二章 第四十八話 軍部大会(仮)『きっかけ』
始まりはユソリナがお茶会でもしようと持ちかけたことだ。
最近は皆ファントム戦に向けてそれぞれの強化のために日々明け暮れている。
あまり心中穏やかでないのがここ数ヶ月のクロノオ軍部だった。
だからユソリナの提案に俺は安堵したのだ。
少しは皆の心の安らぎにもなるかな、と。
それがどうしてこうなったのだろう。
机に残る最後のケーキ。
なぜ数を間違えたのかと料理局に文句を言ってやりたい。
アカマルユーバテルルはもちろん、ロイレイユソリナドルトバまでもケーキを欲しがったのだ。
ちなみに俺とメカルは脇で茶をすすっている。
やはり大人というものは違うな。
身長約130センチメートルの俺にしては非常に違和感のある考えだが、気にしない。
「いや俺のケーキの方が少し小さかったじゃんか!」
「いえ、アカマルさんのケーキは角砂糖が乗せられていたじゃないですか!」
「レイ。少し落ち着きなさい。一旦落ち着いて私にケーキを譲るのよ。」
「さりげなく取らないで!私は初めから狙ってたんだから!」
「僕もだよー。ずっと見つめてたから僕のものだよ!」
「ユーバくんも大人気ないですよ。料理部門に関しては私の領域ですので私のものです。」
「よっしゃみんなの意見はわかったぜ!つまり皆でケーキの香りを楽しんで最後に俺の口に入れればいいんだな!」
なぜこれほどまでに幼児退行したのだろうか。
普段の仕事の息抜きのはずが、なぜか言い争いになってしまった。
そしてこの場を収めるべきユソリナもなぜか参戦してしまっている。
そして頼りのメカルは目を閉じて茶を啜る。
つまりは無関心を装っているわけだ。
面倒ごとに関わりたくないというその姿勢は素晴らしいが、今はそれをする時ではない。
目を開けろ!メカル。
「…ではヒムラ様。私は仕事が残っておりますので。これで。」
目を開けて俺の期待が高まった後にそれをしっかり落としていく。
長く生きていた人というのは面倒ごとからの逃げ方も違うなあ。
…いや、そうではなくて。
「ケーキなんてどうでもいいだろ。皆が争うなら俺が最後の一つを食べて解決ってことにすればいいんじゃね?」
名案を思いつき、皆に提案してみる。
争いを鎮静化させるためにこれ以上素晴らしい案はないと皆も賛成するはず…
「はあ!?馬鹿じゃないのあんた。」
「ヒムラ様が食べるのはケーキに失礼ってもんです!」
「本当はヒムラ様が食べたいだけでしょう?」
テルルとアカマルとユソリナに急に噛み付いてきた。
どうやらお気に召さないらしい。
わがままな奴らだと文句の一つも言ってみたくなるが、そんなことよりもこの争いを収める方が先だ。
うーん。
あ、そうだ!
「皆でトーナメント戦で戦えばいいんだよ。」
そう、ここで前世の知識であるじゃんけんが役に立つ時ではないか!?
皆にルール説明しなければいけないが、そこまで面倒ではない。
そして何より、「あまりもの」の所有権を巡る争いはじゃんけんに限る。
「戦う内容なんだけどな、じゃんけ…」
「それだ!皆で誰が一番強いかを決めあおうじゃないか!」
俺がじゃんけんの説明をしようとすると、アカマルが急に割り込んでくる。
は!?何を言っているのかな?
だが、皆もアカマルの意見に賛成し、
「それ賛成―。僕も前から戦ってみたかったんだよね。」
「いいわよ!魔法の恐ろしさを見せてあげる!」
「私、勝っちゃうけどいいの?」
「レイ。姉を甘くみないことだわ。」
「私も久々に体を動かしてみたくなりました!」
「ようし決まりだぜ!もちろん俺は馬使うから、ちょっと待ってろよ!」
皆が次々に賛成し、なぜか決闘をすることになってしまった。
あれ、おかしいぞ!?
俺は確かじゃんけんの提案をしようとしたはずだ。
だが、なぜか行われるのは決闘。
どういうことだろうか。
…まあ、みんなの顔もやる気に満ちているし、やらせてみるのも面白いだろう。
そして、俺はある一つのことを思いついた。
「よーしじゃあ志願兵の奴らも集めて教育ってことにすれば?」
そう、これは決してケーキをめぐった争いではなく、志願兵たちの教育。
俺たちの戦いを志願兵たちが見学することにより、それを参考にして自身の戦いの際も参考にする。
これほどいい建前もない。
皆もその意見に賛成のようだ。
「いいね!今すぐ集めて今すぐやろうー。」
「では俺は皆を集めてくるから、先に闘技場に行っといてくれ。」
「あ、あんた今日は加護使っちゃだめね。面白くなくなるから。」
テルルが俺にそんな注意をしてくる。
というか、俺もやるの!?
そして、俺を置いてけぼりにして事は進み、「第一回クロノオ軍部大会(仮)」が開催されることとなった。
闘技場には三千人ほどの志願兵が歓声を上げて俺たちをみている。
そう、「第一回クロノオ軍部大会」が開かれたのだ。
もはや、なんのために争っていたのだろうか。
俺は覚えていない。
覚えていないが、戦わなくてはいけないのは確かだ。
もちろんこの大会は軍部だけでやっているごく小規模な物なので、特に厳かな宣言や開会の挨拶はない。
せいぜいユソリナが開始の合図をしただけだ。
ちなみに今回の大会では俺は加護の使用を禁止されている。
曰く、面白くないから。
曰く、絶対に俺が勝ってしまうから。
などとテルルに散々言われ、俺が折れた形だ。
そして、肝心のトーナメント表だが、
ユーバvsアカマル→→
↓
→→
↑ ↓
レイvsユソリナ →→ ↓
ロイvsドルトバ →→ ↑
↓ ↑
→→
↑
ヒムラvsテルル →→
という感じだ。
一回戦はテルルとなる。
正直言って一番怖いのがテルルである。
単純な身体能力や戦闘力なら負けるはずがないが、相手には魔法という切り札がある。
思わぬ方法で負けるかもしれないので、用心しなければ。
他にも面白そうな組み合わせがたくさんある。
ユーバとアカマルの戦いも見応えがありそうだし、ロイとドルトバは正直わからない。
そして残念だが、レイとユソリナは申し訳ないがレイが勝ちそうだ。
というかユソリナは戦えるのか?
実はユソリナには秘められた才能があって…と言った展開に期待したい。
「では、第一回戦の選手を紹介します!」
実況してくれるのは魔導隊に所属する20代の若い女性だった。
彼女は魔法だけでなくいろいろな戦法に精通しているらしいので、実況にぴったりだとテルルが太鼓判を押した人物だ。
名はヘルナ・エマースフォンというらしい。
名前からしてどこかの貴族だろう。
盛り上げてくれることを期待しながら、俺は闘技場のベンチに腰掛ける。
ちなみに志願兵たちは皆二階に上がり、上から応援していた。
「「「おおっーーー!!!」」」
歓声が上がり、登場してきたのはユーバだった。
歩兵隊の皆には慕われているそうだが、一方で畏怖されてもいるらしい。
ユーバは基本的に天真爛漫だが、たまに妙な凄みを見せる時がある。
そして、持っている加護が危険すぎる。
恐れられるのも肯ける。
「歩兵隊長のユーバ様です!彼の生み出す雷鳴は山を切り裂き、岩をも砕くと言われている一撃!どんな戦いを見せてくれるのか楽しみです!」
ヘルナが盛り上げてくれる。
ユーバも自分の紹介にご満悦なようだ。
そしてまたもや歓声が上がり、ユーバの反対側から登場したのはアカマルだ。
皆に手を振りながら、笑顔で入場してくる。
さながらジャ○―ズのようだ。
手を振られて女性は頬を赤くし、しまいにはふらっと倒れてしまう始末。
「おおっと!ここで登場するのは、クロノオ将軍アカマル様です!!炎のような生き様に炎のような戦い方!そして多くの女性を虜にする姿!」
俺はヘルナの言葉にツッコミを入れたくなってしまう。
炎のような生き様ってなんだよ!?
意外と抜けているところのあるあいつのどこをみてそういうコメントが出てくるのだろうか。
「さてさてさて!それでは始めたいと思います!アカマル様対ユーバ様!」
ヘルナの声で、一気に静かになる会場。
ユーバとアカマルはお互いがお互いを見つめあって、頷き合う。
言葉を交わさずとも、この戦いに全力を注ぐ気持ちは一緒なのだろう。
静寂が続き、
「では、始め!!!!!」
ヘルナの合図で、決闘は始まった。