザベスを見下した。

そして自分の母の死が、エリザベスの所為であるかのように敵視し、暴力を振るった。


彼女からすれば兄こそ母の仇だ。

兄の言う事や、使用人の噂話から確信した。

自分の不幸はそもそも兄が生まれた所為だ。母はその所為で夢を見て、打ち砕かれて、狂って、死んだ。

力で兄に敵わないエリザベスはストレスの捌け口を1つ年下の妹に求めた。


兄がエリザベスに暴力を振るう→エリザベスが妹に暴力を振るう→妹を攻撃され腹を立てた兄がエリザベスに………と連鎖する負のループから抜け出せなくなっていた。


ループするほど人間らしさを失い、全員が心を病んでいた。


味方なんて居なかった。家の何処にも居場所が無かった。


兄は家族を壊したエリザベスを憎んだ。

妹は暴力的な兄と姉の存在に心底怯え、鬱ぎ、声を失った。

エリザベスは、母の仇の兄も、リベンジポルノで生まれた妹も、この地獄に引き摺り込んだ浅はかな父も、この世の全てを怨んでいた。



エリザベスの最期は16歳。

学園祭を終え、長期休みに入る家路の途中。

兄の手で崖から突き落とされた。


雨が降っていた。

兄は心底嬉しそうに笑っていた。




……今でも雨の音がする朝は崖から突き落とされる夢で目を覚ます。


あまりに強く精神に焼き付いた死の恐怖は、あの時両肩を掴んだ兄の手形を、真っさらな体に赤く浮かび上がらせるほどだ。



エリザベスに前世の記憶が戻ったのは、初めて魔法が発現し、暴走した4歳のその日。

ヴァンペルト家と関わらずに人生をやり直すには手遅れだった。


未来で自分を殺す兄が恐ろしくて、何だって我慢して、媚びて、胡麻を擦って、負のループが嫌で、妹の機嫌を取って。


辛くても、無理矢理笑って生きてきた。


そうしたら、不思議な事にいつの間にか、本当に仲良しな3人兄妹の様相を呈していた。

メイド達も皆、エリザベスの味方だ。

家の何処にでも居場所があって、逆に現実味が無い時すらある。


自分だけが我慢すればうまく行ったという結論に、釈然としない時がある。腹が立って仕方が無い時がある。


それでも笑う。


今世の兄は現在婚約中。その婚約者が見つかるまでエリザベスみたいな人と結婚したいと言っていた。

…今世でも子供の頃いじめた癖に、だ。


ーー心底恐ろしくて、気持ち悪い。


因みに婚約相手は親子ほど歳の離れた女性。

再婚だと言う事だが、兄には勿体無い優しい善人だ。

絵に描いたような理想の母、理想の姉。

もっと誰か良い人が居ただろうに、とは思うものの、エリザベスも妹も、彼女を気に入っているし、彼女のような人間が家に居てくれたら嬉しいので、姉妹は結託して、「兄なんかよりもっと良い人が居る」とは言わない事にしている。


なお、そんな素敵な彼女の、何処にエリザベス要素があるのかは不明だ。


……「実は兄の婚約者が悪い人間で、兄を葬ってくれたら良いのに」と心の底で期待してしまう程度には、


ーー私は悪人ですもの。


今世の妹は明るく育ち、社交的でよく喋る。

姉よ姉よと何処にでもついて来て、入寮の時には学園都市まで見送りに来て、泣きながら帰った。


ーー私の天使。


今世でも、エリザベスはヴァンペルト家に来たばかりの頃、兄から酷い扱いを受けた。それでも害意をグッと堪えて妹の丸い頭を撫でていると、どういうわけか不思議と心が癒されたのだった。

奇跡のような体験だった。

もっと早くその事を知っていたら良かったのに、と思ったら泣いてしまった。


妹はエリザベスを心配して、自分も泣いてしまった。


エリザベスの妹が尊かった瞬間Best5に絶対に入ってくる鉄板エピソードだ。


彼女はエリザベスが無理矢理作った偽物の笑顔を本物にしてくれる存在。



ところで、エリザベスの兄は、非常に顔が良い。

だからエリザベスは顔の良い男も貴族の男も信用できない。

大嫌いだ。

その両方が揃っている男など特に。反吐が出る。


好きなのは、自分を守ってくれそうな、肉壁のような男だ。

バルクに大き過ぎなんて無い。

チーズに乗せ過ぎなんて無いように。

チョコレートにかけ過ぎなんて無いように。


好意を向けて来るカイオン・ヴァレーリも身分と顔に目を瞑れば、まあまあ厚みがあってそこそこ良いガタイをしているが、エリザベスにとっては、まだまだ細マッチョの域を出ない。



『お前はいつも笑顔だ。』


『誰もがそう心掛けるが実際、容易い事では無い。それができる者は真に強い。だからお前を妻としたい。』



カイオンの言葉が思い出される。


ーー言ってくれたのがカイオン様でなく、筋骨隆々な男性だったらなぁ。


いや、いくら筋骨隆々でも1週間で自分の核心に触れて来る人間など。気味が悪い。

その観察力で、結婚後ねちねちイビって来られたら堪らない。

いやいや、でも、バルクさえあれば…。



エリザベスは、ここ学園都市に来てから数ヶ月、"早起き"という新しい朝のルーティンを取り入れている。


体に温かい血液が行き届くのを感じながら、布団の中で伸びをする。呼吸を整えて、むくりと起き上がり、窓から寮の庭を見下ろす。

庭ではお気に入りの小さなマッチョ、リア・リトルスターが大剣の素振りをしている。

体より大きいのではないかという大剣を軽々と振るのだ、晴れの日も、雨の日も。


ーー今日も素晴らしいバルクですわ。


そのうち、晴れているとクラスメイトの家のメイドが出て来る。2人が思い思いに体を動かすのを見ていると、何だか眠くなって来るので、15分ばかり二度寝する。



リア・リトルスターとの出会いは入学式の日だ。


寮に向かって歩いていると、カラフルに光りながら小さなマッチョボディが自分を追い抜いて走って行った。

体の作りから、それが女である事はすぐに判ったが、何故か下が男子の制服だった。

そして、小柄な体型にして、腕のバルクも去ることながら背筋も中々のものだった。


次の日、爆音で目を覚ますと、床に穴が空いており、下を覗くと、昨日のマッチョがいたのだった。小さくて厚みのあるフォルムで判った。

その時、本来の髪はピンク色だと知った。彼女は意外にも可愛らしい顔をしていた。



……ある雨の朝。

その日も悪夢で目を覚ました。

またこの夢か、と騒ぐ心臓を抑えるように胸に手を当て、ゆっくりと息をした。

呼吸を落ち着け、重く痛む両肩をさする。


朝日を浴びて起きたいエリザベスは窓の下にベッドを配置している。

雨の日は悪夢を見るというだけで憂鬱なのに、光が少ない事が更に暗い気分を増長させる。

少ない光を少しでも多く取り込もうとカーテンを開けた。

すると、雨の中、寮の庭に、ふわふわのピンク色の髪の、太い四肢の、見知った人間が居る。


どうしてそうなった?という程、体に不釣り合いな大剣を振っている。それも軽々と。


一朝一夕の鍛錬でそんな風になれはしないだろう。

彼女は一体どんな気持ちで。

どれほど積み上げて来たのだろうか。

何がそうさせるのだろうか。


ーーきっと、彼女も何かと戦っているのね。…私と同じ………


何だか安心して、二度寝したエリザベスは、家の使用人達が素晴らしいマッチョボーイという素敵な夢を見た。



それからも不思議とリアとは縁があり、嬉しく思っている。



ーーーーー


エリザベスは今日も妹に手紙を書いた。


最初こそは死から逃れる為、義務的に優しく接していたが、子イヌのように懐かれ、今では骨抜きだ。

顔も仕草も可愛い(字も可愛い)ちなみに魔法使いとしても天才。

一緒に勉強して、魔法の練習もしてきたエリザベスがそう思うのだから間違い無い。

地上最強パーフェクト美少女だ。


もうすぐ長期休暇。

妹に会えるのが楽しみでならない。学園祭よりずっと、ずっと楽しみだ。

ところで、クラスメイトであるソフィア・アバルキナの所に、彼女の弟がよく会いに来るのが羨ましいという事を今回もまた書いてしまったが、気にしてしまうだろうか?


ーーなどと思いつつ、逆に気にして欲しい気持ちの方が大きくてよ。良い姉には成りきれないものね。


エリザベスはフロントに手紙を預けた。


来年度には妹がこの学園にやって来る。

エリザベスはそれが待ち遠しくて仕方がない。


姉妹水入らず、毎日一緒に食事をしたり、勉強したり、魔法の練習をしたり、本の感想を言い合ったり、学園祭ではお揃いのドレスを着て………


ーーそんなこんなで2年など、あっという間に終わってしまい………


想像上の卒業でちょっと感傷的になりつつ、フロントから部屋に戻ろうという時「ライザ様!」と声を掛けられた。


「リアさん!」


エリザベスは明るく声を上げる。


ーーあなたはどうしていつも、そんなに良いタイミングで現れるのかしら。


ラフな格好のリアがニコニコしながら駆けてくる。

そんな彼女にフロント係が「ちょっとー!」と呆れ加減に声を掛けた。


「リアちゃん、寮内走らないのー!罰として腰、お願いーっ!!」

「いっすよー!!」


リアは魔法を詠唱して、フロント係の腰を癒している。

普段はクラスが違い、魔法の授業のみ一緒に受けているのだが、授業中の様子だけ見ると炎の魔法使いとしか思えない。

しかし、この通り。肩凝り、腰痛、関節痛"だけ"治せる光の魔法使いらしい。


「ライザ様、今日も妹様にお手紙ですか?」

「ええ。」

「筆まめですね。偉ぁい……」

「そう?ありがとう。」


ーーリアさんが居るのならCクラスも良かったかも知れませんわ。


…実は。

1回目の人生で、家庭環境が劣悪だったエリザベスは、当然と言えば当然、ヴァンペルト家でまともな教育を受けておらず、Cクラスに在籍した。

今世は前世の知識もあり、兄から見下されないようにという強い気持ちもあった。

知識を頭にぶち込み、マナーや身のこなしを学び、妹と共に魔法の研鑽に努めた。

その今となってみれば当然の事なのだが、幼少期に魔法の暴走を起こしたエリザベスには、高い魔法の才能が眠っていたのだった。


そして、Aクラスに入ることが叶ったのだ。


とは言え、エリザベスがCクラスの場合、前世でCクラスに居なかったリアは、繰り上がってBクラスだったりするのだろうか……


「リア!」


声がして振り向くと、プラチナブロンドのツインテール。

エリザベスは息を呑む。


ーーそうでしたわ!Cクラスには彼女が居たのでしたわ!


1回目の人生、エリザベスは学園生活でも居場所が無かった。

その時に、こいつさえ居なければ、と思った相手が彼女だ。


最初の魔法の授業で目立って、クラスのイニシアチブを握り、周りからチヤホヤされて、最後までエリザベスを見下した態度で扱い続けた貴族だ。


しかし、今のエリザベスには「こいつさえ居なければ」が分不相応な逆恨みだったとわかってしまう。


ーーまず貴族として格が違いますのに。

ーーそれに彼女が居なくても、私は貴族の家に住んでいただけの教養も人徳もない子供だった……暗黒の歴史ですわ。


なんと恥ずかしい。


苦手意識と羞恥心でクラクラする。


「ちょうど良いところに居た、リア!お前に数学を教えさせてやろう!」

「あざーーっす!さっすがプンプン!」

「プンプン!?」


突如として可愛らしい単語が飛び出し、エリザベスは目を丸くする。

Cクラスの当時のクラスメイトの名前など1つも覚えていないし、彼女も例外ではないのだが。

しかし。


今世では多少貴族社会の知識もあり、彼女の正体はわかる。

が、しかし。


彼女の姓名の中にそんな可愛い響きはどこにも含まれていなかった筈だ。


「なんかいつも怒ってるっぽいからプンプン。」

「フン。可愛いあだ名だろう?お前も呼んで良いぞ。」


困惑するエリザベスを前にして、リアがクラスメイトに助言する。


「プンプン、ライザ様は庶民じゃなくて貴族ですよ。」


ツインテールはわかりやすく怒った顔をして、リアの尻をパシィン!と叩いた。


「…失敬。初めましてライザ、私の事はプンプンで宜しくてよ。」


何とか体裁を整えるプンプンに、エリザベスは軽くカーテシーした。


「プンプンさん、初めまして。」

「"さん"は要らない、ただのプンプンですわ。」

「プンプン…」


プンプンは満足気に頷いた。

エリザベスは「ほぉぉ」と感慨深い溜息を吐いた。

そして、そのまま茫洋として、フロントを後にする2人を見送った。


人生、何が起こるかわからない。


殺されないように生きたら妹との絆が深まって。

妹との絆で、無理矢理作っていた笑顔が本当の笑顔に変わってきて。

その笑顔の習慣で、上級貴族に言い寄られて。

上級貴族に言い寄られて、困っていたら可愛いマッチョと仲良くなって。


可愛いマッチョと仲良くなったら、かつて妬んだ人間とあだ名で呼び合う事になってしまった。


…本当に、


「人生って何が起こるかわかりませんわね。」

「あらまあー、その歳でそんなオバサンみたいなことを!」


フロント係が笑うのに釣られて、エリザベスも笑った。





ついに、この世界の転生者が、出揃いましたね…!

だからって何も起きませんが。


この作品をウォッチリスト?に入れてくれてる人が居たことを知ってしまい……どうしよ……になりました。

ありがとうございます&申し訳ないです。

書いてるうちに、別に仲良くなる予定じゃなかったライザとプンプンが喋りはじめてしまって、困惑しています。


【セオドア・ヴァンペルト】

エリザベスの異母兄。仕事ができるサイコパス。

幼くして母を亡くしているので仕方ない事だが、マザコン。

2人の妹両方ともとあまり仲が良くないが、兄と妹の宿命といった所だろう。諦めてほしい。

顔面以外の良いところといえば、浮気・不倫の類に病的に潔癖であり、絶対に浮気ができない所くらいか。ちなみに婚約者は元夫には後妻として嫁いだ。結婚後すぐに夫が亡くなり実家に返された。そのような経緯から再婚相手も無く今に至る。


後書きで説明されているということは、つまり今後出番は無いと言うことである!!!






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