二章 第四十五話 伝えられたのは絶望と未来
「君の部下、レイちゃんの一番欲しがっているものを、今教えてあげるよ。」
「…!」
「…レイ?」
ペレストレインが言葉を発したと同時に、レイの顔が強張る。
その様子をみたペレストレインが顔を歪めて、
「どうやらその様子だと知っているようだ。そうさ、君が一番欲しいものさ。」
「…」
「生まれてからずっと一緒にあったモノ。」
「…」
「事あるごとに生きる術を教えてくれたモノ。」
「…」
「そして、」
そこで一旦言葉を区切ると、殺気立つレイの様子を見てペレストレインが「フヒッ」と嗤い、
「愚かにもファントムに潜入し、俺たちの娯楽となったモノ。」
「…!!!!」
その言葉にレイは一瞬驚き、怒りに顔を染める。
…レイのあんな顔は見たことがない。
大切なものを壊された顔、狂うような憎しみの顔、目の前の男に対する怒りの顔。
それに、ファントムに潜入とか言ったか?
どういうことだろうか。
「レイ、どういうことか説明して…。」
「おっと軍師ヒムラ。君が今どれほど残酷なことを聞こうとしているか分かるか?」
「何を!」
馬鹿にしたような顔でペレストレインはレイを見て、
「不憫だったね。君のお母さんは。」
「…。」
「ハハハハハハハ、君のお母さんの最後を聞かせてあげようか?」
甲高く耳障りな声を上げるペレストレインと、唇を噛み締めるレイ。
お母さん?
レイの母親のことか?
それに、レイの母親が不憫だったとはどういうことだ?
レイの母親の最後。
ふと、頭の中に一つの仮説が浮かび上がってくる。
それは、あまりにも残酷な仮説だった。
つまり、ファントムに何らかの形で捕らえられたレイのお母さんが、ペレストレインに殺されたという仮説。
「ようやく鈍重な君もわかってきたみたいだね。」
「…レイになんてことをしてくれるんだ。」
「いやいや、レイちゃんのお母さんは自業自得なのさ。」
自業自得?
いや、こんな奴の言葉に耳を傾ける価値もない。
だが、まだわからない部分がある。
レイが一番欲しいものとは何だろうか。
普通に考えたら母親のことだろう。
だが、母親はおそらく死んでいると推定できる。
なら、何を。
ペレストレインは肩を震わせるレイの顔を覗き込み、
「レイちゃんは欲しくないの?そろそろ腐ってきそうだから早めにあげちゃいたいんだけど。」
腐ってくる、だと!?
まさか…!?
「レイちゃんの母親の、美しい死体のことだよ。」
「…ペェレストレインーーー!!」
レイの叫び声が聞こえた。
その言葉を聞いた瞬間、今まで我慢していたレイは感情を爆発させてペレストレインに飛びかかる。
手には短剣を握り、目を見開いて、真っ直ぐペレストレインに突き刺すはずだった。
が…。
「レイちゃんの戦闘センスはいいみたいだけど、真正面からやり合ったら俺が勝つかな。」
「…グア!!」
ペレストレインに腕を掴まれ、背負い投げされたレイは、そのまま床に打ち付けられて呻き声を上げる。
そしてそのままペレストレインがレイに襲い掛かろうとした瞬間。
「妹をこれ以上傷付けさせるわけにはいかないわ。」
…影から出てきたロイによってレイが回収され、こちらに戻ってくる。
襲い掛かる勢いのまま床に激突したペレストレインは、こちらを見て、
「レイちゃん。君は母親の死体を欲しいかい?俺たちの噂を聞いてるなら、どんな状態で帰ってくるかわかるだろう?」
「…レイ、一度冷静になれ。ペレストレインへの怒りはわかるが、今はまだその時じゃない。」
「…わかりました。」
とりあえずレイを諫めて、話を聞く。
正直俺も混乱しているが、レイが暴走すると取り返しのつかないことになる気がしたのだ。
グルームはもうすでにペレストレインのそばに戻っているし、おそらくグルームならレイを簡単に殺せる。
仲間を失うのは御免だ。
「さてさて、俺の話を聞いてくれる気になったかな。」
「…話してみろ。」
「傲慢な態度だね。でも気分がいいから許してあげるさ。」
ペレストレインがこちらを馬鹿にしたように笑う。
そして、
「交渉をしようか。」
「交渉だと、今更塩の製造方法なんて…。」
「そうだよ。塩の製造方法が知りたい。」
「…教えるわけが」
「おっと、こちらから差し出せるものをまだ言っていないのに、交渉を打ち壊すなんて馬鹿なのか?」
まともに交渉することもできなかった奴が、今更何を言う。
「それで、ファントムはクロノオに何を差し出せるんだ?」
「まず一つは、ファントムの属国として迎え入れてる。俺は君たちを歓迎するよ。」
「ペレさんから属国のお誘いを受けるなあんて滅多にないことだあよ。」
何だそれ。
今更ファントムの属国になると思う国があるのなら、連れてきて欲しいものだ。
俺は即刻、
「話にならないな。」
「貴様…!」
「落ち着けグルーム。まだ二つ目を言ってないね。それを聞いてから考えるんだ。」
俺の返事に殺気立つグルームだが、それをなだめるペレストレイン。
そして、こちらを眺めながら、
「二つ目は、先ほどと変わらずレイちゃんの母親の死体さ。」
「…ふざけるな!」
あまりにも馬鹿げた提案に、レイが声を荒げる。
「ペレストレイン。」
「結論は出たかい。軍師ヒムラ。」
「…その話は受けることができない。即刻帰って…。」
「レイちゃんの様子を見て、本当にこの申し出を拒否できるのかい?」
「…!」
俺はハッと気づいてレイを見る。
レイがペレストレインを睨む目は、怒りと憎しみと、
熱望。
母親の死体でもいいから返して欲しいという、どうしようもない願い。
それを敵であるペレストレインにしか頼めない戸惑い。
———このレイの願いを、俺は無下にできるのか?
ただ母親に会いたいという願いを、俺は国の利益のために無視できるのか?
だが、その静寂を破ったのは他でもないレイだった。
「…お気になさらず。ヒムラ様。どうぞこの交渉を蹴ってください。」
「…いいのか?」
「ええ、この想いはいつかあいつらにぶつけます。」
レイのいつも通りの冷静な声。
その声が自分の思いを押し殺して、理性的な判断を俺に求める。
「わかった。」
俺はその覚悟に一つ同意する。
「ペレストレイン。」
「どうやら結論は出たみたいだけど、俺たちに復讐するのかい?アハハハハ無理無理!クロノオ如きに負けるファントムではないさ。それに、今や君たちはエレメントも敵に回した!勝ち目なんてないなら、さっさと属国になったほうが身のためだよ?」
「…それでも、俺はこの申し出を断る。その驕った自信と虚構のプライドをへし折ってやるよ。」
「…。」
「話は終わりだ。」
俺はこちらを煽ってくるペレストレインに向けて堂々と敵対宣言する。
俺はペレストレインを敵とみなした。
容赦はしない。
「…愚かな決断だ。ならばこちらから宣戦布告をしよう。三ヶ月後、俺たちファントムはクロノオに戦争を仕掛ける。せいぜい首を洗ってまっていろ。グルーム。離脱だ。」
「いいのですかあペレさあん。ここで叩き潰してもいいんじゃあありませんかあ?それになあぜ一年?」
「フッ!相手が正々堂々勝負しにくるなら、それに応じつつ嬲り殺す。三ヶ月かけて万全の状態の敵を丁寧にへし折る。それが一番の快楽じゃないか。」
「くくく、そうですねえ。では、離脱しますか。」
そういうとグルームはペレストレインを背負い、軍事棟にあいた穴から高速で逃げ出す。
俺の加護には及ばないが、それでも十分速い。
そして、今までのやりとりを茫然と見ていたアカマルは、拳を握りしめ、
「あいつら。俺たちを弱いと言いましたね。」
ユーバも笑みを消して、
「完全に見下されてました。」
テルルも歯を食いしばり、
「…悔しいわね。」
ユソリナやメカルもそれに頷く。
ドルトバが、
「よっしゃー!もう宣戦布告されちまったんだし、戦争だな!」
と大声で言う。
そして、ロイレイも、
「レイ。私たちの母様を取り戻すわよ。」
「はい姉様。必ずや。」
皆の想いは同じのようだ。
ここまで馬鹿にしてきたファントムに、目に物を見せてやろうと言う気概らしい。
…いつからみんなこんな活発になったのかね?
だが、俺も想いは同じだ。
レイの大切なものを取り返す。
そしてファントムという障害物を取り除くのだ。
早速、この三ヶ月で何をしようか考え始めるのだった。
とりあえず二章前編が終わりました。
二章後編は全面戦争に入っていきます。
次話ではいきなり三ヶ月が経過すると思いますがよろしくお願いします。
あとよろしければ評価、レビュー、感想を書いていただければ幸いです。
どれもしていただければ作者は発狂して喜ぶので是非。
そして新しい作品の構想が思いついたのでそれを練るために真に勝手ながら明日は投稿できない可能性が高いです。
申し訳ありません。
次の更新日は明後日になると思いますので、何卒よろしくお願いします。