二章 第五十八話 小国ルーンとの協定
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。ヒムラ殿。」
「いえいえ、丁寧なお出迎えありがとうございます。」
古めかしい教会のような内装に、質素な作りの建物。
それでも床にホコリ一つ落ちていないことが、その建物がとても大切に扱われているということを物語っている。
———俺は今、ルーンという小国の城にお邪魔していた。
俺の横にはユソリナと護衛役のレイがいる。
そして影ではロイが潜んでいるはずだ。
アカマルたち部隊長組は兵に関しての最終調整を行なっている。
メカルは俺たちが残してきてしまった仕事を片付けてもらっている。
メカルには悪いと思うが、この城に赴き、会談を行うことはファントム・エレメント戦において最も重要な意味を持つ。
この小国ルーンにはそれほどの利用価値があるのだ。
城の二階の応接間。
ルーンの城はどちらかと言えば小さく、今にも崩れそうである。
その中でもまだマシな方の部屋を応接間にしているらしい。
「では、早速会談と行きましょうか。」
「ええ。」
俺の目の前に座る男がルーンの王、フェロー・アザマムである。
王とは思えないほどの貧相な服を着ている。
やはり財政状況が苦しいのだろう。
王までも貧しい生活を送らなければならないというのはかなりまずい気がする。
だが、フェローの瞳はまだ爛々と輝いていた。
自分の国を大きくしていこうという野望をずっと持っているようだ。
俺はこのフェローなる人物を好ましく思っていた。
民のためにと考えているというのが様々なところから感じ取れる。
問題は貧困への対応があまりうまくいっていないところだが、それを俺たちが手助けしてあげるというのが今回の会談の内容だ。
ルーンの貧困からの脱却の手助けをする代わりに、俺たちはある要求をルーンに突き付けたい。
それは…。
「今回赴いたのは、ルーンとクロノオの不可侵協定を結ぶためだ。」
「不可侵協定ですか…。」
俺の提案に、唸るフェロー。
そう、今回ルーンと会談した目的は、ルーンがクロノオと戦火を交えないようにすること
つまり、ファントム・エレメント戦への介入を阻止するためである。
ルーンは小国だが、ファントム・エレメントの対応で手がいっぱいの状態で軍隊を派遣されたら、さすがに対処できる自信がない。
三国同時に相手をするのはいくらなんでも無理だからだ。
よって今のうちに条約を交わし、俺たちの邪魔をするのを阻止しようという魂胆だ。
そしてそのかわり俺たちが少しでもルーンの経済状況を良くするために協力する。
今のルーンの貧乏さからすると、食いついてきそうな話なのだが…。
「我が国の経済状況を手助け…。具体的にどのように手助けをするつもりですか?」
「そうだな…。俺たちと貿易するだけでもいい。実際にクロノオから買った品物を他国に売るだけでも利益はでる。」
「ふむ。では、我々ルーンはあなた方に一切協力できないですな。」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
俺が説得しようとすると、フェローがいきなりこちらを拒否し始めたのだ。
「…え?協力できないって…。」
「当然のことでしょう?クロノオ軍師ともあろうお方が、まだまだですな。」
そんな感じで小さく笑うフェロー。
…なんでいきなり態度が変わったのか、全くわからない。
教えてください、ユソリナさん!
俺がすがるような目でユソリナを見ると、彼女は一つため息をつき、
「ここからは私ユソリナが、話を引き継がせていただきます。」
「ええ、わかりました。」
ユソリナが話し合いを引き継ぐことになった。
実はこのルーンとの会談だが、俺が交渉したいとユソリナに頼んだのだ。
普段は会談などはユソリナが行うべき仕事なのだが、俺自身の成長のために、わざわざ譲ってもらった。
少しは相手の裏をかいたりとかできるかなと思ったが、全くそんなことはなく、あえなく選手交代である。
「では、先ほどこちらの条件を受け入れられないとのお話でしたが、理由をお聞きしても…。」
「ハハハ、簡単な話ですよ。このファントム・エレメント戦、十中八九ファントム・エレメント側が勝ちましょう。」
「なっ!」
「当然でしょう?確かに軍師ヒムラ殿のシネマ戦での活躍はお聞きいたしましたが、さすがにファントムやエレメントに勝てるはずがないでしょう。」
…まあ確かに、他国にはそう思われてもしょうがない。
実際国力はファントムにもエレメントにも及ばず、二国同時相手をできるはずがない。
「すぐになくなるであろう条約を結んで、クロノオの資産をあの二国に奪われるよりも、ルーンも参戦して横取りをする方が遥かに利益が大きい。そうは思いませんかね?」
「…それは、宣戦布告と捉えてよろしいのですか?」
「いえいえ、ユソリナ殿。クロノオが勝てれば良いのですよ。あの強大な二国に勝てるという証拠を出してほしい。」
ユソリナが威圧するも、それを軽々といなされる。
このフェロー、かなりの交渉上手だ。
ユソリナも苦虫を噛み潰したような顔をしているし。
証拠、ね。
さすがにヨルデモンド参戦とかまでは言えないな。
となると、こちらの兵力を打ち明けるしかない。
俺はフェローに向き直ると、
「うちの軍隊は、D、Cレベルほどの歩兵隊二千人と、Cレベルほどの騎馬隊五百人。エレメントに対抗できるほどの魔法使い千人。そして徴兵された兵が1万名ほど。全ての兵士が綿密な連携をとることができます。」
「ほう。」
俺があっさりと戦力を公開すると、フェローは目を細める。
想定以上に戦力が多かったようだ。
フェローはしばらく悩むそぶりを見せてから、
「それであの二国に勝てるのですかな?」
「ええ。」
フェローの言葉に頷く。
ここでうまく説得できれば、クロノオが危機に陥る可能性はグンと減る。
やがて、フェローは顔を上げると、
「…わかりました。あなた方の兵力は想像以上だ。あなたたちにかけてみます。」
「…!いいのですか?」
「ええ、ただし、」
そこで一旦言葉を切ると、フェローはこちらを茶色の瞳で見つめて、
「必ず勝ってください。」
「はい!」
交渉成立である。
条約の内容は、
「クロノオ・ルーン協定
・クロノオ、ルーンは今後一切互いに戦火を交えないことを誓う
・クロノオとルーンの間で貿易を開始する
・万が一クロノオがファントム・エレメントに負けた場合、クロノオがルーンに金貨1万枚を支払う
」
である。
正直ルーン優位の条約だとは思うが、まあ今のところはこれで良い。
俺の読み通りならば…。
「ロイ。」
「ハッ」
「お前に密命を与える。」
俺はロイにある命令をする。
まあ、一応保険である。
これが作動しなければ良いのだが…。
俺たちがクロノオに戻った頃には、すでにクロノオの兵たちは出発の準備を終えていた。
徴兵された兵、志願兵、そして、
「助太刀に来ました。ヨルデモンド聖騎士団「白竜の剣」団長、クラリス・レートクリスです。」
「クラリスさん。助太刀感謝する。」
三百名の「白竜の剣」を連れて、団長のクラリスが俺に挨拶をしてきた。
ちなみにいつも装備している純白の鎧ではなく、赤茶色のローブを皆かぶっていた。
「白竜の剣」だとばれないようにだろう。
この三百名がきてくれたのは実に頼もしい。
俺は一段高いところに立つと、
「諸君!今日までの厳しい訓練を乗り越えたことは誇るべきことだ!その努力を糧とし、宣戦布告を仕掛けてきたファントムとエレメントに目に物を見せてやろうではないか!」
「「「おおおおーーーー!!!」」」
皆が雄叫びをあげる。
皆この日のために訓練を重ねてきたのだ。
そしてその鍛え上げた力をぶつける時がきたのだ。
俺はそんな兵たちに向かって微笑むと、
「では出陣だ!!!」
「「「うおおおーーー!!!」」」
戦争が始まろうとしていた。
クロノオの南東に位置するファントム。
そしてその西に位置するエレメント。
そして『神速の軍師』ヒムラのいるクロノオ。
今日、この三国の戦争の火蓋が切って落とされたのだった。