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去年の自分にたとえ何時間だろうといいか聞かせても信じて貰えないような出来事が立て続けに起きている。
あの、超絶美少女の歌夜様ともう既に何回か一緒に外の空気を吸えていると言う事実。
なんなら、歌夜様の吐いた二酸化炭素をワンチャン体内に摂取できている可能性すらあるのである。
断言出来る。私は今、少なくとも日本で1番には幸せであると。
「さて、いつも行っているスーパーはどの辺なの?」
歌夜様から尋ねて頂いた。この名誉に名前をつけて履歴書の資格の欄に入れたいと思う。
戯言は置いておこう。
「そうですな、徒歩10分と言ったところですね。荷物を運ぶ為にも自転車を引いていきましょう」
自宅を出て駐輪場と呼ぶのも烏滸がましい駐輪場からやっすい自転車を取ってくる。
因みに私のことを詳しく知りたいであろう読者諸君に講義をつけてやるとする。
地元は勿論東京では無い。学力1本でのし上がってきた訳だが、幸い貧相でも富裕層でもない一般家庭出の私には餞別として自転車が送られた。
裕福なボンボンどもはやれ車だの、やれジェット機だのと意味のわからんことを抜かしよるが、それに果たして愛着が持てるかはまた別の話であろう。
「乗って行かないの?」
「僭越なながら申し上げます」
助手席?後ろの荷台を叩きながらそう聞かれ、一言一句間違いなく完璧に記憶しながら私は答えます。
あ、答えさせて頂いだくので、許可を貰ってからの発言になりますね。常識ですね。
「いちいち大袈裟だなぁ」
口元を抑えてクスクスと笑うさまは可憐な1輪の花のようで、決して当たり前のように享受してはならないものであった。
なぜ人が花を見て愛でて、美しさを感じるのか。それは1時の儚さを連想するからである。
花は散る。永遠は無い。それを知っているからこそ余計に美しいと感化されるのである。この笑顔も同類である。
この一瞬は未来永劫同じものは無い。似て非なるものは今後出てくるかもしれない。しかし、今だけなのである。この時は、今しかないのである。
その感動を噛み締めながら、私はさらなる贅沢を言ってしまう。
「歌夜との時間を増やしたいのです」
「もう、照れちゃいますよ〜。えっと買いに行くのは苗字でしたっけ」
「ええ、そうですね。婚姻届もあればって……何言ってるんですか!?」
目を見開いて頬を赤らめて照れたように体をクネクネと動かす様は……以下略。
その姿の中で一瞬だけ眼光が鋭くなった気がしたのですが、発言の方が気になりましたね。
何となくノリツッコミしてしまったのですが、この人は私と冗談ならば結婚してもいいと思ってらっしゃるのでしょうか。
それは光栄なのですが、何故でしょうか。矮小な脳みそが警告を鳴らしたのです。不思議ですね。
「ああ、間違えちゃいましたね。えっと、何買いに行くんでしたっけ」
「……飲み物?」
たわいもない言い合いで、元々何をするために外に出たのか互いに忘れてしまいましたが、私の至らなさが招いた買い出しでした。
普段から人がこないからといって何もありませんはやはり良くないのかもしれませんね。考えを改めると同時に、申し訳ない気持ち八割と楽しみ二割で買い物だ〜と浮かれてしまいますね。
「ふむ、味気ないと思いませんか」
しかし、歌夜様は少し考え込んでそう言います。
買い物に味気と言う単語を絡ませる事があるのかと感心しつつ、やはり何処か共感しきれないので説明を求めてしまいます。
「はぁ、買い出しにロマンは求めていないのですが、どう言った意図でしょうか。庶民のスーパーなど足を踏み入れないという事でしょうか」
「いえ、違います。私はそんな高飛車な嫌な女に見えてしまうのでしょうか?そうではなくてですね。そうですね、家に来ませんか?」
「脈絡がない……だとっ!」




