二章 第五十一話 テルル対ヒムラ1
「さてさてさて、次の試合はテルル様対ヒムラ様です!!圧倒的美貌と圧倒的知力を兼ね備えた才色兼備の女!ヒムラ様は打ち勝つことができるのでしょうか!!」
ヘルナの実況に、疑問を抱かずにはいられない。
確かにテルルは美形だし魔法も使えるから頭も良いんだろうけど、なんか誇大広告しすぎじゃあるまいか?
しかも俺が格下で格上のテルルに挑むみたいな構図になっているのだが。
チラッとテルルをみると、慌てたように目を逸らす。
これはテルルがヘルナに賄賂を送った証拠だろう。
誇大広告したなんの意味があるのかわからないが、どうでも良いことが理由なのは確かだ。
テルルがふと俺に向き直り、
「ようやくどちらが軍部最強かを決めることができそうね。」
「ようやくって、別に争ってないだろ。」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
俺の指摘になぜか逆ギレするテルル。
そして、どうにも締まらない会話の後に、
「では、始め!!」
決戦が始まる。
この決戦には土俵が存在する。
つまりは、ある一定の範囲を出てしまったらそれで場外負けとなる。
そして、その土俵が半径10メートルの円である。
そして、テルルが本気で魔法を使うとなれば、半径10メートルほどの範囲を一斉攻撃することができる。
そうなってしまえば回避のしようがなくなり俺は負けるだろう。
つまりテルルが一斉攻撃の魔法を準備するまでに勝負を決めなければ必然的に俺の負けになるわけだ。
それはなんとしても避けたい。
開始と同時にテルルは大きな魔法陣を描き出した。
輝く魔法陣、天使系魔法だ。
だが、使用魔力が膨大なのか、やはりテルルはすぐに魔法陣を起動させない。
この間がチャンスだ。
よって、短期決戦を狙う!
俺はすぐにテルルに飛び込んでいく。
『神速の加護』を使っている時よりかは何十倍も遅い。
だが、ほどなくテルルに近づき、
「うりゃ!」
本気でテルルを蹴り飛ばす。
身体能力が上がっているのに加え、俺はこの三ヶ月間マーチのもとで格闘術を習わせてもらった。
以前のザガル戦でよくわかったのが、俺は痛みに対する耐性、詰まるところ根性が圧倒的に足りないのがわかった。
痛みを感じるとすぐに戦闘不能になってしまう。
それではダメなのだ。
痛みに耐えて勝つために死力を振り絞ることができなければ格上に勝つことはできない。
その痛みに対する耐性を身につけるために、マーチとずっと肉弾戦をしたのだ。
何度マーチに蹴り飛ばされ、何度マーチに投げ飛ばされたのかももう定かではない。
そして、その度に感じる痛みに全て耐え抜くというのが訓練内容だった。
三ヶ月前の俺よりかは成長した気がするけど、実感はない。
だが、「痛覚軽減」というスキルはは手に入れた。
どうやら痛みを感じにくくするスキルなようだが、まだ使い込んでいないのでほとんど効果はない。
それよりも役に立ったのが格闘術の一環で蹴り方や殴り方も教わったことだ。
効率的にエネルギーを足に集中させて、遠心力と踏み込みで威力を増強させる。
その方法を教わった今の俺ならば、蹴りの威力は数段跳ね上がっている。
故に、その蹴りをテルルが真正面から受けて耐えられるはずがない。
注意しなければいけないのはもっと別のこと。
そう、テルルには魔法がある。
「障壁!」
テルルがそう叫んだ瞬間、目の前に緑色の半透明の壁が出来上がった。
それは俺とテルルの間を仕切るように生まれ、俺の蹴りを止めようと立ち塞がる。
普通の攻撃であればこれで自分の身を守れただろう。
だが、こんなものでは俺の蹴りは止められないだろう。
「…はあ!」
「うっそ、!」
一瞬で砕く。
これで攻撃がとお…。
「障壁、障壁、障壁ぁぁああ!!!!!」
だが、テルルは魔法を連続使用してきたのだ。
数枚の半透明の壁が立ち塞がる。
それを全て砕くのはかなり至難の技だろう。
一歩下がって俺はテルルを見据える。
テルルの方も疲労は少なくないはずだ。
緑魔法の連続使用に大魔法の準備。
それを同時並行でやってのけるのだから、疲れて当然だ。
だが、俺の攻撃もほとんどが「障壁」の前に弾かれてしまう。
『神速の加護』を使えない以上、素早く回り込んで攻撃することはできない。
かといって真正面から戦っても攻撃は通らない。
ならば、こちらも魔法を使って応戦しよう。
使う魔法の魔法陣を頭の中にイメージし、それをテルルの真下に生成する。
そしてそこに魔力を送り込み、
「大地炸裂!!」
俺がそう叫ぶと、テルルの真下の魔法陣が即座に消える。
そして、テルルの真下の地面が崩れ出した。
戦争でもお馴染みの「大地炸裂」は個人の戦闘の際にも有効だ。
相手を行動不能にすることができるからだ。
実際テルルは腰あたりまで土が盛り上がってきて、抜け出せないでいた。
後はテルルに一発入れるだけだ。
「火力弾」をテルルに向けて多方面から打ちまくるのだ。
アカマルも使っていた戦法だが、「火力弾」は連続使用してもあまり体の負担にもならない。
威力は弱いが、当たれば良しのこの試合では有効だ。
テルルは大量の「火力弾」の一つ一つ全てに「障壁」で対処するが、さすがに疲れてきたのか当たりそうになることもあった。
狙い通りの結果だ。
テルルが大魔法を使用するには大量の魔力が必要となる。
つまり、テルルが万全の状態でないと使えないのだ。
疲労が見えてきたテルルにしばらくは大魔法は使えないだろう。
それもテルルを理解したのだろう。
そうそうに大きな魔法陣を消去し、
「大地変形」
魔法によって地面を変形させて、崩れた足場から逃れる。
そして、俺の前に立つ。
ほぼ始めの状態に戻ったわけだ。
だが、テルルはかなり疲労しているが、俺にはまだまだ余裕があった。
「障壁」の消費魔力は「火力弾」の消費魔力よりも数倍多い。
それに「障壁」は一発攻撃が当たったら消えてなくなってしまうのだ。
つまり俺の「火力弾」をすべて防ぎ切るのであれば同じ数の「障壁」をテルルは用意しなければならず、必然的に俺より疲れてくる。
これを繰り返していけばいずれ俺が勝つだろう。
名付けて、「相手を疲れさせることで相手の戦意を削ぐ」戦法だ。
ルールのいやらしいところをつく性格の悪い戦法だが、生憎勝つための手段は選ばない主義なのだ。
「…本当にやりづらいわ。」
「すまないな。だが勝たせてもらう。」
「…なら私は、本気で行くわよ!」
「望むところだ!」
テルルが俺の言葉を聞き何やら覚悟が決まったようだ。
顔が一気に真剣になり、目を閉じて集中する。
俺はここぞとばかりに「火力弾」を打とうとしたが、一足遅かった。
テルルが目を開くと、テルルの周りに無数の小さな魔法陣が展開される。
その魔法陣はすべてテルルに向けられていて、黄金の輝きを放っていた。
「光鋼鎧」
テルルの言葉と同時にその魔法陣から暖かな光が発射され、それがテルルを抱きしめるように包み込む。
あまりの輝きに、志願兵たちやヘルナ、俺までも目を瞑ってしまいそうだった。
ふと輝きが一瞬で喪失する。
光り輝いていた闘技場が元の明るさに戻る。
そして、失われた光の先には、
全身鎧を身につけたテルルがいた。
鎧は基本的に銀色で、袖や首元の辺りだけ金色が差し込まれている。
明らかに頑丈そうなその鎧は、それでもどことなくボヤけた印象を持たせる。
それが、この鎧が魔力で形取られていることの証拠だ。
俺はこの魔法を一度目にしたことがある。
そう、確か初めてこの軍部のメンバーとあったときに、テルルが見せてくれた魔法だ。
そしてそれを実践で使われて初めて、その厄介さがわかった。
テルルの強度が明らかに増したのがわかるし、それでいてテルルは重さを感じないので今まで通りのスピードを出せる。
「火力弾」を連射する作戦はあの鎧の前では意味がないだろう。
他に何か打てるてはあるだろうか。
俺がそう悩んでいる間にもテルルは動き出す。
「これで決めるわ!!」
俺の真上に巨大な魔法陣が現れた。