二章 第七十話 対エレメント1
エレメント戦です。
そして、
傭兵団の後ろには、白いローブをかぶった集団が三千人ほど隊列をなしていた。
おそらくはエレメントの魔法研究員なのだろう。
今回の戦で一番厄介な存在と言える。
また、その白ローブの中には二十人ほど金色の刺繍が入っている者がいた。
おそらくは、エレメントで「師」と呼ばれる者達なのだろう。
突出した魔法の才能と膨大な魔法の知識を持ち、エレメントの魔法研究を牽制してきた人物。
そしてその師の中でも一際威厳のある黒い刺繍がなされているローブに身を包んだ人物がこちらを見る。
「ザン…。」
初老の男性であるザンがこちらを見据えてニヘリと笑った。
その顔はいつしか会談で見た紳士的な笑顔ではなく、欲望に塗りつぶされた卑劣な笑みだった。
「ザン。」
「…なんだ。軍師ヒムラ。」
川を挟んで俺とザンは向かい合う。
後方にはお互いの軍が睨みあっていた。
そして、
「エレメントがファントムに唆されて今ここにいるのなら、今すぐこの戦いを終わらせろ。今回の宣戦布告のことは取り消しとする。」
「…ククク。偉大なるエレメントがファントムの言いなりになるだと?馬鹿げたこというものだ。降伏など眼中にないわ!」
別に降伏しろと言ったわけではないが、ザンは熱くこちらを批判する。
ならば、現実を見せるのみ。
俺は剣を引き抜くと『神速の加護』を使用し、一瞬でザンの首元にピタリと剣を当てる。
漆黒の剣が少しザンの皮膚を切り裂き、血がツーと流れる。
今の動きに、全くザンは反応できてなかった。
さらに後ろにいる魔法使いはともかく、傭兵団も誰一人として今の動きを追えたものはいない。
圧倒的な戦闘力の差。
俺一人が動き回れば皆殺しにできてしまうということを示すのだ。
ザンは俺のその動きを見て少し驚くと、
「クハハハ!脅しのつもりか?そんなものは意味がない!」
余裕そうに笑ったのだった。
…なぜこの状況で平然としていられるのだ?
ザンの命は俺が握ったも同然。
このまま降伏に持ち込もうとしたのだが、なぜか相手は降伏する様子すら見せない。
そして、いつの間にか俺とザンはエレメントの兵に囲まれていた。
ようやく何が起こったのかに気がついて警戒を高めたようだ。
このエレメントの動きからしてあまり強者は混じっているようには見えない。
俺に勝てる見込みのある奴が隠れているのか?
「…ザン。貴様の命は俺が握っている。殺されたくなければ、さっさと降伏を…。」
「馬鹿か?貴様こそ人を殺したことのない分際で何を言う。」
「…!!」
なぜそれを知っているのだ!?
確かに俺が人を殺したことがなく、殺すことを避けていきたいと思っていることを知っていれば、この脅しは意味をなさなくなる。
だが、その情報はどこから漏れたのだろうか。
ザンはこちらを見下した笑みを浮かべ、
「その漆黒の剣がお飾りなことはもうわかっておるのだ。臆病者のクロノオ軍師が、私を殺すことなどできるはずがないであろう。それとも、今すぐ首を跳ねてくれるのか?ほれ、やってみせよ!」
「…」
こちらを煽るザン。
その様子につい血が昇りそうになったが、なんとか堪えて状況を判断する。
手は、動く。
刀は、振れる。
なら、やってみせるのもいいかもしれない。
刀を首元から肩に当てて、一瞬でそれを下まで下ろす。
すると、あっさりとザンの腕は切断された。
「ああああああああああああああああああぁぁぁっ!!!!!!」
「悪いな。人を切ることには抵抗はなかったらしい。」
思いの外簡単に人の腕を切ることができた。
殺すことはおそらく無理だと思うが、傷付けるくらいならばいけるのだろう。
苦しみで顔を歪めるザン。
その顔を覗き込み、
「降伏するのならコレで手打ちにしよう。」
「ああああああああああああっ!!!」
「だが、抵抗するのであれば、今度は足だ。」
「あああああっっハハハハハハ!!」
「何!?」
急に笑い出すザン。
見ると腕の切断面がすでに塞がっていて、徐々に腕も伸び始めている。
さっき切り落としたはずでは!?
ザンは一通り笑うと、
「ハハハハハハ!魔法というのは偉大なのだよ!腕を切り落とし足を切り落としたくらいで私が降伏すると思うなよ!」
見ると、ザンの腕の付け根には青色の魔法陣が生成されていて、徐々に傷を癒している。
その余裕な様子から、もうすでに痛みはないようだ。
腕を切り落としても、足を切断してもザンを説得することはできない。
ならば打てる手段は…。
「ザンの腕が…。」
テルルがザンの腕の回復を驚きの目で見つめている。
テルルからしてもかなり難易度の高い魔法なのだろう。
そして、すぐにザンの腕は元どおりになった。
とりあえず、他にザンを脅す手段が思い浮かばない。
ならば一時撤退だ。
「戦争をする、でいいのか?」
「聞くまでもないことだ。」
ザンの確認を取ると、俺は加護を使って一瞬で自陣に戻る。
結局ザンを説得することはできなかったが、それならば武力を持って制圧するのみ。
だが、
「さっき使った青魔法。相当高度なものよ。それを考えるとエレメントの魔法使いはクロノオを遥かに凌ぐはず。」
テルルが険しい顔で分析を行う。
そして不安そうな顔でこちらを見て、
「ヒムラ。勝てるの?」
「ああ。」
テルルの不安を消し飛ばすように俺はうなずいた。
大丈夫、今日のために策を練ってきたのだから。
「そうよね。…ヒムラがいれば大丈夫よね!」
とまあ、信頼の眼差しを向けてくるテルル。
随分と信用されたものだ。
歩兵隊2000に対する彼方の傭兵3000。
そしてこちらの魔導隊1000に対する相手の魔法使い3000。
数字だけを見れば圧倒的だ。
だが…
「まあ、いいハンデといったところか、」
俺はそう呟き、兵達の方を向く。
皆一様にやる気だ。
コレならば、あとは俺がうまく指揮をするのみ。
「よく聞け皆の者!!」
俺は両手を広げ、皆を奮い立たせる。
「相手は戦争を知らない傭兵団とただの研究員だ!!我々の敵ではないことを、思い知らせてやれ!!!」
「「「おおおおーーーー!!!!!」」」
皆はやる気を漲らせた顔で雄叫びをあげる。
そして…。
「では、戦争準備だ!メカルは俺のそばにいて相手の情報を抜け。ユーバは志願兵を手筈通り動かせ。テルル達魔導隊はとりあえず様子見だ。体力を蓄えておけ!」
「ハッ。仰せのままに。」
「わかったよー!」
「了解了解。」
まああいつららしいと言えばあいつららしい返事に、思わず口元が綻ぶ。
今まで何度も頑張ってやってきたんだ。
きっと今回も大丈夫。
速やかに陣形を組み替えるクロノオ軍を、ただエレメント軍は見ているだけだ。
何をしているのかと思えば、どうやら彼方の魔法使いの準備が終わっていないらしい。
本当に戦争を知らないただの研究員なのだな。
まあ、倒しやすくて結構。
戦争というものを教えてやろうではないか。
そう思いながら俺は、クロノオ軍が戦争準備を整えるのを見守っていたのであった。
小川を挟んで両岸に、二国の軍が睨みあう。
朝日が煌めき、小川から蒸気が発せられる神秘的な光景。
そこはすぐに血の海と化すだろう。
前方にいるエレメント軍を見ると、俺は口を開き、
「行けえええええ!!!」
戦争開始の合図を叫んだのだった。