二章 第六十話 対ファントム1
初めはファントム戦からです。
———ファントム戦が始まった。
いつから戦争が始まったと定義するのかは議論の余地があるが、クロノオ側の人間がファントム側の人間と武力衝突した。
場所はファントム領の砦、ファントム側ではグラム砦と呼ばれる砦より南の山道だ。
夜、ファントム兵はそこで野営をしていたのだが、突然奇襲の知らせが駆け巡った。
何者かがファントム軍に攻撃を仕掛けてきたのだ。
だが、ファントム軍のトップであるペレストレインはこの状況に微笑みを隠せない。
彼が想定していた通りに事態は進んだ。
そしてそのために周到な対策を練ったのだ。
まず、ファントム軍の一部を八つに分ける。
そして、ファントム軍が野営をしている周りで八つの隊も隠密行動をとりながら野営をする。
そしてファントム軍が奇襲された場合は、八つの部隊が即座に囲むように円を作り、奇襲してきた部隊を囲む。
そしてそのあとは逃げられなくなったクロノオ兵に対してペレストレインが情報を引き出しながら拷問にかけるという寸法だ。
そして、その通りにペレストレインはことを進めた。
奇襲の知らせが来た時点で周りの隊に火で合図をし、周りを囲わせた。
あまりにもあっさり罠に引っかかったようで、ペレストレインは微笑みを隠せない。
普通であるならばこの方法は完璧に思える。
ただし、相手はあのロイレイなのであった。
「なんなんだこの少女達は!?」
「おい、そっちに行ったぞ!」
「いや、お前の後ろにい、グハッ!」
パタパタと倒れていくファントム兵。
自分が殺されたと認識する暇もなく、そして痛みすらも感じさせずに殺されていった。
少しでも考える余裕のあるものは悟った。
奇襲されたのだと。
奇襲が起こったらまずペレストレインに報告をしなければならない。
だがこの場から逃げようとした兵はすぐさま殺された。
ファントム兵の心を恐怖が支配する。
腕の立つものも立たないものも等しく死が与えられた。
その騒ぎを聞きつけた兵達がなんとかペレストレインに報告をして、ペレストレインが現場に向かったのは奇襲開始からかなり時間が経った頃だ。
もうすでに周りの八つの隊には信号を送り、周りを囲わせている。
奇襲を仕掛けた兵達が捕まるのは時間の問題だと、ペレストレインは込み上がる笑いを堪えきれない。
ペレストレインは奇襲が起きたという現場に駆けつける。
状況は悲惨だった。
一見無傷に見えるファントム兵達が倒れている。
だがよく見ると頭と胴体がほとんど繋がっていない。
明らかに殺されていた。
さらに悪い事に、奇襲を仕掛けてきたもの達がどこにも見当たらないのだ。
実際はロイとレイは影に隠れていて、次の狙いを定めていたのだが、そんなことはペレストレインの知るところではない。
「奇襲を仕掛けてきた愚か者よ。周りは全て俺たちの兵が囲っている。そうそうに降伏し、姿をみせな。悪いようにはしない。」
実際はさんざん弄ぶ予定なのだが、あえてそのことを隠して話を進めるペレストレイン。
相手は一向に姿を見せない。
だが、それでもいいのだ。
もうすでに相手は追い詰めた。
だが、ペレストレインの視界が不意に歪み始めると、立ち上がれないほどの酔いが襲ってくる。
三半規管をかき乱され、地面を消されたような浮遊感と不快感が同時にペレストレインを襲い、膝をついてえずきだす。
レイは影の中から様子を伺っていた。
すると、不意に憎たらしい声が聞こえてくる。
張り裂けそうなほどの怒りを覚える声だ。
「焦ってはダメよ。今回は奇襲が目的。相手に顔が割れるわけにはいかないわ。」
レイの顔色が悪くなっているのを見たロイが、こちらを諫める。
「…わかりました。申し訳ありません姉様。」
「…。だけど、顔が割れないように少しだけならいいわよ。」
「…!本当ですか!?」
「ただし、レイの加護を使って必ず顔を見られないようにしなさい。」
「はい!」
レイは頷くと、ペレストレインに対して『朧空間の加護』を発動させる。
するとすぐさまペレストレインは酔いだし、まともにたってもいられなくなる。
その軟弱さにため息をつくと、レイはすぐに影から飛び出した。
そしてペレストレインに向けて計十本のナイフを投げつけた。
全て今日のために丁寧に研いできたナイフである。
一本でも当たれば致命傷となるナイフがペレストレインに向かう。
速度はあまり速くないが、酔い潰れているペレストレインが避けられるはずがない。
だが、
「ペレストレイン様!」
一人のファントム兵がナイフからペレストレインを守るように立ち塞がると、そのままその兵の体にナイフが突き刺さる。
そしてその兵はすぐに倒れ出す。
残りの九本のナイフも同じだった。
全てファントム兵に庇われ、ペレストレインは傷ひとつ負っていない。
そしてかばったペレストレイン兵は全て腹を抉られ、まもなく死んでいく。
一瞬思考が停止した。
ここまで主君のために尽くせるものなのか、それもただの一般兵が。
レイは目の前の状況を理解できずにいると、影からロイが出てくる。
「レイ。ここまでよ。これ以上はペレストレインに顔を見られる。」
「…わかりました。」
「グルームなんていう厄介な奴もきそうだし、一旦退却するわよ。」
「…っぐっおのれ卑怯者めっ…うっぷっ!」
えづきながら恨み節を言うペレストレインを置き去りにして、ロイレイは即座にこの場から離脱する。
そして、本来逃げられないはずの包囲からあっさりと逃げ出されたと知ったペレストレインの怒りの暴走を止めることができるものはおらず、そのまま場は混乱。
ファントムのグラム砦到着が二日ほど遅れる事になったのだ。
アカマル達一行はファントム領の盆地に到着した。
見ると、どうやらファントム兵達はもう到着していて、砦の防衛体制を整えているようだ。
だが、予想より遥かに防衛体制が整っていない。
相手も着いたばかりなのだろうかと思案するアカマルの横に、ロイレイが現れる。
「二人ともご苦労。」
「足止めはしておきました。」
「ほら、到着がかなり遅れたようだわ。感謝なさい。」
「へいへい。」
ロイが傲慢なのはいつものことなので、アカマルは軽くそれをいなす。
ヒムラに対しては敬意以上のものを感じることすらあるのに、なぜ自分に対しては尊大な態度なのだろうかと、首を傾げるアカマル。
まあそんなことを気にしていてもしかたがないと、アカマルは前を向く。
ファントム軍はいま様々な荷物を砦に運んでいるようだ。
そのすきに攻めることもできそうではあるが、その間にクロノオ側の守りが薄くなるので、そこをファントムに攻撃しかえされたらたまったものではない。
故にクロノオも自陣にテントをはり、泊まり込みで戦争ができるように準備していた。
そして、ファントムの伏兵が潜んでいないかを暇そうなクロノオ兵たちで見張らせる。
お互い今は攻撃しないと、暗黙の雰囲気が流れていた。
だが、それもいつかは終わる。
レイとロイが罠について調べてくれたおかげで、こちらが砦に攻め入る準備はできた。
そしてファントム兵は砦に篭る様子はなく、全員が外に出てこちらを迎え撃とうとしていた。
砦に篭られていないのならば結構、とアカマルはニヤリと笑う。
「どう致しますか、アカマル様。」
「クラリスさ…クラリス。まずはファントム兵を砦から引き剥がす。そして十分に引き剥がしが済んだら騎馬隊を先頭として中央突破を狙っていく予定だ。「はく…傭兵団は歩兵隊について動き、強者が割り込んでくるようだったらそいつらを受け持つように。」
「承知。」
クラリスに対してうまく尊大な態度を崩さないよう、アカマルは命令を下す。
さて、準備は整った。
クロノオ徴兵、クロノオ騎馬隊、そして「白竜の剣」、合わせて1万千。
ファントム兵は2万余り。
「行けーーーー!!!!」
戦争が始まる。