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01話.[頭を上げなさい]

「それじゃ伊月、お母さん達はお買い物に行ってくるからね!」

「え、ちょっ――」


 少し前から新しくなった家、新築を買ったとかそういうことじゃない。


「もう……」


 母さんは俺はをずっとひとりで育ててくれていた。

 でも、何回も言ってた。


「やっぱりお父さん、いてほしいよね」


 と。

 確かに小学生三年生の頃から父さんがいなくて寂しかったのは確かだった。

 授業参観とかも大体は両親が来てくれていて、周りの子ははしゃいでいたし、友達から「家に帰ったら一緒にゲームをすることもあるんだ」と言われて羨ましがったのも確かだ。

 ただ、一応俺のことを考えて即決はできなかったんだろう。

 小学校を卒業し、中学校を卒業し、高校に入学するまではまるでなくて、それでもひとりで働いて家事もしてというのは大変で、裏で探しているのは知っていたから驚きはしないが、夏の終わりに再婚することとなった。

 問題なのは俺らがこっちへ来たことと、ひとつ屋根の下に一歳年上の女の子がいることだろう。

 そして一ヶ月と半分くらいが経過しても、未だに慣れないことだった。


「伊月くん、一緒に行かなかったの?」

「あ、はい、行ける雰囲気ではありませんでした……」


 その子、いや、この人の名前は藤田茉莉花ふじたまりかさん。

 髪の毛は銀色で肩より少し長い。瞳の色は薄い青色で見られると緊張する。

 細かくは言えないがとにかく綺麗で、なんでこんな人が義理の姉になるんだと非現実感と戦う羽目になったのは言うまでもない。

 しかもあれだ、俺より身長が高いんだこの人は。

 百五十五センチくらいしかない俺より多分七センチくらいは高いだろうか。


「ねえ伊月くん、いつになったら敬語をやめてくれるのかしら。私、言ったわよね、気を使わなくていいって」

「そうは言われてもですね、先輩なわけですし……」


 いまだってまともに顔を見ることすらできないのに。

 そう、俺が陽キャとかイケメンだったら全然問題はなかった。

 美人な先輩と一緒に生活できると、純粋に喜べるんだけど……。


「顔を見なさい」

「……あの、お金を渡すので勘弁してくれませんか?」

「はぁ、あなたのお母さんに言うわ」


 あなたのって、いまはあなたのお母さんでもあるのに。

 優しいようで優しくないのがこの人だ。


「あなた、嫌いだわ」

「そうでしょうね」


 好かれようとも思っていない。

 幸い学校は変わらなかったので、友達と遅くまで遊んで帰るとかしなければ問題というのはない。

 それが藤田家に来てからの毎日だった。

 ま、それに付随した問題――この綺麗な先輩の義理の弟になったことを友達にわあわあ言われるのが面倒くさいが。


「学校では近づかないでね」

「……元々興味ないですけど」

「あっそ」


 ……母さんもせめて娘や息子がいない人と結婚してくれればよかったのに。




 翌朝、下駄箱で靴から上履きに履き替えていると、


「おっす、伊月!」


 幼馴染の片山駿(しゅん)がやって来て挨拶をしてきた。


「おはよ、駿」

「なんだよ~、暗えじゃねえーか~」


 簡単に言えば俺と違って明るくて格好良くて、陽キャと言うのが正しいだろう。

 ただ問題なのは、彼が藤田先輩を好きだということだ。

 紹介しろとか機会を設けてくれとか、関わりたくないのに面倒くさいことを言ってくる毎日に辟易としている。

 教室に移動して席に座っていると、わざわざ窓際までやって来て前の子の席に勝手に彼は座った。


「なあ~、茉莉花先輩となんで一緒に来ないんだよ~」

「知ってるだろ駿だって」

「なんであんな綺麗な人と一緒に住んでて、苦手ってことになるのかね~。陰キャの考えることって分からんわ」

「こっちこそ陽キャの考えることが分からないよ。あの人ね、見た目だけだよいいのはさ。平気で『嫌い』とか言うからね、全然魅力的なんかじゃないよ」


 もっとふにゃふにゃで笑った顔が可愛い子がいいんだ、おまけにあんまりうるさく言ってこない子がいい。


「だったら俺が貰ってやるから、紹介しろよ」

「自分で頑張りなよ、関わりたくないんだ」


 嫌なのは両親の前でだけ仲の良いアピールをすることっ、こっちだってそんな人嫌いだし。

 美人とか優しいとか言われて人気なのは、猫を被っているからだ。

 その証拠に家に友達を連れてきたことなんて一回もないんだ。友達がいないんだ性格が悪いから。


「伊月ってさ、昔はもっと明るかったよな」

「そうかな? ずっとこんなんだったけどね」


 昔って言うほど人生長く生きてない、それに明るかった時代なんて俺にはずっとなかった。

 母さんとだけは仲良かったから苦ではなかったけれど、基本的に暗めの思考をする人間だ。


「いまここに茉莉花先輩呼んでもいいか?」

「別に自分の席で話すんならね」


 わざわざ俺に頼まなくたって彼は彼女の連絡先を既に教えてもらっているのだ。

 ……少しして銀色の髪を揺らしながら彼女がやって来た。

 駿が馬鹿だから移動していないせいで、席の所までやって来てしまう。


「おはよう、駿くん」

「おはようございます、茉莉花先輩!」

「ふふ、あなたは元気ね」

「元気だけが取り柄ですから!」

「その点、そこの人は挨拶もできないわよね」


 あー面倒くさ、アホくさ、やってらんねえ。

 俺がそのまま無視をしていると、急に胸ぐらを掴んできて言った。


「あなたじゃなくて、駿くんが義理の弟だったら良かったのに」

「そうですね、譲りたい気分ですよいますぐにでもね」

「なら代わりなさい」

「生憎と家がないんですよね。あーやだやだ、見た目だけしか良くないから困るんだよなあ」


 ……何故駿に叩かれなければいけないんだ……。


「そうやって喧嘩腰だから嫌われるんじゃねえのかよ」

「そうかもね、トイレに行ってくる。だから、離せよ」


 目の前の女を睨みつけて手を離してもらう、離してもらったから教室を後にした。

 最近は駿とも関係を切りたいと思っていた。

 事ある毎にあの女を呼んでは気に入られたいために俺を責めてくるからだ。

 しかも教室と学校だけが俺の居場所なのに、それすらも奪い取ろうとしている。

 なんでずっと我慢を強いられなくちゃいけないんだ。

 トイレに行って廊下に出ると駿が立っていた。


「おい、茉莉花さんに謝れよ」

「自業自得だろ? なんだよ、掴まれて『離せよ』と言っただけで悪者扱いかよ」

「……本当にお前があの先輩の弟であるべきじゃないな」

「じゃあ代わる? 俺は君の両親とも関わりがあるし、そっちで住めるなら嬉しいんだけど」

「ちっ、……今日で終わりにするか」

「あっそ、それならそれで好都合だ」


 糞野郎が、……あいつと上手くいかないからって殴りやがって。

 よし、でもこれで俺の居場所は守ることができたぞと喜んだ。




 放課後、すぐに帰宅したくない俺は図書室で時間を潰していた。

 本を読むのが趣味というわけじゃない、それしかできないだけで。

 適当な本を選んでペラペラと捲っていく、好きな人には申し訳ないがつまらないし退屈な時間だ。

 それでも嫌な気分を味わわないためには仕方のないことだった。

 とりえあずこの本を戻して、別の一冊を選ぼうとしたときのこと。


「んー、届かない……」


 男子の制服を着ているにしては少しだけ高い声を出しつつ、戦っているそんな人がいた。


「あの、これ?」

「あ、はい!」

「どうぞ」

「ありがとうございます!」


 たまには人助けも悪くないかもしれない、お礼を言われることなんて藤田家に住むようになってから一回もなかったから。


「あの……」

「あ、なに?」

「そんな密着されると……」

「あ、ごめん」


 別に男子同士だし問題ないとも思ったが。


「あ、俺は別にホモとかじゃないからね? ま、本が取れたなら良かったよ、それじゃあね」


 鞄を持って図書室を後にする。

 あれじゃあまるで女に相手にされないからって男に手を出すみたいに見られるじゃねえかよ。

 とでもじゃないが、あのまま何食わぬ顔で本を読めるようなメンタルはしていなかった。

 西日に染まった廊下を歩いていく。

 今日も最低な一日だった。

 でもいいこともあって、教室でもうあのうるさいのと面倒くさいのに絡まれなくて済むということだ。


「いや、いい一日か」


 下駄箱に着いて上履きから靴に履き替える。

 それで外に出て、ひたすら時間をかけて歩いて帰ることにした。




 翌日の放課後。

 俺が帰ろうと靴を取り出したとき、手紙がぱさりと床に落ちて拾ってみる。

 内容は、


『佐野伊月さんへ。放課後体育館裏まで来てください』


 というもの。

 佐野は旧姓だ。知られていてもおかしくないがなんだか気持ちが悪い。

 それでも時間潰しになるかもと俺は体育館裏に行ってみることにした。


「こんにちは、佐野さん」


 なるほどと内で呟く。


「別に見返りが欲しくてやったわけじゃないよ」

「いえ、そういうわけにもいかないので」

「だったらせめて名前くらい書きなよ」

「だって佐野さんって、全然周りの方に興味ないじゃないですか。だから名前書いても無駄だと思ったんです」


 この子の言っていることは間違ってはいない、後にも先にも駿くらいしか友達がいなかったのだ。

 だというのにつまらない判断と行動をし、切られてしまった。

 お友達ゼロ状態、流石に俺だって悲しくもなる。


「それで?」

「お礼に、僕がお友達になってあげます」

「名前くらい教えてよ」

「あ。えと、久保(むつみ)です」


 可愛い名前だ、声は高い。髪の色は茶色で、肩につきそうな長さだ、身長は俺と同じで百五十五センチとかそれくらいだろうか。

 可愛らしい顔なので気持ち悪いとかそういう感じはなにもなかった、寧ろ自然にすら見える。


「で、久保さんが友達になってくれるのは助かるけど、久保さんのメリットは?」

「そうですね、お礼ができるということでしょうか」

「いやいや、友達になってくれるだけで十分だけど?」

「メリットとかどうでもいいじゃないですか、僕がしたいからじゃだめですか?」

「いや、別にいいけど。あのさ、友達になってくれたならさ、放課後に付き合ってくれない? 家に帰りたくないんだよ」


 この子ならうるさく言ってこないだろうし、なによりあの銀髪姫の攻撃を受ける必要もなくなるんだ。

 お礼で友達になってくれた久保さんにいきなり頼むのはあれだが、頼めるのはこの子しかいないから仕方がない。

 

「大丈夫ですよ。あ、でも、二十時くらいまでに留めてくれると助かります」

「そんな遅くまでじゃなくていいからさ、ありがとね」

「はい」


 そして何故か駅近くのファミレスでゆっくりすることとなった。

 俺はドリンクバーだけを注文して、のそのそとジュースを注ぎにいく、やっぱりこういうときはコーラだろと決めて注いで席に戻る。


「あ、ごめん久保さん、気が利かなかったね」


 席に戻ってからどうして彼の分も注いでこなかったんだと後悔した。


「いえ、大丈夫ですよ、荷物お願いします」

「うん、ごめんね本当に」

「大丈夫ですから」


 いや、待て待て、どうしてこの子はこんなにいい子なんだ?

 たかだか本を取ったくらいで友達になってくれて、おまけに優しくしてくれるなんてありえないだろ……。


「ふふふぅ、コーラって美味しいですよねぇ!」

「あ、コーラ好きなんだ? 炭酸って言えばこれだからね」


 なにで作ってるとか分からないとか言われるけど、正直、ご飯とかだってなにで作られてるのか分からないわけで、美味しい飲み物を、美味しい食べ物を、美味しいと味わえるのはいいのではないだろうか。


「そういえば久保さん、俺の名字って今は藤田なんだよ」

「知ってますよ? でも、あなたがあの先輩といるのは嫌いだと僕も分かっていますから。だから、旧姓でお呼びさせてもらっているんです」


 なんだろう、いつもなら「分かった気になるな!」と怒りたくなるところなのに、なんか落ち着いて「ありがとう」と言ってた。

 なんでこんな優しいんだろう、自分が優しくないから眩しく思う。


「いや、本当に久保さんみたいな存在は助かるよ」


 駿は味方のようで味方ではなかった、彼が俺のところに来ていたのはそうすれば藤田茉莉花さんに近づけるから、でしかなくて。

 や、昔なら純粋に幼馴染だから、友達だからいてくれるんだと思えた。

 だが、いまは違う、茉莉花さんの弟になってから変わったのは彼の方だ。


「家に帰ってもあの先輩がいるからさ、落ち着かない時間を過ごすことになるんだ。だからすぐに帰りたくなくて俺は図書室で時間を潰してたりしたんだけど、あんまり本を読むのも好きじゃなくてさ、いつも困ってたんだ。でも、君が放課後に付き合ってくれるなら、ちょっと気が楽になるかなって」

「ありがとうございます、そう言ってもらえると嬉しいです」

「いや、こっちこそありがとう」


 これでもし久保さんが女の子だったら、きっと好きになっていただろう。

 しかし残念、彼は優しくても可愛くても可愛い名前でも、男だ、だって男子用の制服を着ているし。


「よければ、藤田先輩とお話ししましょうか?」

「や、やめてほしいっ、君まであの人の味方になってほしくないんだ」


 思わず対面に座っている彼の手を握ってそんなことを言っていた。

 ハッとして慌てて手を離し、これまた慌てて謝罪をする。


「なにやってるんだろうね……」

「大丈夫ですよ、僕はあなたの味方ですから」

「それもやめてくれる? 涙が出そうになる」


 嫌われて傷つかないわけがない、相手が美人なら、格好良いなら尚更のことだ。


「そうですね、連絡先を交換しましょうか」

「うん、それはいいけど」


 アプリを起動しIDを彼女に見せ先に登録してもらって、俺も同じように登録させてもらった。


「佐野さん、それでももうひとつお願いしてもいいですか?」

「うん、言ってよ」

「藤田茉莉花先輩と片山駿さん、そのおふたりと仲良くしてくれませんか?」

「え、でも……」

「ゆっくりでいいんです、これが僕のお願いです、よろしくお願いします」


 でもあれだ、彼は本当にほぼ初対面の俺にも優しくしてくれた、なんというかこの関係は大切にした方がいい気がする。

 だから俺は「分かった」と答えていたのだった。




 夜ご飯も食べてお風呂にも入り終えた俺は、茉莉花さんの部屋の前でひとつ深呼吸をしてからノックをした。


「入りなさい」


 開けさせてもらうと彼女は少し複雑そうな表情を浮かべる、どうでもいい、俺がしなければいけないのはたったひとつだ。


「茉莉花さん、昨日はすみませんでした!」


 きちっと頭を下げて彼女が好む元気良くを心がけての謝罪をした。


「頭を上げなさい」

「うん……」


 頭を上げるとこれまた複雑そうな表情を浮かべている彼女が。


「伊月くん、さっき一緒にいた男装女の子は誰なの?」

「え、あ、友達ゼロ人の俺に優しくしてくれた久保睦さんって人なんだけど」


 いや、どうして茉莉花さんが知っているんだろうか。

 それに彼は女の子ではない。それっぽく見えるだけだ。


「友達ゼロ人ってなんでよ」

「え、あ、あの後、駿に関係を切られてさ……」

「そうじゃなくて、私がいるじゃない」

「え、いや、だって俺のことが嫌いだって……」

「……元気がなかったからよ。その点、駿君が明るいでしょう? ああいう子のようになってほしかったの」


 えぇ、そんなの無理だろ……、向こうは女の子にモテモテだし、友達だって沢山いるんだから。

 すぐに選択を間違える陰キャなんかに真似できるわけがない。


「無茶言わないでよ、俺は駿と違って格好良いとか陽キャじゃないんだから……」

「完全にとは言っていないわ。それでも、少しくらいは真似しようと頑張りなさい」

「うん」


 家では優しいだけなのか、学校でもこうなるのか、いまはまだ分からないから困惑しっぱなしだった。


「これからは敬語はやめるのよ? だって家族なんだから」

「うん、ごめん」

「それよりも、その子のこと好きなの?」

「えっ? だ、だから、男の子だって……」

「そうかしら? チェックしてみた? ○○○○がついているのかってチェックしてみた?」

「で、できるわけないでしょ!」


 確かに疑わしいところだが、そんなこと確認できるわけがない。

 大体、あの子は優しいし、失望されないよう振る舞いたかった。


「あの子にそんなことしたくないんだ。モヤモヤはするけど、あの子を傷つけるようなことをしたくない」

「……そう、なら仕方ないわね。伊月くん、明日から一緒に行きましょう。あと、お昼ご飯も一緒に食べましょう」

「別にいいけど、あ、あのさ、手伝ってくれない? 駿と仲直りしたいんだ」

「分かったわ、それは任せてちょうだい。もし断ったら、連絡先を消させるわ」

「そ、そこまでしなくていいからさ、よろしく! ありがとっ」

「ええ、おやすみなさい」

「おやすみ」


 やっぱりあの子はいい結果しかもたらさないようだ。

 これはもっと感謝しなければいけない、どうすれば久保さんに満足してもらえるだろうか?

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