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朝練



悪夢を見た。

→まだ暗いのに目が冴えて、眠れなくなった。

→中庭で素振りを始めたらマリーと出くわした。


朝見るにはレアな存在であるマリーをじっと見た。


メイド服だが、八角棒を持っているので、目的が鍛練だと分かる。


リアは汗をかいて服を洗う前提の、着の身着のままパジャマスタイルだというのに、きっちりメイド服を着込んでいるなんて、美人は汗をかかないのだろうか?


「いつもこの時間に鍛錬ですか?」

「いえ、いつもはお嬢様の授業の間に。今日は何だか、妙に目が冴えて。」


八角棒で素振りを始めるマリーを後目に、リアはドラゴンを思い浮かべる。

ドラゴンを近くで見た事など無いが、ドラゴンを倒す為に剣を握り始めたリアは想像のドラゴンと戦い続けている。


尾をどう払う?脚をどう薙ぐ?どうすれば剣は心臓に届く?首を落とすには?

縦横に軽々と剣を振るいながら、時にその遠心力を利用して、巨体と戦う。


「どうして貴女は剣を握ったのですか?」

「ドラゴンを倒そうと思っ……」


マリーからの不意打ちの問いに、リアは、ポロリと口にした真実にハッとして、顔を赤くする。


おさらいしよう!


ドラゴンは、実在はするが、実在する、と言うだけで、殆どの人間が一生出逢う事は無い。むしろ、会いたくても会えない。

なので、"ドラゴンが怖い"とは、子供が暗がりを怖がる事に、非常に近い。


しかし、リアはもう子供じゃないのに、未だにドラゴンがめちゃくちゃ恐い……!!


「ドラゴン…………?」

「わー!!!ソフィア様には言わないで貰えます?多少格好を付けた理由で通したので……。」


多少格好をつけた理由=ピンチになったら兵隊さんをスライスして逃げる。

ドラゴン怖いよりはマシだが、特に格好は付いていない。


ーーいや、まあ、実際そのうちドラゴンと戦うんだけどさぁ。


遠くない未来に対するプレッシャーから目を逸らすように、マリーの方を見る。

と、目が合う。


「押し相撲、しますか?」

「エッ!?何で?やります!何で?」

「1年生寮から3年生寮まで、女子寮の使用人の間で流行っているのですよ。」



使用人の朝は早い。


自分の身支度を素早く整えたら、お嬢様の着替え準備。

起きた主人の身支度をお手伝い…と言ってもドレスとは違い、制服は自分で着られるのだが、ジャケットとスカートを洗濯に出していた場合、リネン室に取りに行かなければならない。

それだけでなく、顔を洗うお水を少し温めたり、タオルを用意したり、お嬢様の寝癖を直してあげたり、大変だ。


寮のフロントまで朝ごはんを取りに行き、テーブルに並べるか、ベッドに運ぶか。お茶かコーヒーを、淹れる仕事もある。


"近侍"のマリーはソフィアと一緒に朝食を取る。

その他の者は、主人の判断で後で食事を摂ったり、毒見がてら先に食べたり、やはりソフィア達と同じように一緒に朝食を摂るパターンもある。


主人を送り出して、寝間着やらタオルやら、洗い物を纏めて、ひと眠り。

午前中のうちに、纏めておいた洗い物をランドリーで洗濯して、部屋のお掃除。


主人たちが校舎で昼食を摂る頃、使用人たちは寮の食堂で昼食を頂く。

その後は、少し暇になる。


そもそも段取りのプロである。学園都市生活の時間割にメイド達の順応は早く、かなり早くから暇を持て余していた。


段取りのプロ達は暇であることが苦手だった。


午前の授業と昼食だけで主人が戻れば何か用事を言い付けてくれたりもするが、そうでなければ、時間のパズルがスカスカなのだ。

これは精神衛生上とても悪い。


そんな折、鍛錬の1つとして、寮の中庭で押し相撲をしていたバトルメイド勢に注目が集まる。



「押し相撲は、奥が深いのです。実は王城の騎士達も嗜むのですよ。」

「へ、へぇー?」

「鍛えて差し上げましょう。」


向かい合って立ち、マリーの「始め!」の合図で、リアは両脇に力を流されて前につんのめる"事故"を、起こすつもりで、思い切り手を前に突き出す。

そして、面白いほど、スッテンコロリンと転ぶ。


「????????」

「力み過ぎです。指の付け根から手の付け根に、リアさんの衝撃を受け流し、私の力も乗せました。力んでいた所為でもろに吹き飛びましたね。」


マリーが掌を指さしながら解説をするが、


「ファンタジー力学!!!」

「……??それは庶民が使う負け惜しみの言葉ですか?」


攻撃を待って受け流そうとしてもスッテンコロリン。

ばしぱしと打ち合うつもりがいつの間にかスッテンコロリン。


まだ明けきらぬ空を仰ぎながら、リアは思う。


ーー悲しいくらい幸せだな。


彼女が死ぬ未来を知っている。

だが、自分は強くなったし、賢くなった筈だ。

何かできる筈だ。


ーーそれなりに積み上げて来たじゃないか、私は。


それに、何も、ドラゴンを倒す必要までは無い。

洞窟を破壊して巨大なガラスに封印するとか。

何かズルでも何でもして、マリーの命を守れればそれで良い。


彼女がいつか言った、ソフィアは使用人の事など、


『大切にしなくてもいいのに』


という言葉に、自分から垂れた涙の意味が、今なら分かる。

彼女ならば、ソフィアのために、簡単に死ぬ。

クールだと思われがちだが、やさしい。

……そういう人だと、この世界で初めて会った時から、無意識に知っていた。


大切にしてくれた人を、大切にする、マリーのその純粋さが愛しい。

涙が出るほど、美しくて、可愛い。


もう2度と嫌なのだ、彼女がこの世界から消えるのは。


グスッ


「泣いているのですか?」

「泣いてないです!」

「そんな事ではドラゴンを倒せませんよ?」


呆れたように言うマリー。


……実は、彼女には8歳の秋から密かに信じている事がある。


主人がドラゴンと戦う運命を背負っている事である。


ソフィアがドラゴンと対峙するその時、自分が助けになりたいと思っている。


目の前の庶民は自分以上に信じているのだろう。

ドラゴンと戦う運命を。

背丈ほどの金属塊を軽々振り回すまでに、己を鍛え上げてしまう程。


「ほら立って!」


マリーは同胞を急かした。


小さな大剣使いが起き上がるのを、マリーが待っていると、朝の体操でお馴染みのニコレットがいつも通りの時間に出て来た。


「あらあら、マリーさん、子供泣かせたらダメじゃないですか。」

「泣いてませんから!!」

「だそうですよ。」


その後、マリーは、ニコレットからも簡単にスッテンコロリンさせられるリアを見て、ふふ、と笑って帰って行った。



リアはその日、体調不良だと言い張って授業を休んだ。





マリー「ウサギはひっくり返すと死の恐怖で動かなくなります。一見、安らかに見えますが、首にナイフを突きつけられた人間がおとなしいのと同じ状態です。ストレスになる上、背骨が折れて半身不随になってしまう危険もあるので面白半分にひっくり返してはいけません。」


ニコ「でもリアさんはひっくり返すんですね。」

マリー「ええ。ひっくり返った時に、何が起こっているのか理解出来ていない様子が大変に面白いので。」



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