解禁
6月といえば、前世では衣替えの時期である。
しかし、この世界で夏服を着るのは7月頭から9月の初めまで。
まったく、過ごしやすくて助かる。
夏はそんなに暑くなく、冬もそんなに寒くない。
そんな、この学園での6月、いったい何が起こるのか。
山フィールドの解禁である。
【山フィールド】
学園都市の敷地内には訓練と食糧調達を兼ねた目的で自然公園のような場所が用意されている。
それが山フィールド。
敷地内で最も広い、4分の1以上の面積を占め、その向こうには海が広がる。
山フィールドでは珍しくて美味しい木の実や、山菜や、キノコがふんだんに採れるが、獰猛な動物も出現する。
そのため、一通り魔法の基礎と護身術の基礎の授業が終わったところで、やっと入って良しとなる。
入って良し、と言っても、まずは授業で場数を踏み、地形や立入許可及び禁止ゾーンを覚えたところで、完全に解禁となり、放課後や休日に山遊びができるようになる。
それは夏頃になるそうで、まだ先だ。
一部の不良学園生は既に人目を盗んで入っているが、本当は見つかると、とても怒られる。
食堂の皿洗いとかさせられる。
ちなみに、山フィールド歩きは、魔法の、ではなく体育の授業の一種なので、
「ミスティアと山に来れて嬉しいなあ!」
「いやいやぁー!私こそ、リアっちょと山に来れて嬉しいよ」
食堂の娘と菓子職人はニッコニコ。
「イシャイラズとやらが生えている所をぜひ見たいな!」
ソフィア様の夕べに振る舞われたクレープの美味しさを思い出し、リアは落ちそうなホッペタを押さえる。
「あー、イシャイラズが収穫できるのは4月の終わりから5月の初めのうちの1週間くらいなんだよ。」
「エッ!?」
「あー、だからミスティア、こっそり山フィールドに入ってたのか。」
「ラニ!しーーーーっ!!!!」
山歩きの先生が、列の最後尾で団子になってはしゃぐ女子たちを一瞥して、全員居るなと確認し、よしよしと頷く。
「来年、一緒に採りに行けば良いさ。」
ホライゾンが、リアの肩を優しく叩く。
「私も行くからね!」
最近スパイスティーに凝り始めたアリスが、ふんふんと両拳を振り、ピッピアストリッドが
「来年……来年も同じクラスだったら良いですね。」
「来年はみんなAクラスを目指すぞーっ!」
ミリディの掛け声に「おおおーーっ!」とSFCが拳を上げる。
Aクラスを目指す、が聞こえたのか、体育の先生が
「Aクラスを目指すなら山登りくらいではしゃいだらダメだぞーーー!」
と爽やかに笑って、最後尾の女子団子は「はぁーい」と返す。
貧乏田舎貴族が振り返り、
「お前たち令嬢のマナーがなってないぞ!ぷんぷん!」
と、注意すると、ミリディとアリスが「はーい」と返事をしながら駆けて行って、プンプンと手を繋いだ。
両手を取られたプンプンはウンウンと満足気に頷いたので、3人は仲良し。
プンプンは高飛車キャラを気取っているが、勉強を教え合っていると彼女が混じっていたり、マナーがよく分からない話をしていると「そんな事もわからぬとは」と、先生ムーブしてくるのでSFCからは仲間だと思われているし、特に貴族オタクなミリディとアリスから懐かれている。
ーー私はCクラス狙いだけどね!
学園生活が始まって2ヶ月だが、ここまでの様子を見る限り、この調子で学力が上がれば、本当に何人かはAクラス入りできるのではと思う。
リアは自分の物覚えの良さを肉体のスペックだと思っているが、実際のところ、全ての魔法使いの頭は物事を覚え易いようにできているのかもしれない。
SFCはソフィア様オタクである。
文字の読み書きが上達するや否や、オタク達はソフィア様お勧め?の旅行記を読んだり、貴族のお作法みたいな本を読んだりと、オタク特有の勤勉さを発揮している。
マナーの授業に特に熱心で、プンプンからのサポートも受ける、ミリディとアリス辺りはドレスを着せたら下級貴族の御令嬢くらいには成りすませるかもしれない。
剣術で意外な才能を見せるのはピッピアストリッド。人をさん付けで呼ぶ気の小さい感じの妹キャラだと思っていたが、あまりに鮮やかにレイピアを繰る。しかも本人曰く得意なのは弓との事。
護身術が得意なのは、ホライゾン。喋りがハキハキしているのが既に武人っぽいが、組手をしてみたら実際上手いし、強いと思う。
この4人+プンプンは2年次のクラス分けテストでBクラス以上に上がりそうな気配を大いに感じる
しかしギャルのラニと、みんなのステラおばさんミスティアは、一緒にCクラス残留だって、
ーー信じてるからね!
泉に着いた。
泉は宝石のように青く輝く水で満たされている。
もうひと頑張りすれば、すぐに登頂らしいが、一旦足を止めて山の先生の話が始まる。
泉の底には、七色に光る石の細かい粒が堆積して、陽の傾きで色を変えるのだとか。
ーー何か、既視感がある。
恐らく、漫画で登場した場所なのだろう。
漫画で登場した、という事は、ここで何かしら良くない事が起きるのだろうか。
泉の底の石がにわかに銀色に光る。
美しい水辺の情景と記憶が、バチンと繋がる。
ーーソフィア様が赤いドラゴンと戦った場所だ!
ぞわりと胸が騒いだ。
物語の、恐らく後半の方で、ソフィアと、変な名前のハルンハルト王子と、リリアも居た筈だ。
いつかここに赤いドラゴンが現れる。
そしてリアはそれと闘う。
リアはドラゴンを倒す為に剣を握った。
何故ならドラゴンが怖くて堪らないから。
「リア、どうした?お腹痛いか?」
心配そうに声を掛けてくれたホライゾンに
「ドラゴンが出たらどうしようと思って。」
と、正直に胸の内を話すと、めちゃくちゃ笑われた。ドラゴンが怖いというのは普通、こういう事なのだ。
ホライゾンは笑い過ぎてお腹が痛くなった。