10話.[そんなに強いの]
「茉莉花……大丈夫?」
「ふふ、大丈夫よ」
睦さんが来たことによってもうそんな時間なのかと気づいた。
単純に心配性というのもあるだろうけど、ここに彼女が来たのは偶然ではない。
私が呼んだのだ。しなければならない大切な話があったから。
ちなみに、彼はあの後にきちんと学校へ行かせておいた、べつに彼がいなくてもお母さんがいるし問題はなかったからだ。
いや、正直に言っておくと落ち着いて寝ることができなかったから……。
「それで……話って?」
「伊月くんをきちんと遠ざけてくれた?」
「うん、……片山君に頼んでね」
「そう、ありがと」
思いを吐露するだけなのにどうしてここまで緊張するんだろうか。
しかも本人に言うわけじゃなくて、睦さんに言うだけなのに……。
「ごめんなさい睦さん、残念だけど隠すことはできそうにないわ」
「え、それって、伊月くんへの気持ちをってこと……?」
「実は昨日抱きしめて、今朝は逆に抱きしめられて……」
「あ、そっか、……結局最初から茉莉花のことが気になってたってことだよね。そりゃそうだよね、……身近にこんな綺麗な人がいたら、意識しちゃうのも普通のことだよね」
でも違う、きっと彼はいま勘違いしているだけだ。
冷静になればきっと彼女を求める。
私から言ってもそれは信じてもらえないだろうから、いまのところは黙ることしかできないけど。
そう、これをわざわざ彼女に言ったのは、ここで終わりにしたかったからだ。
矛盾していることは分かっている。
けれど、だめ、これ以上邪魔をしてはいけない。
出しゃばってはいけない、困らせてはいけない。
「睦さん、あなたはもっと素直に大胆に伊月くんに近づきなさい、余計なことを気にせず真っ直ぐに向き合うのよ。それがあなたにはできるの、私にはできないことをできるのよ」
「……いいよ、そういうの。だって嫉妬して『最低』とか言う人間なんだよ? もう伊月君だって嫌でしょこんなの。それに伊月君から抱きしめたんでしょ? 求めないとしない子が自分からしたってことは絶対……そうだよ」
「そんな弱気な子のところには来てくれないわよ、しっかり向き合うべきねと言ったでしょう?」
「だってぇ、あれから全然まともに話せてないし……」
「教室で男装をするのをやめなさい」
なにも壁を作らない、偽っていない彼女本来の状態で接すればきっと変わる。
「それが無理なら敬語をやめるのよ」
「敬語をやめるくらないならできるけど……」
「睦、あなたにしかできないことがあるの、これは私のためでもあるのよ」
「なんで……? 余計なことを考えてないで茉莉花こそ真っ直ぐに向き合えばいいじゃん! そうすれば確実なのに、私が無駄に傷つかなくて済むのに……」
「あなたに言えてよかったわ、これでも中々緊張したのよ?」
最近の私は弱すぎた。
すぐに涙を流す、悲しくなる、彼を困らせる。
それが当たり前になってしまっていた。
けれど彼に抱きしめられたときに分かった、このままじゃいけないということが分かった。
恋愛漫画みたいに「妥協する恋なんてごめんだわ」なんて言うつもりもない、恐らく普通に過ごしていればきっと私にも合う人が現れる。
駿くんに真っ直ぐ向き合うのもひとつの選択肢と言える。
そう、たくさんの可能性が広がっているのだ。
「睦、お願いね?」
「……じゃあさ、目の前で告白してよ、それで無理だったら頑張る」
「それは……」
「人にお願いするなら茉莉花だって頑張る必要があるでしょ?」
「痛みを味わえって言うの?」
「茉莉花の告白が受け入れられたら、私だって痛くなるんだよ?」
仕方ない、私は彼に電話をかけて家に帰ってきてもらうことにした。
「伊月くん、いますぐ帰ってこれるかしら?」
「あ、うん、というかもう家の近くだよ」
「そう、できるだけ早く……お願いね」
「分かった、じゃあね」
通話を切ってスマホをベッドに置く。
「睦、あなたはどこにいるの?」
「リビングでしてくれる? 私は廊下にいるから」
体調が悪いわけではないので了承をして一階へ、少し待っていたら確かに彼はすぐに帰ってきた。
「ね、寝てなきゃ駄目だよっ」
「いいの、少しリビングで話がしたいのよ」
「それはいいけど……」
彼を座らせて私はその正面に立つ。
「伊月、私はあなたのことが好きなのよ、男の子として……好きなのよ」
内で苦笑した、どうして睦に言うときより緊張してないのかと、ね。
「え、ま、マジ?」
「ええ、あなた風で言うならマジね」
「う、嘘の告白とかじゃなくて?」
「ええ、本心からこう言ってるのよ」
分かってる。
漫画とかみたいにここで、
「……いや、最低野郎だけどいいのかな?」
そう、「実は僕も!」とはならな、い……。
「ま、待ちなさいっ。実は睦がいるのよ、そんなのだめに決まってるじゃない」
「……ちゃんと睦にも話したんだ」
「睦、嘘よね!?」
廊下に向かって話しかける。
意外と騙せていたようで彼は「えっ!?」と驚いていたけど、驚きたいのは寧ろ私の方だ。
「茉莉花、私はちゃんと伊月君から聞いたよ」
「だからって……」
「おめでと!」
「睦……」
「そんな顔しないでっ、私は大丈夫だよ?」
なんでそんなに晴れやかな笑みを浮かべるの。
なんでそんなに強いの。
「茉莉花、いいの?」
「……嘘を言ったつもりはないわ」
私は逃げたくて仕方がなかった。
嬉しさがそこにはなく、睦の笑顔を見たくなかった。
「大丈夫だよ茉莉花!」
「……ごめんなさいっ、睦!」
「ううん、ちゃんと言ってくれて嬉しかった! それと上手くいってよかった!」
彼ではなく彼女を抱きしめて私は泣いた。
彼女も途中からボロボロと涙を流して泣いていた。
結局、最後まで彼には意識を向けず、ふたりで泣いていたのだった。