二章 第六十五話 対ファントム6
クラリスとカテールの戦いはどんどん激化していく。
剣の扱いに関してはヨルデモンド屈指の実力を持つクラリスであったとしても、カテールは簡単には倒せない相手であった。
カテールはクラリスの剣捌きを槍を大きく振り回して対処する。
細かい攻撃に対しても全て槍で対処してくる。
間違いなくカテールは強者だった。
だが、クラリスはさらに強い。
なぜ勝てないのかと言うと、カテールに対して本気を見せてしまったら、その時点で「白竜の剣」団長のクラリス・レートクリスであるとバレてしまうのだ。
故にクラリスは今のところ自身の剣技だけでカテールとやり合う。
剣と槍が撃ち合う音が響く。
互いの汗呼吸と響く音が呼応し、さらに戦いを過激にさせる。
「はあっ!「風刃瞬爽」!!!」
「ちいっ、魔法も使えんのかよ!」
クラリスの放った風の刃がカテールの首元を襲う。
仕留めるべく放った刃だが、それもカテールに見切られて躱されてしまう。
このことからわかることはただ一つ。
カテールもまた本気を出していないのだ。
こちらの必殺を躱すだけの余裕はあると言うわけだ。
二人はお互い睨み合う。
「そろそろ本気を見せたらどうだ?」
クラリスの提案も早速いなされてしまう。
「お前に見せる本気なんざねーよ。」
「舐められたものだ。その魂の曇りからして、貴様がただものでないことはわかっている。」
「へえ、知っちゃったんだ。」
クラリスには、その人の魂のありようが見える。
なぜかと言われれば、そう言う加護を持っているからとしか言えない。
「だが、貴様が魔人だとは思えない。邪悪なオーラは感じないしな。だが、少し不愉快だ。」
「おいおい団長さん。それは悪口ってもんだぜ。」
「フッ!」
カテールに対して笑顔で挑発し、攻撃を再開する。
同じように剣と槍の音が甲高く響く。
このままではらちが開かない。
それを悟ったクラリスは、決意を固める。
(自分の正体がバレることよりも、こいつを野に放つ方が危険だ。)
クラリスが手を抜いた状態でもBほどの強さを誇る。
それに対応できていると言うことは、相手もBレベルの強者。
しかも、それでも手を抜いているようだ。
となると、あのファントムの有名な「破壊」のグルームを凌ぐ強さを持っていてもおかしくない。
そしてこの戦場で本気を出したカテールを止められるのは、同じく本気を出したクラリスだけだろう。
そしてその場合、周囲の被害が甚大になる。
つまり、相手が油断している今、決めるしかない。
クラリスは自身の心の奥底にある神秘なる力に、その力の行使を求める。
程なくしてその力は放出され、二人の戦場を何千もの光の粒子が包み込む。
「おっ、何だこれは。」
「さて、カテールとやら、そろそろ貴様には死んでもらおう。」
「へっ、何でもいいさ。来な。」
余裕の表情でカテールが言うが、そのあとその表情は一変する。
なぜならクラリスの使う技がやばいことに気がついたからだ。
「これは…!」
光の粒子が全てクラリスの剣に収束し、膨大なエネルギーとなってその剣を包み込んだ。
明らかに今までの攻撃とは別格。
クラリスの切り札の一つ、『集力の加護』だ。
あたりの様々なエネルギーを自由自在に操ることができると言うれっきとしたネームド加護だ。
エネルギー剣が高速でカテールに向かう。
カテールは避けることができずにその剣を伸ばした左手で受けた。
左手の掌と剣がぶつかり合い、直後。
左腕が爆発した。
剣に収束していたエネルギーがカテールの左腕を一瞬包み込むと、一気に爆発する。
その爆風によりカテールは吹き飛ぶと、そのまま地面に落下する。
「…運が良かったようだな。」
カテールの様子をクラリスはそう評す。
もしも体全体で剣を受け止めていたりしたら、体はそのまま爆発し、確実に死んでいたはずだからだ。
左手を突き出し、爆発を遠ざけたのはさすがと言うべきか。
だが、その代償としてカテールは左腕を失っている。
先程までカテールのいたところに焼き爛れた左腕が落ちている。
そして吹っ飛んだカテールは明らかにあるべき場所に腕がついていなかった。
片手では槍は扱えない。
この戦いは、クラリスの勝ちだ。
この加護を使ったら、万が一「白竜の剣」とバレる恐れがあったので使いたくなかったが、どうやらカテールは未だこちらを傭兵団だと思っているらしい。
バレなくて済んだとクラリスは安堵し、
「介錯は必要か?」
「クッ、…ここまでか。」
その命を奪おうと剣をカテールの首筋にピトリとつける。
そして、
「俺はどうせあのペレストレインに殺されるだろうから、やるなら今だぜ。」
「了解した。遺言はあるか?」
クラリスは剣を真上に掲げる。
カテールが言葉を言い終わったら、すぐにでもそれを振り下ろすつもりだった。
カテールは一瞬目を閉じると、口を開き、
「「転移」。」
「…!待て!」
クラリスが危険を察知する前にカテールの座っているところに紫色の魔法陣が出現し、光を出すと、カテールを飲み込んでいく。
これは逃げられる。
そうクラリスが悟ったときにはすでにカテールの姿はない。
まさか…。
「逃げられたか。」
クラリスは自身の失態をそう振り返ると、空を仰いだのだった。
「はハハッはハッは!あれだけ格好いい啖呵を切っておいいて、そんなんじゃ興醒めだあね!」
「くっ!はっ!」
「今のところ攻撃はあ、まったあく、とおどいてなあいよ!」
砦の最上階でもまた戦いは起こっていた。
一人の少女と一人の青年。
そしてそれを一つ高いところから面白そうに見物する一人の青年。
その戦いは終始レイが追い込まれていた。
一発でも食らえばレイの命を奪われかねない一撃が何発もグルームから繰り出される。
そしてそれを全て受け流して、飛ばして、受け止めていると、自身が攻撃できずに疲労だけが溜まっていくのだ。
対してグルームはただこちらを殴っているだけ。
頭も使わなくてもいいし、疲労もあまり溜まっていない。
レイはいつも通り搦手を用いようとする。
『朧空間の加護』、使用。
まずは手始めにグルームを酔わせてみる。
するとあっさりとグルームはフラフラし始める。
これならいけると感じ、レイはすぐに相手の懐に飛び込む。
正面から飛び込んできたレイに対処しようと、グルームは何とか拳を構える。
だが、それを見てレイは———グルームの左後ろから攻撃を仕掛けようとしていたレイは微笑む。
そう、つまり正面から攻撃しようとしているレイは幻影なのだ。
そしてそのまま無防備なグルームの背中を切り裂こうと、
「はあっ!!」
「えっ…何で!?」
しようとしたところ、グルームの後ろに突き出された腕に阻止される。
確かにグルームは幻影に釣られていたはずだ。
それなのにどうして!?
「はあ気持ち悪い。あんまあり視界に頼るものじゃなあいね。」
「!?」
何とグルームは視界ではなく聴覚などを頼りにしてレイの位置を当てたらしい。
確かに『朧空間の加護』で支配できるのは視界だけだ。
それでも、グルームのように視界に頼らずに幻影を見破ることなどできるのだろうか。
歴戦の戦士か何かでなければできる芸当ではないだろう。
明らかに相手が格上。
こちらの搦手も通じないほどの。
今のところナイフを投稿しても、全て叩き落とされたり、不意打ちも全て防がれている。
正直レイが打てるては他にない。
ロイはヒムラの命により他の仕事を行っているので、影空間からの不意打ちもできない。
「…この子ちょこまかと動いてやり辛あいんだあよね。ペレさん。本気出していいい?」
「お前が本気出すとこの砦が壊れるだろう?負けそうでないならそのままで頼む。」
「はあいはあい。」
そしてさらに恐るべきことに、グルームまだ本気を出していないと言うことだ。
その証拠にこの砦は未だ傷一つ付けられていない。
どうすればいいのだろうか。
この不毛な戦いをどうにかする方法。
それを思いつかなければレイは程なくやられるだろう。
思考の海に潜り、レイは考える。
———今までの私と母の思い出も、必然と蘇ってきた。
次はレイの過去回です。