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気弱な乙女



マリー・オツカイスキーは、ソフィアより3つ歳上。最後まで我が儘ソフィアの味方だったメイド、という設定を持つ女性である。


最初に知っておいて欲しいのは、貴族なんてみんな我が儘だという事。

貴族は基本的に我が儘、原作ソフィアはもうちょっと我が儘、庶民の感覚からすると豪く我が儘。


そもそも、アバルキナ家の使用人達は、この国の二大貴族の一角に連なる御令嬢なのだから我が儘で当然と思っており、原作ソフィアが我が儘キャラで癇癪を起こしたところで、彼女の立場、その身に背負う責任やストレスを考えれば仕方ない事と勝手に納得するだろう。


転生ソフィアの"マリーは最後まで味方だったメイド"という記憶は正しいが、彼女"だけが"最後まで味方だったというのは間違った認識である。



ただ、その認識から、マリーをお話し役として取り立てた事は、マリーの心に大きく影響を与えている。



マリーは、ソフィアが可愛くて仕方が無い。




マリー・オツカイスキーは、始祖の代からアバルキナ家に仕えるオツカイスキー本家の、次女として生まれた。

生まれた時からアバルキナ邸に住み、現在の主人であるソフィアが王宮に輿入れしても、使用人を引退するまでアバルキナ邸に残るだろう。

だからそのうちアバルキナ邸を出る運命のソフィアを"お嬢様"と呼び、家督を継ぐであろうオルテスを"若様"と呼ぶ。


父の名はカルステン。当主の護衛。母の名はミーシャ。メイド頭。

尚、母の方が10cm以上背が高い。

年が離れた姉が1人。名はキーラ。ソフィアの両親に婚約の話が持ち上がった頃からソフィアの母の実家に出向し、輿入れした今でも彼女に仕えているメイド。


叔父や叔母やいとこたちも、護衛かメイド。伝統的に料理番は居ない。


親戚筋には魔法使いも居る。アバルキナ邸には居ないが。

アバルキナ家の使用人の家に生まれた魔法使いは王城で騎士を目指す事になっている。マリーの父の兄もそうだ。

アバルキナ家の当主は代々一騎当千の大魔法使い。魔法使いを手放すというのは、王政への貢献でもあり、


自衛の為に兵隊は持っていますが、この国の王侯貴族と戦う気はありません!


というポーズでもある。

マリーも魔法が使えれば王城の騎士を目指していただろう。


オツカイスキーの人間は、メイドと護衛両方の教育を受け、概ね10歳辺りでどちらを目指すか決める。



マリーは小動物から好かれなかった。

何もしていないのに、ネコはこれでもかと尻尾の毛を逆立て、小イヌは声が枯れるほど吠えるのだ。


これ程闘気を放つ子は隠密行動に向かないだろうから、いくら喧嘩に強くても護衛としては使えない。

そうだ、メイドにしよう。

という事で早めに進路が決まりかけていた8歳の秋、ソフィアが高熱を出す事件が起こった。


魔法の暴走だった。

高熱が原因で暴走を起こしたのか、体内の有り余る魔力のせいで熱が出たのか、前後関係はわからない。

ソフィアは2日の間、朦朧としながら苦しんでいた。

マリー含め、メイド達は交代でソフィアの側にずっと控えていたが皆、彼女の汗や涙を拭くことしかできなかった。



彼女はすぐに健康を取り戻したが、それ以降、すっかり気弱な少女になってしまう。



まず、彼女は動けるようになると、丸一日机に向かって何か書き物をしていたが、描き終わると、破り捨てた。誰の目にも不可解な行動であった。



翌朝、ソフィアの願いからマリーが独り、朝食を持って行くと、


『わたくし、誰とも結婚しないで、この家にずっと居てもいいかしら?』


ぼんやりとベッドから窓の外を見ながら、ソフィアは尋ねた。

子供特有の丸いおでこと、愛らしい鼻と唇の輪郭が光の線で柔らかく一筆書きされていた。

マリーは


『私共は決して咎めません。ずっと此処にとあなたが思うならば、私もそれを尊重するまでに御座います。』


と応えた。


『ありがとう。』

『………恐縮です、ソフィア様。』


爽やかな水色のカーテンが揺れていた。


ソフィアはゆっくりと話し始める。

熱が出ている間に見ていた悪夢の話を。




夢の中で、ソフィアは、別の人間として、この世界を俯瞰していたのだという。


別の人間となったソフィアは、ピンク色のふわふわの髪の毛の、小柄な庶民の少女を操っていた。


その"少女"として、【ソフィア】と何度も対決する。


ソフィアは"少女"としてこの国の王子、ハルンハルトと恋に落ち、そこに【ソフィア】が現れる。

【ソフィア】は王子との結婚を焦るあまり暴走して、自ら命を絶ってしまうか、何処かしら遠くへ追放されてしてしまう運命だった。


またある時はヴァレーリ家の嫡子と恋に落ちる。

【ソフィア】は2人と対立して、負け、アバルキナ家は没落。


またある時、"少女"はオルテスと出会う。夢の中のオルテスは家族から愛されず、悲しみを抱えている。


そして、ソフィアは"少女"として、ドラゴンとも戦ったという。




『未来を見たなんて、有り得ませんわよね。でも、わたくしには、本当の事にしか思えませんの。』


マリーは5歳の少女の悪夢にすっかり感心してしまった。


賢い子供だとは思っていたが、こんなふうに、自分の置かれた状況を俯瞰できるとは。


同い年の王子とは婚約の話が持ち上がる可能性が非常に高く、実際彼女の両親はそれを狙っている。焦れば失敗すると、この子供は知っているのだ。


ヴァレーリ家というライバルと、正面からぶつかってはいけない事も理解している。

実は全員倒せば勝ちなのでは?と思っている8歳の自分よりも大人に思える。


そして、将来王妃になるかもしれない自分が弟よりも両親から大切にされていることも知っていて、弟の未来を憂う優しさもある。


ドラゴンを倒して領地を開いたアバルキナ家の娘にはドラゴンと戦う運命もあるのかもしれない。



『今まで我が儘な子供でごめんなさい、良い子になりますわ。どうか、わたくしの力になってほしいの。』


両手を胸で組んだ少女の何といじらしいことか。

難しい顔で固まっていたマリーの表情が思わず綻ぶ。


『ソフィア様が良い子でなくても私はソフィア様に尽くします。』

『せっかく良い子になろうとしてますのに。』


ソフィアは不満げに唇を尖らせた。


『そうですね、では、この家にずっと暮らすのですから、オルテス様の未来のお嫁様と仲良くなさると約束してくださいますか?』

『そんなの勿論ですわ!オルテスが選ぶお嫁さんは素敵な子に決まってますもの!』


素敵じゃなかったらどうするんだろうと思いながら、その屈託の無い自信に、マリーは「ふふふ」と笑った。



それから、ソフィアはマリーをお話し役として取り立てた。


マリーにとって、ソフィアは初めて自分に懐いた小動物だった。

とても愛しく感じた。


少しでも早く彼女の役に立ちたいという思いから、マリーは凄い速さでお話し役として完璧な令嬢の作法を身に付けた。


とは言え、オツカイスキー家の娘であるマリーの誇りはあくまでも、使用人として仕える事である。

ソフィアはそれを尊重し、お話し役が令嬢である事を強要はせず、一緒にお茶を飲む時も、一緒に食事をする時もメイドの格好を許した。


幼い主人の気遣いに心打たれ、近侍としてのメイドの仕事を覚え、気配を消す訓練に勤しみ、元々好きだった護衛の鍛錬にも更に熱が入った。


そして、主人を"ソフィア様"と呼んだ。



暫くは。





ソフィア、6歳のある春の日。

マリーはついに小型イヌを撫でることに成功し、ソフィアは、というと王子を想って涙する、恋する乙女になった。


王子のお話し役のオーディションのため王城へ行き、数時間後、馬車で待機していたマリーのもとへ帰って来ると、ソフィアはぺったりとマリーにくっ付いて、シクシク泣きながら家路を辿った。


『お話し相手はお嫌ですか?』

『いやよ!』

『王子はそんなにひどい方だったのですか?』

『いいえ。決して。』

『嫌な事を言われましたか?』

『いいえ。それどころか………』


ソフィアは言葉に詰まり、マリーの服を掴んでくりくりと頭を振った。

恋する6歳児は、自分の気持ちをどうしたらいいか分からず苦しんでいるようで、マリーは賢すぎる頭をそっと撫でた。




城から帰宅して1日も経たぬうち、王…つまりハルンハルトの母が、半ば強引にソフィアを皇太子妃候補として指名した。


両親は抱き合って喜んだし、使用人たちも喜んだ。

勿論マリーも、ソフィアと恋の相手・ハルンハルトとの婚約が事実上決まった事を嬉しく思った。5歳児のオルテスは状況はよく分かっていないが、姉が動揺している事は敏感に察している様子だった。


ソフィアは、婚約反故になるに決まっている、と言い張り、時々王城に呼ばれてながら、勉強に、魔法にと精を出した。

マリーは王城へ付いて行くと、ソフィアと離れる間、王城に居る従兄弟達から、手解きを受けるなどして、さらに武を高めていった。



マリーは複雑な思いだった。



成長する程にソフィアは賢く、美しくなったが、オルテスも負けず賢い、美少年へと成長していった。

ソフィアが家に残りたいと言うのであれば、跡目争いが心配だ。

しかし、弟を支えると言い張っているから、大丈夫だろうとも思う。


オルテスを溺愛しているソフィアが、弟の嫁と上手くやれるかどうか、心配無いと言えば嘘になる。

だが、気の優しいソフィアの事だから、ソツなく暮らすだろう。

それはそれでストレスが心配だ。


ではハルンハルトの母、つまり現王と上手くやれるか心配かと言われれば。

むしろ、息子の嫁にするとは、彼女が勝手に決めたようなものであるし、ソフィアも粗相はしないだろうし、そもそもソフィアより可愛い人間など居ようか、いや居まい。

………ただ。

ソフィアが嫁いだ後、王宮とアバルキナ家が揉めたら、自分はどちらに付くのだろう、とは時々考える。


マリーは、王宮に付いては行かない。

というより、行けない。使用人は個人では無く家に仕えるものであるし、王宮にも王宮のルールがあって、王の伴侶の使用人は王宮側で用意される。


それに、行けたとしても行かないだろう。

アバルキナ家の使用人である事は確かにマリーの矜持であるに違いない。


しかし、ソフィアが居なくなっても、今と同じように仕事にやり甲斐を感じられるだろうか?


ずっとソフィアに仕えられたらいいとも思う。

妹のように愛するソフィアの面倒を見てやりたいと思う。

反面、ソフィアが好きな人と結婚できるのも嬉しい。







-----



マリーの朝は早い。


顔を洗って、自分の鏡台の前に座る。髪を編んで、纏めて、ソフィアの目に似たオレンジ色の綺麗なリボンを結ぶ。

ナイフのホルスターを装備し、アバルキナ家の上等なメイド用ドレスを来て、エプロンを巻いて、ナイフを取り出す動作をゆっくりと確認した後、素早い動作を確認。


使用人用の小部屋から出て、タオルを用意。顔を洗う水を温めつつ、ソフィアの鏡台の前を整える。


それから、物音で薄らと目を覚ましている、ベッドのソフィアに声をかける。



「おはようございます、ソフィアお嬢様。」





あけましておめでとうございます。


年明けまでにサクッと最終回すると思っていたのに、全然終わらなかったですね。

書くのが遅いです。


こういうのが読みたいという気持ちだけで書いているので、本当は他人の作品として読みたいです。

ネタバレ無しのフレッシュな気持ちで読みたい。

でも、私が書かないと、存在しないので、…人生って難しいですね。




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