二章 第三十六話 クロノオシネマ連合軍vsデトミノ2
シネマとデトミノの境界部分にある平原。
その場には三国の軍隊がそれぞれ陣を引いていた。
まず、デトミノ。
山の側面部に横長に布陣させている。
重装備兵が多く、体をすっぽり覆う鎧を身に纏っている。
明らかに金をかけて武具を用意したのがわかる。
その重い鎧を身にまとい、長い槍を持ちながらこちらを睨むその兵士たちは、全てDレベルの強者だった。
そして、天人側が魔人を見ると、なぜか出所がわからない苛立ちがこみ上げてくるのだ。
相手の見た目は天人と全く変わらない。
なのに、なぜか、無性に腹立たしくなるのだ。
あいつは敵だ、殺せ殺せ。
体の奥深くに埋め込まれた野生の本能がそう叫んでいる。
その暴れる感情を抑えながら、ユーバば冷静に状況を俯瞰する。
年相応の言葉遣いと知識だが、戦闘に対する落ち着きは老成したものを感じられる。
それがユーバのユーバたる所以だ。
そして、その点でも部下の兵たちには信頼されている。
彼が笑みを深くするのは、勝ちが確定した時、逆にそうでない時は死力を尽くす時。
そして今はいつも通りの笑みを浮かべている。
これは相手の状況を見極めている時なのだと、兵たちはすぐに悟った。
話は戻るが、デトミノに対してのシネマの布陣だ。
軍の広がりはデトミノと同じくらい、これは包囲殲滅されないようにするためである。
少しでもデトミノ軍の方が長かったら、シネマとの差分の兵がシネマの後ろに回り込んでしまう。
それを防ぐため、あえて相手と全く同じ布陣を取ったのだ。
そして、シネマの後方にはクロノオ軍二千名ほどが控えている。
シネマとデトミノが激突したタイミングでクロノオはデトミノを側面攻撃する。
どの世界でも軍は側面と後方が弱い。
そこを崩せば一気に形成は逆転するはずだ。
それぞれの状況を見て、最後にユーバはアカマルを見た。
アカマルは前を睨む。
ユーバから見て、アカマルは良き戦友であるとともに憧れの相手であった。
誰からも好かれ、誰よりも信頼を勝ち取り、それでいて素晴らしい状況判断能力を持ち合わせている。
それに対してユーバはそれなりに状況判断はできるもののアカマルに及ばず、その上知識の面でも大きく劣っている。
ユーバが好かれるかどうかに関してはユーバ自身考えたくもないし、今は軍部でうまくやっているので、そんなことは気にせずに済む。
そのような点を自覚しているユーバにとって、アカマルは憧れだった。
いつか追いつこうと決めた背中だった。
そして、その人影がすうっと息を吸うと、
「行けーーーー!!!!!!!!」
開戦の合図を声高に叫んだのだった。
パラモンド率いるシネマ軍は、アカマルの合図に合わせて果敢に敵陣にとびこ…まなかった。
だが、アカマルの合図を聞いたデトミノ軍のリーダーが、進軍命令をだしたのだ。
「くくく。」
パラモンドは笑いを堪えきれず、喉から変な声が出てしまう。
なぜなら、デトミノ軍が明らかにこちらの思惑通りに動いたからだ。
まず、アカマルが開始の合図をするが、シネマ軍は二歩ほど進んですぐに進軍を止める。
だが、デトミノ軍はその二歩の進軍を見て、デトミノ軍も進軍させなければという判断を下させるというのが、先ほど立てた作戦だ。
これをすることによってどんなメリットがあるのか。
まず、無謀にもシネマ軍にデトミノ軍が向かっていく。
こちらが進軍したのを見て、罠はないだろうと相手は判断した故の無謀な行動だ。
そしてシネマのフィールドに果敢に攻めるデトミノ軍。
そのような構図に今なっていた。
デトミノ軍がこちらに向かってくる。
どんどん、どんどん、どんどんと近づいてきて、
「放て!!」
パラモンドの合図でシネマの魔法使いとクロノオ魔導隊がデトミノ軍に様々な魔法を放つ。
「暴風雨地帯」で相手の視界を悪くし、強風で兵を弱体化させる。
「大炎炎円陣」で相手をやけどさせ、戦闘力を下げる。
最大限までデトミノ兵を弱体化させ、それでもデトミノ兵はシネマ兵より強いだろう。
だが、それも想定内。
「テルル殿。お願いします!」
「ええ!みんな、あの魔法を!」
「「「承知しましたテルル様!」」」
テルルの合図に魔導隊の皆が頷き、皆で魔法陣を生成する。
現れた魔法陣は100を超え、それらが全てデトミノ軍とシネマ軍の間に存在している。
そして、テルルの合図で発動した魔法は、
「大地炸裂!」
下位魔法A級黄魔法だ。
普通ならこれは地面を振動させて足場を不安定にする魔法でしかない。
だが、その魔法により仕掛けが発動する。
それは、
スゴゴゴゴオオオッーーーー!!!!
魔法の発動した地面がどんどん下がっていく。
その地面の揺れに連動して、元から掘ってあった地面の中の空洞によって大地が崩れる。
そして、シネマ軍とデトミノ軍の間には高低差1メートルほどの塹壕が生まれていた。
デトミノ兵は戸惑いはしたものの、すぐにその塹壕に降りて、そのままシネマ兵に突撃しようとする。
愚かだ、とパラモンドは思う。
その、相手の力量だけで圧倒的優位に浸った気でいる様子は、クロノオと戦う前のシネマのようだ。
あの時、パラモンドは数が優位だという理由だけでクロノオを蔑ろにしていた。
必ず勝てるはずだと虚構の自信を身に纏っていた。
だが、クロノオの完全勝利によって、パラモンドは考え方を変える。
どんな相手にも策を用いれば勝てる。
逆にどんな相手でも、自分を圧倒的優位だと勘違いし、策を練らなければ負ける。
それを痛感したパラモンドから見たら、今のデトミノ兵はお笑いものだ。
高低差というのはデトミノの優位性を失わせるほど効力を持っているのだ。
高いところから槍で突くだけでも、やられた方からしてみればやりづらいことこの上ない。
戦力的には素人同然のシネマ兵が、唯一対抗できる方法だ。
そして、パラモンドの思った通り、シネマ兵はなんとかデトミノ兵とやりあっている。
闇雲に槍を振り回すだけでも、足で蹴るだけでもかなりの痛手になる。
デトミノ兵は塹壕から上がれないでいた。
それを見てパラモンドは満足げに頷くと、後方に控えているアカマルに、作戦完了の合図を送る。
それを見たアカマルが、了承のサインを出すと、今度は本当に
「行けーーーー!!!!」
クロノオ兵を側面に向けて動かし出した。
アカマルは先陣を切ってデトミノの側面の兵士を一人剣で切る。
アカマル愛用の剣だ。
その剣のガードと呼ばれる、持ち手の上にある円状の板は、他のものに比べて幾分か広い。
それは、
「炎創造!!」
アカマル唯一得意とされる赤魔法の魔法陣をそのガードの部分に出現させ、そこから刀を覆うように低温の炎が生み出される。
なぜ高温でないかというと、刃身が溶けてしまわないようにだ。
だが、それでも殺傷能力は高い。
そう、アカマルの得意とする戦法は、ガードの部分に魔法陣を描き、魔法剣で戦うというものだ。
炎の剣を馬に乗りながら振り回し、どんどん敵をなぎ倒していく。
そしてクロノオ兵も側面攻撃によって優位性を保ちながらデトミノ兵を倒していく。
クロノオ兵は短剣に盾といった、個人の技量に左右される武器を選んでいる。
それは志願兵として毎日鍛錬しているクロノオ兵だからこそできることだ。
今は歩兵隊の実力者はヨルデモンドに行くヒムラの護衛に回っているが、それでもクロノオ兵は強かった。
ほとんど損害を出さずに敵を倒していく。
それに後方に控えている魔導隊から随時青魔法が届くので、死ににくいというのもある。
そして相手からの魔法攻撃は、日々訓練で耐性をつけていたので、視界が悪くなってもやけどしても、気にせず戦うことができるのだ。
そして歩兵隊長のユーバは、今はシネマ兵の支援に向かっている。
様々な雷をデトミノ兵に当てて、どんどん兵を無力化している。
あいつの攻撃力はそれこそ才能の域だからな、と、アカマルは笑う。
ユーバもアカマルを尊敬していると同時にアカマルもユーバを尊敬している。
またドルトバは相手の騎馬隊を押さえつけている。
数は相手の方が上だが熟練度はこちらの方が上だ。
相手の騎馬隊を無力化し、シネマの歩兵隊のところに割り込ませないようにしている。
そうして、しばらくはクロノオ・シネマ有利にことは進んでいた。
なかなかシネマ軍を倒せない苛立ちと、クロノオ兵に側面をやられているという状況からして、勝ち筋が見えてくる。
だが、戦争とはそう簡単に終わるものではない。
黙ってデトミノ兵がやられるはずがないのだ。
始めに気がついたのはユーバだろう。
最近習得した「気配察知」というスキルで、おぼろげながらに敵が潜んでいるのがわかった。
その場所は…。
「山かなー。」
山の中に複数人の気配がする。
そして、
突如現れたデトミノ軍が、シネマ兵を蹂躙し始めた。