ランドリー
驚きの事実なのだが、この寮にはドラム式洗濯機がある。
ファンタジー設定どうした!?
リアの実家では手洗いなのに!!!
どこで作られているのだろうか?
どうやって動いているのだろうか?
金持ちとか、金持ち貴族の家とかには普通にあるのだろうか?
ーー1台持って帰れないかな?
洗濯が終わった後、洗濯機の中に洗濯ものが残っていると、次に使う人が困ってしまうので洗濯が終わるまで、やたら座り心地の良いベンチで待機。
勉強を教える代わりに、ミリディが洗濯物に熱風をかけてくれるらしいので、洗い上がった洗濯物を持ってミリディの部屋に行く予定。
ミリディの高温の熱風で乾かした洗濯物は生乾き臭0。何と素晴らしい魔法だろうか。
さらに、彼女の部屋にはソフィア様グッズがあるので楽しい。
ソフィア様ファンのCクラスメイト(表記揺れあり)・SFCの溜まり場になっており、多分、今日も既に何人かで、お茶を飲みながらお菓子とか食べてる。
ーー早く洗濯終わんないかな
洗濯機を覗きに行くと、黒いドアに自分と、その後ろに女性が映り込む。
リアは驚いて立ち上がり、振り返る。
「色んな時間帯に来てマリーさんに逢おうとしてるわけでは無いです!!」
こういう時、真実を言っているのに限りなく嘘っぽいのはどうしてだろう。
徐々に強まるリアの発光に、眩しそうに目を細め、
「わかっていますよ。」
マリーは呆れた様子で肩を竦めた。
そして、いつもは混んでいるくせに、こんな気マズい時に誰も来てくれないのはどうしてだろう。
…それは空いてる時間帯を狙って来たからである。
マリーはソフィアの洗濯物が盗難にあったりしないよう、ベンチで待機している。
リアは洗いたての洗濯物を持ってミリディの部屋に向かう為、待機している。
2人は3人分くらい離れて座っている。
リアは本来、正ヒロインチート・強運の持ち主である。
強運だから、いるべき時はいるべき場所にいる事ができるし、「そうなってくれたら良いな」と思ったら割と"そう"なる。
「そうならないで欲しい」という"そう"のイメージも具現化し易ったりしてしまうのだが。
要するに、単純に、空いている時間帯だから誰も来ない、というわけでは無い。
"色んな時間帯に来てマリーに逢おうとしてるわけでは無い"、が、こういう状況を心のどこかで強めに望んでいるから、こうなった。
ーーこういうの、何て言うんだっけ?
浅ましい、である。
頭を抱えるしかない。
羞恥心で再び光り始めるリア、目を細めるマリー。濯ぎの水が洗濯槽に注がれるブシャァという音がし始める。
先は長い。
外食と同じくらい沈黙が苦手なリアは、徐に口を開く。
「あ、あの、マリーさんは、どうしてソフィア様の味方だったのですか?」
「主人に仕える仕事が不思議ですか?殆どの人間に上司が居ますが。」
マリーは心底不思議そうに首を傾げる。
「えーーーーっと……お2人は仲良しですが、世の中には主人を毒殺するメイドもいると聞いて…。」
マリーはソフィアに最後まで仕えた忠実なバトルメイド。
リアの限界知識である。
「マリーさんから見たソフィア様の魅力が知りたいです。」
「可愛い、賢い、弟想い、思慮深い……」
食い気味だった。
とても嬉しそうだし、得意げだ。
ーーソフィア様のことが本当に好きなんだな。
リアはとても幸せな気持ちになる。
ーー主従って、尊いよね。
「美味しそうに食事を摂り、所作も完璧。字が綺麗、整理整頓が得意、…そして」
「そして…?」
マリーは目を瞑り、思い出す。
自分に懐いてくる、愛くるしく、礼儀正しい幼い少女を。
そして自分を信頼し、傍に置いてくださる美しい少女を。
"そして"の続きを待つリアを置き去りに、マリーは考える。
・ソフィアという令嬢について。
かつてのソフィアは、活発な普通の5歳の女の子だったが、それ以降の彼女は、誰にでも丁寧に接して、我が儘を言わない。
礼節は確かに大事だが、下の者に対して腰が低すぎる。
彼女は賢く、美しく、カリスマ性もあると思うが、それを振るう勇気を持ち合わせていない。
勿体無い事だ。
そして更に考えを巡らせる。
・オツカイスキー家が主君に隠している始祖の手記について。
オツカイスキー家は代々、アバルキナ家に仕える使用人の一族である。
貴族というと、分家筋から使用人を取り立てたりもするが、オツカイスキー家はオツカイスキー家なのだ。
最初のオツカイスキーは亡国の若き騎士であった。
戦いに敗れ、記憶を失っているところを、自国の兵と勘違いした兵士、ディミトリ・アバルキナに拾われた、という事だ。
ディミトリは、アバルキナ姉弟の直系の祖先にあたる。
ディミトリ・アバルキナは、記憶喪失の少年をオツベルという町とカイドルフという町の間で拾ったので、取り敢えずオツカイスキーと呼ぶ事にした。
彼は戦地から戻るとすぐに家督を継ぐが、始祖・オツカイスキーの手記によれば、当主を務めるには優しすぎる男だったという。
当主の資質とは、真人間であることでは無い。
他人に迷惑をかけて、それが何だと我を通す傍若無人さであって、戦地で拾った怪我人を「まだ子供じゃないか」と、養う優しさでは無い。
他人からの妬み恨みの類であるとか、新しいことへの挑戦であるとか、あらゆる物事に対して恐れを抱く事無く生きてゆける、ある種の蒙昧さであって、完璧な賢さでは無い。
亡国にて歳若くしながら騎士として君臨したオツカイスキーである。
幼少期に王宮に拾われ、兵士としての教育を受け、自国の王を見てきた記憶を、失って尚、頭のどこか残していたのだろう。
…と、彼は考察している。
また、亡国が滅びたのは単純にこの国の魔法使いが余りに強力すぎたのだとも。
貴族の当主としてのディミトリ・アバルキナに、決して高い評価は付けていなかった。
しかしながら彼の"人間としての高潔さ故に当主としての資質に欠ける"という、不完全さにどうしようも無く惹かれた。
父のようで、母のようで、兄のようで、時に弟のようだったと、書いている。
そして、彼を国1番の貴族に押し上げる為、陰日向となり、支えた。
アバルキナ家は、青いドラゴンを倒して土地を治めた一族。
ディミトリも、性格は優しく謙虚で控えめだが、戦闘力は一騎当千。その神輿を担ぎたがる人間が、少ない筈は無かった。
オツカイスキーの助力で、アバルキナ家は見る見る力を増した。
アバルキナ家が大きくなると、使用人も増えていった。
ディミトリは、やはりどの使用人にも甘く、オツカイスキーは度々「そんな事でどうする」と、彼を諌めた。
ある時オツカイスキーは、新しくやって来た、長身で美しく、賢いメイドに一目惚れする。
ついに念願叶って彼女と結婚する!という時、主人から名を頂き、アバルキナ "アビー" ・オツカイスキーと名乗るようになった。
これが、オツカイスキー家の発生である。
ディミトリ・アバルキナは、さらに、2人の結婚の祝いに2羽のつがいの鳥を描いて、オツカイスキー家の家紋とさせ、可愛らしい鳥の彫金が施された武器の一式を誂えた。
幸せな人生を歩んでいたアビー・オツカイスキーだったが、晩年、突如としてその幸せは翳る。
失っていた記憶が蘇ったのだ。
しかし、彼には既に愛する妻がいて、子供達がいて、もうすぐ孫も生まれる。
アビーは悩んだ。
忠誠を誓った王は既に亡く、自分は後を追うべきか。
現在の主人は侵略者であり、祖国の仇を討つべきか。
少年にして騎士であった理由は、孤児の自分を王が拾って下さったからだ。
現在の幸せがあるのは、記憶喪失の自分を主人が拾ってくださったからだ。
悩み抜いた末、誰にも何も告げず、秘密は自分だけのものにしようと。
自決しようとナイフを握り、そして、気付く。
オツカイスキー家の家紋として主人が描いたのが、祖国の国旗に描かれていた渡り鳥の、つがいであった事に。
ディミトリはアバルキナ家の中に1つの国を作ったのだ。
記憶を取り戻したアビーが自決を選び、ナイフを握る事を予見してしたのかも知れない。
だからナイフに渡り鳥の彫金を施したのかも知れない。
「お前の血の中に祖国はいつまでも生き続ける」と伝えるために。
一騎当千の兵にして、子供1人殺せない。何と甘い男だろうか。何と気の小さい、弱い男だろうか。
生きなければならない。
生きて、彼を守らなければならない。
彼も、彼の妻も、その子供達も、その子供達も。
アビー・オツカイスキーは、"生涯"記憶を取り戻す事は無かった"。
ソフィアの謙虚さというのは、ディミトリから受け継がれる性質なのかも知れないと、マリーは考えている。
能力の高い人間でありながら当主の器ではない。
それを分かってしまう程賢いから、オルテスを当主にし、自分が支えるという道を思い描いている。
それ程賢ければ、自分の才能が国益に繋がる事も分かっているだろうに、家門を優先し、想い合っている王子を切り捨て、未婚を通すつもりでいる。
恋心がいつか終わると分かる程賢く、弟や使用人達からの愛に応えなければと誠実だから。
「……因果な物です、」
「??」
アビー・オツカイスキーの本名はマリウス。
亡国の王が孤児に付けた名だ。
アビーは孫に「マリウス」と名付けた。
以来、その名が鬼籍に入ると、次に生まれた子に名付けて来た。
男ならばマリウス、女ならばマリーと。
オツカイスキー家は主君への感謝と共に、粛々と亡国の王から貰った始祖の名を継承している。
マリー・オツカイスキーは当代"マリウス"。
ソフィアが目を掛け、取り立てた使用人は、奇しくもオツカイスキーの始祖の名を継ぐ。
ディミトリにしろ、ソフィアにしろ、
「高々使用人の1人。そんなに大切にしなくても良いのに。」
静かに紡がれたマリーの言葉に、リアはぽろりと涙を流した。
「何、泣いてるんですか?」
「泣いてないです!」
洗濯機が一層うるさく鳴り、やがて止まった。
アビー「どうして渡り鳥のつがいなのですか?」
ディミトリ「珍しい鳥だかからね。メスの方が大きくて綺麗という。」
アビー「妻の方が背が高いし、凄い美人ですけども!!」
ディミトリ「うん。奇しくも。」
アビー「奇しくも!?」