二章 第六十四話 対ファントム5
「何悩んでんだか知らねえけど、元気出せよアカマル。今戦争中だぞ。」
ドルトバがこちらを訝しがるように見る。
アカマルはその言葉を聞いてハッと気づく。
「そ、そうだよな。俺がなんとかしないと…。」
「アカマル。」
「どうにかしてこの状況を打破しないと…。」
「アカマル。」
「俺は将軍なんだ。みんなを引っ張る役目があって…。」
「…おい!」
虚に何かを繰り返すアカマルに、ドルトバが一喝する。
頭の良いドルトバは、そのアカマルの呟きだけで何かを察したらしい。
ドルトバがアカマルに馬でもう一歩近づき、こちらを間近で睨む。
その目は何かを訴えかけるようでもあり、何かに憤っているようでもある。
その瞳の意味が理解できずにいると、ドルトバは、
「少しだけ、歯食いしばれよ。」
「…?」
次の瞬間、アカマルの頬に激痛が走る。
一瞬遅れて、殴られたのだと理解した。
「がはっ!」
馬から転げ落ち、無様にも背中が地面に打ち付けられる。
泥が全身にまとわり付きながら、アカマルは地面を転がった。
痛みはすでに引いている。
ただ、殴られた感触が残っていた。
なぜ殴られたのだろうか。
茫然自失になっていると、ドルトバが馬の上からこちらに向かって、
「状況をよく見ろ。それでも将軍か?」
顎をしゃくりながらドルトバは歩兵隊の方を指す。
そしてその先には、
「うおーーー!!」
「クロノオ舐めんなよ!」
「ファントムに、ペレストレイン様に勝利を!!」
勇敢にも戦っているクロノオ歩兵隊がいた。
相手の隙をつき、どうにか勝ち筋をつかもうともがいている。
もちろんどんどん味方もやられている。
だけど、それだけではクロノオ兵の瞳は曇ったりしていない。
どうして!?
さっきまであれほど怯えていたのに。
ドルトバがその答えをくれた。
「あいつらは仲間の死を恐れていない。全てお前があの時戦えと言ったからだぜ。あいつらが不安がっているのは、戦えと言ったお前自身が一番怯えていたからだ。」
「…!!!」
歩兵隊がアカマルの心配をしていた。
その事実はアカマルを驚かせる。
自分が何をしたのか。
歩兵隊に心配されるほど俺は何かしたのか。
そのことが信じられなくて、アカマルはまた悩み始める。
その様子を見たドルトバが一つため息をつくと、
「おいアカマル。お前が将軍としての役目とか、頼りにされていないとか考えているのはわかった。」
「…。」
「確かに今までの戦いを見てると、お前失敗してばっかだもんな。」
「…ああ、だから…。」
「だから、何だ。」
疑問形ではなくて確信を持ったふうに言うドルトバ。
ドルトバが手を広げ、いつものように豪快な笑みを浮かべると、
「失敗したからなんだ。怖くて将軍やめたくなったのか?そりゃ笑えねえぜ。子供じゃねえんだから。」
「…。」
「…失敗はするものだ。何遍も繰り返すものだ。誰が悪い訳じゃなくて、世の中的にそうなんだよ。でもな、お前は信頼されている。何遍も失敗しても、それでもお前を信じている奴がいる。軍部の奴らだって、ヒムラ様だって。もちろん俺だってな。」
「…。」
「お前は、すごい奴だよ。」
ドルトバが、一つ一つ、アカマルに教え込むように言葉を放つ。
その言葉の全てが、アカマルに衝撃を与えた。
———だって俺は、何かに頼ってばっかりだ。
———だって俺は、失敗ばかりしている。
その言葉をひっくり返し、新たしく塗装する。
そんなことはまやかしだと、ドルトバはそう言う。
アカマルがそれを聞いて絞り出した言葉は、またネガティブなものだった。
「俺はいろんなことに頼って、いろんなことをうやむやにしてきて、それでもどうして皆が信じてきてくれるのかわからない。」
皆がアカマルを慕ってくれたのはわかった。
でもどうして?
ドルトバに答えを求めるように、すがるように見て、
「知らねえよ。」
「…!!」
あっさりとその期待は両断される。
「知らねえよ。それはお前が皆に聞くなりして、答えを出していくもんじゃないのか?俺に答えを求めようだなんて、甘すぎるんだよ。」
だが、と前置きして、ドルトバは馬からおり、アカマルに手を差し伸べると、
「周りに頼って、色々と頑張って失敗して、それでこそ将軍て奴なんじゃないか?だって将軍は、皆を使って戦争に勝ったりする役職だぜ。つまり周りに頼りまくりって訳だ。そんな役職に、お前以外の適任はいるか?」
「…!!」
アカマルは、弾かれたように前を向く。
「…頼って、いいのか?」
「ああ、そのために俺たちがいるんじゃねえかよ。」
ドルトバはそう言って、胸に手を当てる。
何だかその背中がとてつもなく頼もしく思えてきたのだった。
歩兵隊も、騎馬隊も、「白竜の剣」の皆にも頼っていいんだ。
そして、自分の都合のためだけに手に入れた「扇動の加護」。
これも、俺の力なんだ。
持てる手段は全てを尽くす。
改めて考えると笑ってしまう。
何だ、ヒムラにいつも言われていることじゃないか。
何に悩んでたのだろうとアカマルはドルトバの手をとり立ち上がる。
その様子をみて、ドルトバは満足げに一つ頷くと、気づいたように、
「…っとそういえば一応俺はお前の部下なんだっけか。」
「そうなのか?初耳だな。」
「まあアットホームな職場っつうこった。」
そう言って二人は笑い合う。
ドルトバはそこで跪くと、
「アカマル様。御命令を。」
「フッ、ああ!」
アカマルは一歩踏み出したのだった。
「聞こえるか。クロノオ兵諸君!」
乱戦の最中、一人の声が聞こえる。
それは兵たちにとって、最も慣れ親しんだ声だった。
徴兵されてからの一ヶ月、兵たちは皆アカマルの指揮下で動いていた。
兵からすれば、アカマルは最も親しい上司の一人だった。
完璧で何でもできそうに見えて、意外と抜けているところのある人間味のある上司だった。
先ほどまで茫然自失としていたアカマルに、兵たちが不安がるのも無理はないだろう。
もしや、負けを悟ってしまったのだろうか。
だが、ファントム兵の猛攻をやめるわけにもいかず、何とか耐え凌いできた。
だが、そこで先程の声が聞こえた。
明らかに、先程までの覇気のない声とは違う。
そして、何者かに心が操られているかのような不思議な浮遊感もなかった。
ただ、アカマルの言葉だけで、兵たちに語っている。
「俺はもう大丈夫だ!心配をかけてすまないと言いたいところだが、生憎今はその場合ではない。俺がお前たちにする命令はただ一つ!」
そこで言葉を切ると、アカマルは赤い目を輝かせ、
「全力を出せ!!!この戦、我らが荒らしてやれ!!」」
「「「おおおおーーーーーー!!!!」」」
戦場にこだまする大歓声。
全てを兵が前を向きそして、
反撃が始まる。
「どうすうるペレさん?」
「何がだいグルーム。」
グラム砦の最上階。
石を敷き詰められてできた威厳ある部屋で、壁は全て取り払われている。
そのかわり何十本もの柱が取り付けられており、それによって屋根を支えている。
そんなだだっ広い部屋の中心の玉座に一人の青年が、その脇には一人の長身の青年がいた。
「相手の士気が高まったみたいだあよ。あの様子じゃあ、クロノオを殲滅できそうになあいし、あの傭兵団もアホほおど強おいよ。ファントムの精鋭軍がやあられたらすぐにこちらが負けそうだあよ。」
「そうか。」
その絶望的な状況を聞いてもペレストレインは落ち着いている。
なぜなら、戦場の局面を一瞬で変えられるコマが、すぐ脇にあるからだ。
「…僕が行くうのかあい?」
「そうだね。そろそろ頃合いだ。グルーム、戦場へ向かえ。傭兵団にはバレないように、クロノオの雑魚を蹴散らせ。」
ペレストレインは、ここで破格の切り札を切り…
「…それを阻止するのが、私の役目です。」
「…!」
「何者だ!?」
今まで気配すらしなかった方向に、一人の少女が突然現れる。
突然のことにペレストレインは声がでず、グルームがペレストレインを庇うようにして立つ。
そして、少女はその言葉に目を怒りに染めると、
「何者?よくも忘れることができたものですね。私の母の分の苦しみを味わって死んでください。」
少女は懐から凶悪な短剣を二本取り出すと、
「クロノオ軍部『隠密』担当。レイです。この名前だけ覚えて散ってください。」