育ての親が特殊 ~幼い頃モンスターに育てられた女冒険者が、同じパーティーのメンバーにそれをカミングアウトするお話~
ここはとある城下町の小さな大衆酒場。
危険なダンジョンから帰ってきた冒険者たちが日々の疲れを忘れるために集う憩いの場である。
夜になり今日も大盛況のこの酒場の一角に、二人の女性冒険者が向かい合って座っていた。
動きやすさを重視した布面積の狭いビキニアーマーからよく日焼けした健康的な褐色の肌を惜しげもなく晒している短髪黒髪の武闘家クロネ。
そんなクロネの筋肉質な肢体を羨ましそうに眺めているのは、最近少し体重が増えてしまって困っている色白金髪碧眼の魔法使いシローナである。
いつも同じパーティーで背中を預け合っている彼女たちは、今日一日の健闘を互いに称え合うと、大いに酒杯を交し合った。
そして時が経ち、いい具合に二人にアルコールが回り始めた頃、和気藹々としていた空気から一転、クロネが深刻そうに話を切り出した。
「私さ……。ずっとシローナに言えなかったことがあるんだ……」
「何? 急にどうしたの、クロネ。私に言えなかったこと?」
「うん……。実は私……生まれてすぐ親に捨てられて、モンスターに育てられたんだ……」
「モンスターに育てられたですって!?」
突然の相棒からのカミングアウトに、シローナは驚きの余り、手にしていたフォークをテーブルの上に落としてしまった。
「私に両親がいないことはすでに伝えてあったと思うんだけど、このことも伝えておいた方がいいかと思って……」
悲痛な表情で自らの壮絶な過去を吐露するクロネの心境は、彼女の震える唇から察して余りあるものだった。
「教えてくれてありがとう、クロネ。けどね。育ちがどうであれ、私たちの関係は何も変わらないから、そんなに悲しい顔をしないで」
と、シローナは自分の気持ちを正直に伝えた。
「私のこと、不気味とか、気持ち悪いって思わない……?」
「思わないよ、そんなこと。クロネはクロネだよ」
「本当……?」
「本当だよ。それに、モンスターに育てられたっていっても、他に例がないわけじゃないし。確か……Sランク級の有名な冒険者にもいなかったかしら。ほら、あの、幼い頃に伝説のドラゴンに育てられたとかいう、リュウ・ドラグノフさんだっけ?」
そう言って前例を挙げることで、シローナはクロネのことを励ました。
すると――
「ありがとう、シローナ……」
「元気出して、クロネ。これからも一緒に、クエスト頑張ろう?」
「うんっ!」
クロネは暗い顔を止め、弾けんばかりの笑顔をシローナに向けた。
「それにしても、冒険の最中、クロネがたまに野性味あふれる一面を見せるのは、そんな理由があったからなのね。私、なんか納得しちゃった」
「えへへ」
「あの、こんなこと聞いていいのか分からないのだけど……。クロネは幼い頃、どんなモンスターに育てられたの? まさか、クロネも伝説のドラゴンに育てられたとか?」
「ううん。私は伝説のドラゴンじゃないよ」
「そうなのね」
「うん。デスムカデだよ」
「デスムカデ!!??」
シローナの素っ頓狂な裏声が酒場の喧騒に掻き消された。
「そう。デスムカデ」
「ななな、何、そのめちゃくちゃ怖い名前のモンスター!! わわわ、私、聞いたことないけど!?」
「森の奥深くに生息している、人を食べる系の大ムカデだよ」
「いや、クロネの育ての親、ちょっと特殊すぎないぃ!?」
「やっ、やっぱりそうかな……」
「あっ、いや、違うの! ごめんクロネ……私、言い過ぎたわ……。人を食べる系だって聞いて、つい取り乱しちゃったの……。その……よく無事に生きてこられたわね……」
「うん。なんでか分からないけど、愛情を持って育てられたんだ」
「デスムカデにも一応、母性はあるのね……」
「けど……幼少期を越えたあたりから急に私に牙を剥くようになってきて……」
「いや、唐突なデス要素!!」
「頭から丸呑みにされそうになったから、命からがら逃げだしたんだ……」
「えぇ……。波乱が万丈すぎるわね……」
シローナは、ワイルド極まりないクロネの幼少期の思い出を聞いて、開いた口が塞がらなくなっていた。
「それでね。私、森の中にあった遺跡に身を隠したんだけど、そこで新しい育ての親に出会ったの」
「森の遺跡で? 新しい育ての親に?」
「うん。それもまたモンスターなんだけど……」
「そっ、そうなの……? 遺跡に住むモンスターとなると、なんとなく只者ではなさそうね……」
せめて次こそちゃんと母性のあるモンスターであれ、と神に祈るような気持ちで、シローナが続く言葉を待っていると――
「ストーンゴーレムに育ててもらったんだ」
「いや、無機物!!」
母性なんてどこにあるよ!! と、シローナは心の中で激しいツッコミを入れた。
すると、そんなシローナの心の声を表情から読み取ったのか、クロネが――
「無機物でも、母性たっぷりだったよ?」
「そうなの!?」
「だって、私が夕方になっても遺跡の外から帰ってこなかったら、めちゃくちゃ怒るんだよ? コアを真っ赤っかにして」
「そっ、それはママね……」
「遺跡の壁に刻まれた古代語の勉強をサボっても、めちゃくちゃ怒られたなぁ……」
「それは間違いなくママね」
「あと、たまにチューバみたいな音色のオナラをしたっけ」
「それはパパね」
「パパなの!?」
「たまに地響きみたいな超ド低音のオナラをするんでしょう? それは完全にパパよ」
「人間族のパパって、みんなそうなの?」
「みんなそうよ」
「へぇ~。勉強になるなぁ~」
ほろ酔い気分を通り越し、酩酊状態ギリ手前くらいのクロネとシローナは、その酔いに任せて、もうなんだかよく分からない会話を繰り広げた。
「そんなママ兼パパのストーンゴーレムに、クロネはここまですくすくと育ててもらったってことなのね」
「あぁ……いや、その……」
「何? また頭から丸呑みにされそうになったの?」
「ううん。ストーンゴーレムは私を最後まで守ってくれたんだけど……」
「最後まで守ってくれた? 一体何から?」
「森の遺跡を踏破しにきた冒険者たちに乱暴されそうになった私を、その身を挺して守ってくれたんだ……」
「ええっ!?」
「私はなんとか逃げられたんだけど、ストーンゴーレムはそのときにコアが破壊されちゃったみたいで……。石の身体が崩壊してしまって、もう二度と会えなくなっちゃったんだ……」
「そんな……酷い……」
「だから、私、頑張って強くなって、いつかあのときの冒険者たちに一泡吹かせたいと思っているんだ……。復讐はよくないことって分かっているんだけどね……」
「そんなことないわ!! 絶対に復讐しましょう!! 絶対によ!! もうギッタギタに引き裂いて、頭から丸呑みにしてやりましょう!!」
「えぇ……。そんなデスムカデみたいなことは……」
「なんなら私も手伝うわよ!! いいえ、是非とも手伝わせて!! 私の自慢の吸精魔法で全員カッピカピのミイラにしてやるわ!!」
「ちょっ、ちょっと落ち着いて……」
「シッナシナでヘットヘトのポテトよ!!」
「ポテト!!??」
クロネが驚いている目の前で、シローナは激高し、皿の上に残されていた湿気たポテトに勢いよくフォークを突き立てた。
いつになく怒りや悲しみの入り混じる酒席ではあった。
しかし、被害者であるクロネ自身がまだ冷静だったこともあり、シローナの感情も徐々に落ち着きを取り戻した。
「私、ちょっと熱くなりすぎたかしら……」
「ふふふ。シローナ、私のために怒ってくれてありがとう。嬉しかった。でも、今日はお互いにちょっとお酒が回りすぎたかもね」
「そうね。お水をいただくことにするわ……」
そう言うと、シローナは目を閉じ、グラスの中の水を一気に体内に流し込んだ。
そして、彼女がゆっくりとその目を開けると、少しの沈黙のときが流れた。
「ねぇ、クロネ。ちょっといいかしら……」
シローナの碧眼がクロネを見詰めていた。
その真剣な眼差しは何かを決意した者のそれだった。
「どっ、どうしたの、シローナ……」
「この流れで言うのは違うのかもしれないんだけど……」
「うっ、うん……」
「私もずっとクロネに内緒にしていたことがあるの……」
「内緒にしていたこと……?」
クロネが固唾を呑み込んだ。
「実は私も捨て子で、今の人間族の両親に保護される前は、ずっとモンスターに育てられていたのよ……」
「嘘!? そうだったの!? じゃあ、私と一緒じゃん!!」
「そうなの……」
「へぇ~!! シローナはどんなモンスターに育てられたの!? デスムカデ!?」
「デスムカデ……ではないかな……」
「それじゃあ、ストーンゴーレム!? あっ! それとも伝説のドラゴン!?」
「ううん。どっちも違うわ……」
カミングアウトの緊張感で声が小さくなっているシローナとは対照的に、クロネは興味津々の様子を隠し切れていない。
そんな彼女の熱い視線を浴びながら、シローナは恥ずかしそうにポツリと――
「サキュバススライムよ……」
「サキュバススライム……? 私、初耳かも……」
「山の奥深くに生息していて……」
「山の奥深くに生息していて……?」
「男性の精を吸い尽くす系のスライムなの……」
「いや、シローナの育ての親、ちょっと特殊すぎないぃ!?」
すっかり夜も更け切って人が疎らになった酒場に、クロネの鋭いツッコミが響き渡った。
それは先程のシローナのツッコミと全く同じ声のボリュームだったという。
おしまい。
お読みいただき、ありがとうございました。
思い付きのコメディーだったのですが、気に入っていただけていたら幸いに存じます。
最後になりますが、小説ページ下部に、現在次章準備中のゆるゆる異世界コメディーのリンクを貼っております。
もしよろしければ、そちらの方もお楽しみいただけたらと存じます。