"リア"・リトルスター
ーーいいか、ロマンスゲームに登場するのは女ライバルだけだ。断罪される悪役令嬢なんて登場しない。まあ、私が知らないだけかもだけどね。
彼女が知らないなら、存在しないだろう。
彼女こそは古今東西の逆ギャルゲーを網羅した女。
ーーロマンスゲームはハッピーな気持ちになるためにやるんだよ。不幸な人間が居たらハッピーな気分になんかなれないだろ?
そして、クールだと思われがちだが優し
ーーあとな、オーガストは女主人公が女を攻略するギャルゲーを作ってはくれない!!目を覚ませ!!!
「しょんなぁぁぁぁあああ!!!!!!」
リアは自分の叫び声で目が覚めた。
夢の内容は覚えていないが、3歳の少女の胸は悲しみでいっぱいだった。
「どうしたの、リアちゃん?」
隣の布団で寝ていた母が娘に問う。
「おともだちが、りあちゃんいじめゆの。8月がなんとかなんとかなの。」
「あら困ったわねぇ、お母さんのお布団にいらっしゃい。」
少女は母の布団に潜り込んだ。
母親は娘を抱き、ぽんぽんと背中を叩いてあやす。
「きっと、8月じゃなくて、きっと収穫祭って言ったのよ。お父さんが美味しい料理をうんと作ってくれるわ。夢の中のリアちゃんはお友達の分まで食べちゃったのね。」
「おとうしゃんのゴハンはせかいいちおいちい!おともだちにもわけてあげゆ!!」
少女の名はリリア・リトルスター。
しかし、彼女を【リリア】と呼ぶ人は居ない。
両親が彼女を【リア】と呼ぶからだ。
ここから遡る事2年。
1歳で喋り始めたリリアは妙な事を口にする。
「りりあ、は、ちがうこ」
それから、リリアは自分の名前に反応しなくなった。
仕方がないので、両親は【リリア】を【リア】と呼んだ。【リリー】だと、リリア、と聞こえるらしい。リア、では一音足りないだけで男の子の様な名前になってしまうが、「リリア」と声をかけて、
「りりあ、いゆ?」
と青褪める娘を見るよりずっと良かった。
美人な母も、髭の感じがタフな父も、背が低くて温厚で娘に甘かった。
5歳の時、リアはついに気付く。
実家のごはんがめちゃくちゃ美味しいと言うことに。
美味しい、美味しいとは、前々から思っていた。
しかし、実際美味しい。
友達の家でよくご飯をご馳走になるリアには分かる。
だからリアは、
「絶対に!絶対に!!お父さんは、ごはん屋さんをした方がいい!!しなきゃダメ!!!」
と父を説得した。
母も成る程という反応だった。
父の友人達も、「お前は料理がうまいって事だけで美人な嫁さんゲットしたんだから、才能あるよ!」と乗り始めた。
リアの母は正ヒロインの母である。美人。
それから、リトルスター家は、家と畑と馬を売って、ちょっとだけ都会に引っ越した。
人通りが多く、地価の高い場所を避けて、人通りも地価もそこそこな土地に、小さな飯屋を構えた。
その名も、
【父ちゃんの美人嫁ゲット飯】
である。
父の友人の木工職人が引っ越し祝いにネタで作ってくれた看板がそのまま店名になってしまった。
なんだこりゃ?と入った客。
そうは言ってもオッカサンが出てくる、と思いきや、本当に美人な父ちゃんの嫁!!看板に偽り無しだなと納得する。
そこで美味しい料理が登場するというわけだ。
「これ食べたら俺でも嫁に行っちゃうわ。」
と言う男性客に、小さなピンク色のふわふわ頭がテコテコと駆け寄ってきて「お父さんはお母さんの!」と怒る。
勿論、女性客が言ってもピンクの毛玉は怒る。
結構流行った。
夫が妻の為に料理をするというストーリー上、男性客はあまり妻を連れて来なかったが、夫を連れてくる女性客はそこそこいた。
…さて、実家のご飯の美味しさと共に、5歳のリアにはもう一つの気付きがあった。
自分は、前世で死ぬ前に読んでいた悪役令嬢転生マンガの世界に転生した、転生者であるという事。
自分はその、"ヒロイン"という名のワルモノ役であるという事。
リリアという名前は、そのワルモノの名前だという事。
自分は物語の中の存在であるという思いは拭えないが、この世界はホンモノで、自分はこの世界で生きている命だという確信があった。
5歳児の脳みそで処理し切れるような情報量では無いが、前世の記憶で少しだけ賢い生き方ができるようになった。
父に飯屋を勧めたのはそのひとつ。
棒を振ったり、木に紐をつけて引っ張ったりというトレーニングを始めたこともそのひとつ。
5歳児にして、徒手で野生のニワトリ(50cmサイズ・鉤爪が凶悪)くらいなら捕まえられるようになったのもそのひとつ。
無傷で、とは中々行かなかったが、この世界では、かなり医療が進歩しており、多少の怪我はなんとかなった。
6歳の誕生日が近づいたある日のこと、なんの気無しにリアは空を見上げた。
自分の遥か上空をドラゴンが飛んでおり、見間違いかと目を擦った隙に雲に消えた。
「本当だよ!ドラゴンがいたの!!!」
「ドラゴンはとっても珍しいのよ。ラッキーだったわね!」
家族の食卓に料理を運ぶ母のスカートを引っ張って、「ラッキーじゃないよ!」と必死に説明するが、母はニコニコしていた。
ーーおかあさん絶対信じてない!!
「あのね!!ドラゴンは人間を食べちゃうの!!怖いんだよ!!」
「そうねぇ。ドラゴンは大きいから、人間なんて一口で食べちゃうわねぇ。じゃあ、リアも大きなアーンして肉団子どうぞ。あーん。」
山のキノコ入りイノシシの肉団子。コリコリキノコの配合加減が絶妙。
「あーーーーーん」
5歳児。
その夜、あのドラゴンがやって来るかもという恐怖で眠れなくなった。
寝る前のトイレには両親とも連れて行った。
父は背は小さいけど、髭の感じがタフな感じなのでドラゴンも怖がるかもしれない。父と自分が居ないうちに母が食べられるかもしれない。
布団に入っても、目が爛々と冴えた。
朝、リアは決意した。
ドラゴンが来たらやっつけよう、と。
そして、タフな感じを出す為に、母に頼み、おかっぱ頭を短く切ってもらった。
母は最初は乗り気で無かったが、娘はショートカットも似合っていて可愛かった。
父からは大絶賛だった。
適応力が高いというか、子供が元気ならそれで良い親だった。
正ヒロインのポジションに生まれたリアには、ヒロインのチート能力がある。
周りから好かれる、というのはその一つだ。
そういうことで、町1番の鍛冶屋と仲良しになった。
ただ、何が1番かと言えば、偏屈さなのだが。
偏屈じじいに剣を振らせてくれ、と頼んだら、これから溶かして新しい剣を作るのだ、という…じじいに言わせればただの金属塊、刃の潰れた剣を持たせてくれた。
どれでも持って行って良いというので、リアが持てる中で1番大きくて重い剣を取った。
ドラゴンから身を守る為には大きい剣が必要だからだ。
ちなみに、じじいには何故か綺麗な奥さんと美人な娘が居た。
ーーじじいは偏屈だけど顔がかっこいいからな。
美人な娘が「がんばれー」とニコニコ応援してくれたので、リアのモチベは高かった。
振って、振って、振り続けて、自由に動かせるようになったら、もっと重い剣を借りて、振って、
振って、
振って、
重くして、振って……。
ひたすらそれを繰り返し、いつしかリアは自分と同じ重さの剣を自在に扱える程の力を手に入れた。
と言っても、そんなに重い剣はなかったので、最後の方は建築用の杭を打ち込むハンマーを振っていたが。
11歳を迎える頃には、山に狩れぬ動物は無かった。
【父ちゃんの美人嫁ゲット飯】では、度々、娘が狩ったイノシシやクマが供された。
その頃には、リアは自分が時々見る夢の意味をほぼ完全に理解出来るようになっていた。
自分には違う世界で生きていた前世の記憶がある。
親やきょうだいの事、自分の出生や、何歳まで生きた。どう死んだという事は全くわからないが、色々な知識はある。
醤油、みそ、ナンプラー、ソース、みりん、チョコレート、すし………。
宇宙の年齢。ブラックホール。
ひし形の面積の求めかた。
悪役令嬢転生が爆発的に流行って飽和状態にあった事。
そのジャンルの作品が多すぎて、この世界のタイトルが思い出せない事。
●●悪女のナントカ〜とか、悪女がどうこう〜みたいなそんな事。
ジャンルの愛好家ではあったが、この世界を描いた漫画を決して好いてはいなかった事。
けれど物語の主人公【ソフィア様】の美しいイラストが見たくて、最後まで目を通してはいた事。
そして、ソフィア様の敵、つまり自分にあたる人物が光の魔法を使えて、傷や病気を癒せる事もわかった。
ただ、魔法が使えるとわかったのは良いが、癒しの魔法の使い方は解らなかった。
ーーだって、光で、傷、治るか?
リアの前世知識を総動員しても、赤外線で肩凝りが治ることしかわからない。
ーーやってみるか。
「シャアァァイニングゥ!!!!」
手が光るイメージで、気合いたっぷりに叫んだら、手が赤く光った。
シャイニング…にはまだ何か続きの呪文があった気もするのだが、どうしても思い出せなかった。
筋肉痛の腿に当ててみたら楽になった。
「ふむ」
ーーこれは…たぶん恐らく赤外線!!
リアは自分の手を見ながら白く光れ!と念じてみた。
光らない。
白く光れ!と念じながら呪文を唱えてみた
「シャアァァイニングゥ!!!!」
白く光る。
ーー白も……できるのか。
何となく使い方がわかってきた。
魔法の仕上がりをイメージしながら、その魔法のイメージを言語化する。…感じだろうか、多分。
ーー光が傷を癒すイメージ………
イメージ…
イメージ………
「無理だ!!」
リアはその場に崩れ落ちた。
リアの光のイメージの根源は太陽。
太陽は燃えているから光る。
オーロラは寒い場所にしか無いけど、あれも太陽のパワー的なものが何やかんやあって光っていた…はず。
川を干上がらせ、山を焼き、イカロスの翼を溶かす。
癒しとはまるで真逆ではないか。
ーー光は暴力的な存在だ。
畑の石を拾う。
石に火がついて、燃えるイメージを唱える。
「高い温度で燃える鉄は白く光る、高温は焼き尽くす、小さな太陽」
ぶじぶじぶじぶじ
石がリアの手の中で、線香花火の真ん中の球のように震えながら煮えている。
成功…だろうか?
熱は感じるが、ウサギの赤ちゃんくらいの温度だ。
白くてぷるぷるしているし、
「可愛いなァ。」
・術者に効かないと言うやつか?
・フレンドリーファイヤ・オフというやつか?
・攻撃という命令を呪文に組み込まないと、攻撃には使えないのか?
・イメージの中に攻撃があれば、連想できる言葉で構わないのか?
考えているうちに、石から火が消え、太陽のイメージから遠ざかって、ウサちゃんの形に固まった。
ーーもっと、簡潔な言葉を短く繋げないと、最初のイメージから離れていくな。
高温で燃えると、鉄が白く光る→炉の中が真っ白に燃えてる様子を表すのに簡潔なのは【白熱】かな?
焼き尽くす→一瞬で骨まで焼くような強い熱のイメージは、インドラの矢とか、…インドラの矢は古代の核戦争説があるんだっけ?なら【臨界】だな。
小さな太陽→完成形である太陽をひとことでイメージ出来るキャッチーな感じがいいだろう。
「白熱・臨界・アマテラス」
小さな火球が掌で燃え上がる。
「熱ッッッッつ!!!!!!!」
驚いて思わず燃えた石を投げる。
石は母の畑に向かって飛んだ。
「ギャアアア!!母のトマトぉぉぉ!!!」
消えてくれと念じるだけで、詠唱は必要無しに消えた。
ーー魔法って…消すのは簡単なんだな…。
しかし、トマトは戻ってこなかった。
ーーイメージに乗せれば攻撃の文言は要らない。
ーーそれから、熱いけど火傷はしてない。術者には効かないパターンあるな。
畑の脇で娘がピカピカしていたので、母が来て、焼失したトマトにも気付いたが、怒らないでくれた。
娘が魔法使いだということを知ると、少し悲しそうだった。
リトルスター家の平均身長は156.6センチ。