二章 第五十二話 テルル対ヒムラ2
俺の真上に巨大な魔法陣が現れた。
半径1メートルほどのその魔法陣は、緑色をしている。
魔法陣の模様とその色から読み取り、即座に使われる魔法を判断する。
「「暴風雨地帯か!」
これまたよく使われる魔法だが、侮ってはいけないのだ。
テルルほどの魔法使いともなると、魔法の威力も格段に上がる。
「暴風雨地帯」なんかは一度捕らえられると巻き上げられて身動きができなくなるほどだ。
それはまずい。
しかし、俺が動くよりも早くテルルは魔法を完成させて、
「暴風雨地帯!!」
嵐が魔法陣から現れた。
魔法陣の淵の辺りから突風が現れ、俺を取り囲むように吹き荒れる。
その嵐は厚みを増して、闘技場の床を抉り取ると、その床の瓦礫が巻き上がった。
塵と雨と瓦礫によって視界が悪くなる。
俺も「砂塵耐性」をつけておいたおかげか、目は開けることができるのだが、視界は悪い。
そして、暴風の向こうにテルルが光り輝く六つの魔法陣を生成していたのが見えた。
「…あれは!?」
かつてザガルが俺に向かって放った天使系魔法だ。
あの六つの魔法陣は太陽の光を利用しているので、室内である闘技場では威力は下がるだろう。
だがそれでも直撃すれば危険だ。
最悪俺が重傷を負うかもしれない。
それはなんとしても避けたい。
テルルが全力を出せば治すことは可能だろう。
だが、この戦いで疲れているテルルにそんな体力は残っているのだろうか。
まさか治すことを考えていないんじゃないか!?
…いや、確かテルルは「この戦いに全力を出す」と言ったんだ。
俺を治すことなんて考える余裕もないほどに全力なのだろう。
金色の魔法陣が光に包まれて一層輝きを増す。
それに呼応するようにテルルの顔に必死さが色濃く滲み出る。
そして、
「光粒子砲!!」
テルルが魔法の名を叫んだ瞬間、テルルの鼻から血が吹き出ていた。
それがお前の全力だというのなら、
俺の負けだ。
大量の閃光が俺を飲み込み、
「『神速の加護』!!!」
この試合の禁じ手を使いながら、俺は懐から刀を取り出す。
その刀は日本刀のように反り返っていて、刀身が黒く変色している。
普通の刀では、魔法のエネルギーを切ることはできない。
だが、
「「次元一閃」!!!」
俺の刀に魔力が溢れ出す。
その禍々しい漆黒のオーラは神速で動いた刀の軌道の上に具現化し、そしてそれが前進していった。
あふれんばかりの光はそれを包み込むが、やがで黒き力の奔流に巻きつき飲み込まれ、次々と姿を消していく。
暴風雨もすべてその漆黒のオーラに巻き取られ、
そして、
そして…。
周りを見渡すと皆不安げな顔だった。
どうやら俺が攻撃を受けて死んでしまったと勘違いしていたらしい。
だが、俺が未だ無傷で立っているのを見て、歓声が上がる。
皆は俺の勝ちだと思ったらしい。
だが、それは誤解だ。
俺は禁じ手と言われていた『神速の加護』を使ったのだから。
死を避けるために使ったとはいえ、違反は違反だ。
未だ膝をついて立ち上がれないテルルを見て、ふと俺は気づく。
テルルに向かって、
「お前、俺が『神速の加護』を使うって知ってたんじゃないか?」
「え、っとそれは…。」
俺の指摘にテルルがビクッと肩を震わせ、頬をかきながら硬直する。
「俺に『神速の加護』を使わせることでルール違反で負けさせたかったんじゃないのか?」
「ううっ…だってそれじゃなきゃ勝てなかったもん!」
駄々をこねようとするテルルだが、
「はぁ。俺がもし加護を使わなかったらどうする気だったんだよ。」
「…えっと、寸止めできるかな、と。思いまして、…はい。」
不安げにキョロキョロしながら呟くが、もし俺が本当に加護を使わなかったらやばかったんじゃないか?
明らかにあの光は打ちどころが悪かったら俺は死んでいた。
ルールを利用するっていうのは作戦としては素晴らしい気もするけどね…。
「…まあお前の勝ちでいいよ。」
「本当!?やっt…。」
「ただ、後で少し話があるから、この大会が終わったら俺の部屋に来なさい。」
「ええっ!!」
こいつは少しSEKKYOUしないといけないな。
そして、俺たちがヘルナにことの次第を説明し、
「では、今回の勝負はヒムラ様がやむを得ず禁じ手とされていた加護を使ってしまったため、勝者はテルル様となりました!!!!」
テルルの進出が決まったのだ。
「っていうか、私はあんたが加護を使って「暴風雨地帯」を抜け出すのかなって思ったんだけど。剣で切るってどういうわけ!?魔法は普通、剣とかじゃ切れないはずよ。」
「ああ、あれね。」
テルルの不満げな言葉に俺は思い出したように頷く。
確かにまだ皆には紹介していなかったか。
実はあの刀、いわゆる魔剣というやつなのだ。
「魔剣?」
「ああ、剣に元々魔法陣を埋め込んで、馴染ませることによってできる剣。魔力を身に纏って攻撃ができるし、ある程度魔法陣をいじったら属性も変更できる。」
つまりはアカマルの使っている炎を帯びた剣と大体一緒だ。
だが、魔剣の方は剣が勝手に魔力を放出してくれるので、体に負担はかからない。
そして魔力は魔法に対抗することができる。
「さっきの俺の一撃は魔力を剣に纏わせた上で、素早く刀を振ることによって魔力を放出する技だよ。」
イメージはザガルが使っていた「斬・空刃喝采」だ。
あれは見えない空気の刃を前方に放出する技で、それが今回は漆黒の魔力に変わったわけだ。
だが、本当の恐怖は魔法を切り裂くところではない。
「俺が神速で刀を振るい、魔力という膨大なエネルギーを放出することで、少しの間、時空の歪みを生じさせることができる。」
つまりは、極小版のブラックホールのようなものを放つことができるわけだ。
テルルの「光粒子砲」が魔力に巻き込まれるように飲み込まれて行ったのはそれが原因だ。
つまりはこの技に対抗するには、さらに膨大なエネルギーで時空を反対にねじ曲げるか、避けるしかないのだ。
基本的になんでも当たれば切り裂いてしまう。
これほど凶悪な技はそうそうないだろう。
短所は射程が短いことだけどね。
軍をまとめて蹴散らすことはできないかも。
俺の説明を聞いているうちに、テルルが疑問に思ったのか、
「…その魔剣なんてもの、私知らないんだけどさ。クロノオの最新技術みたいなので作ったわけじゃないわよね。」
「ああ、そうだよ。」
テルルは魔法学校を自身の采配下においている。
そしてクロノオでの魔法の研究は大抵この魔法学校で行われる。
つまりその魔法学校のトップたるテルルが知らない魔法技術はクロノオ以上の技術力を持っている国で発見されたものというわけだ。
そのテルルの指摘通り、この刀はクロノオ製ではない。
「…じゃあどこで作ったやつなの?」
「ヨルデモンドだよ。」
クロノオ以上に技術大国でクロノオと貿易や協定を結んでいるところといったらヨルデモンドしかない。
魔剣自体はこの世界では珍しくなく、それなりの戦士であれば一本は所持しているという。
だが、魔剣の作り方自体が国家機密となっていて、その存在自体も簡単に他国には漏れないらしい。
つまり魔剣を開発するならば自国で開発しなければならないというわけだ。
そして、クロノオには「それなりの戦士」がいない上に、技術大国でも魔法大国でもない。
故に今まで開発されてこなかったらしい。
だが、今回様々な技術協力をヨルデモンドとして、それなりに貢献したために、ザガルが特別にヨルデモンド産の最高級の魔剣を進呈してくれた。
「ヒムラ並みの戦士だったら持っていても問題なかろう」というハンデルのお墨付きもいただき、こうして俺の愛用の剣となったわけだ。
「…その魔剣を調べていい?」
テルルが好奇心に満ちた目をキラキラさせながら俺に尋ねてくる。
おそらく魔剣の仕組みを解剖して作り方を知りたいのだろう。
実際俺は魔剣をもらったが、魔剣の作り方までは教えてもらってない。
魔剣の中にある魔法陣に何重にもごまかす用の魔法陣が張り巡らされていて、簡単には解析できないようになっている。
なのでクロノオの技術では魔剣を解析することなど不可能だろう。
「…できないだろ。」
「いやできるよ!」
「どうやってやんの?」
一応テルルに聞いてみる。
もしかしたら驚くような案が出てくるかも…
「まず剣を粉々に壊して、中の魔法陣を…。」
「ちょっと待ったあ!!剣を壊すの!?ダメだよ!?」
「でも新しいのが作れたら問題ないじゃん?」
「作れなかったらどうするんだよ…。」
あまりにも無謀な案に思わず突っ込む。
「むーケチ!」と頬を膨らませてジト目で俺を見てくるテルル。
だがこの大切な刀を壊されるわけにはいかないのだよ。
「さて、次の試合は…。」
第一試合の勝者と第二試合の勝者で戦うのか、
となると、
「ユーバとレイちゃんね、」
横からテルルが言う通りだ。
これも面白い試合になりそうだ。
本当はヒムラを勝たせる予定だったのですが、それではつまらないと思い直しテルルを勝たせました。
実際加護を使用して戦ったらヒムラの圧勝です。