二章 第三十三話 愉快な天使たち
「攻撃が当たらない、指でなぞるだけで敵を吹っ飛ばせる。空を跳べて腕力も高い。」
ザガルの話を聞いただけでもヤバいとわかる。
「天使というのは皆このようなものなのでしょうか。」
俺はベットの横に座っているザガルに聞く。
ザガルはニヤッと笑うと、
「まあ色々いるぞ。」
と返してくる。
色々ってなんだろうか。
明言されていない分恐ろしい。
「この機会だ。天使について説明してやろう。」
ザガルが親切にも教えてくれるらしい。
まあ俺は将来天使になろうかと考えているので、聞いておいて損はないはずだ。
「わかりました。ありがとうございます。」
「よい。我の好意と怪我させてしまったことへの代償だと思え。」
そう言葉をかけてくれるザガル。
その親切さに感謝しながら、この世の最強の存在について話を聞くのだった。
「まず、まだマシな方から説明していこう。」
「はあ。」
「まず「節制の天使」コルガだな。三百年前に生まれたとされる比較的新しい天使だ。まあ正直言って天使の中では一番マシだ。」
「マシとは?」
「簡単にいうとパワータイプということだ。力だけで見るとそれなりだが、その他はあまり目立っていない。レベルもギリギリSところだ。」
なるほどなあ。
つまりは典型的な脳筋ってことでいいのか?
確かに奇策や搦手を使えば勝てそうな相手ではある。
というかさらっと流してしまったが、500年も生きているのか?
ファンタジー世界では何百年生きているということはよくあるが、天人はだいたい寿命六十年から八十年と聞いた。
500年も生きる天人などは存在しないはずでは?
だが、ザガルに聞いてみるとひどく拍子抜けな答えが返ってきた。
「なぜ長生きかって?それは天使だからだろうよ。」
適当だなオイ。
まあ寿命のことはいいや。
とりあえず今は情報収集だ。
ザガルは何やら分厚い本を取り出すと、ページをパラパラとめくる。
「その本は?」
「ああ、戦記だ。過去1万年までの主要な戦を記したものだ。」
おお!
戦記という言葉だけで少しワクワクしてしまうのは俺だけだろうか。
戦争オタクという一面が出てしまった。
ザガルはその本の中の1ページを指差す。
「コルガについて残っているのは、200年前の天魔大戦の時だな。」
「天魔大戦とはなんなのでしょうか。」
「ああ、天人と魔人が総力を費やして戦う世界最大の戦争のことだ。100年に一度起こるとされている。」
なんだそのはた迷惑な戦争は。
しかも、100年に一度と、かなりしっかり決まっているのだな。
まるで誰かが人為的に決めたような。
「その天魔大戦でコルガがパンチ一つで悪魔の城を壊したという記述が残っている。」
「うへぇ。」
一番マシなやつでも城を壊せるほどの力を持つのか。
それともコルガが力特化なだけか?
何にせよ警戒する必要はあるだろう。
「次はフォールン。「勤勉の天使」なんて呼ばれている。」
「そいつはどのような記述が残っているのでしょうか。」
「いや、こいつは戦記の中に特に残ってない。」
戦記の中に記述が残っていないのか。
それならあまり脅威とは言えないんじゃないか?
先ほどのコルガの方がまだヤバい気がする。
だが、ザガルはそれを否定する。
「ただ、度々フォールンの国でみたこともない魔法陣が出現するとハンデル婆が言っていた。」
あの魔法に詳しいと俺の中で評判のハンデルも知らない魔法陣がフォールンの国で目撃される。
つまりはハンデル以上の魔法使いがいるということだ。
まさかフォールンがそれを作っているとか。
もしかしたらフォールンは素晴らしい魔法の使い手なのかもしれない。
それに強さが不透明なのも十分に脅威に値する。
「そして「純潔の天使」メタルヴァイジャン。こちらは自分の国を持っていないのだ。」
「自分の国を持たない?放浪をしているのですか。」
「公にはそうなっている。」
ザガルはそう説明する。
もし各地を放浪していたら、それだけで脅威になる。
いつ自分の国に現れるかわかったもんじゃない。
そしてザガルによると、過去にはノクアシスと戦ったことがあるのだとか。
まず戦いを挑める時点で脅威度はかなり高めだ。
「そして、「忍耐の天使」ノム。彼はさらに鉄壁という二つ名を持つ。」
「鉄壁…。」
つまりは防御力が高いということなのだろうか。
ザガルはまた戦記を開き、ある部分を指差して言う。
「『まるで要塞の如く進む鉄壁は、いかなる敵をも相手とせず、都市ひとつを滅ぼせり』と書いてある。」
「都市一つを滅ぼすことが…。」
「考えたくはないがこの天使は一人でやってのけた。」
それは恐ろしい。
それに、まるで要塞の如く進むって、歩く要塞ということだろうか。
ますます脅威度が跳ね上がる。
「ここでビビっているようだが貴様。このあと紹介する三人の天使は別格だぞ。何せ1万年前から存在していたという天使だ。」
「1万年とは…途方もない数字ですね。」
「ああ、1万年間無敗を誇る「謙譲の天使」ノクアシス。全てを焼き切る「慈悲の天使」ハナビ。」
前者は先ほど聞いたので強さは理解している。
そして後者だが、全く慈悲という名に似合わない能力だ。
全てを焼き切るって、冗談ではなく世界を滅ぼせるのだろう。
「あともう一人は…」
「ああ、あともう一人は数多の加護を習得し、他人に加護を付与する力があるとされているヤツだ。その名も、「救恤の天使」テゥオシアだ。」
「………今なんとおっしゃいましたか?」
「テゥオシアだが?」
テゥオシア、だと!?
かつて俺はその名前を聞いたことも、あったこともある!
それは確か、あの炎の夜の日。
俺が剣を振れず、村の皆が殺された日。
俺を「対認識結界」で守ってくれた女性だ。
確か、
「テゥオシアよ。」
彼女はそう言っていた。
まさかそれが「救恤の天使」テゥオシアだったのなら。
待てよ。
今ザガルはテゥオシアには加護を与える力があると言われているようだ。
だんだん頭の中で仮説が組みたっていく。
「ザガル様!」
「なんだいきなり血相を変えて。」
「テゥオシアが加護を他人に付与することについて、わかっていることはございますか?」
「わかったわかった。今調べる。」
必死になってザガルに迫る。
俺の推論が正しければ、もしかしたら『神速の加護』は…。
「…。テゥオシアの加護付与に関しては『救恤の芽』と呼ばれる種子を魂に植え付け、それを開花させることによって加護を付与するらしい。」
「救恤の芽』…。」
「加護を付与してからその加護に見合うまでの土壌ができて初めて芽は成長し、開花する。」
つまり、テゥオシアに加護を付与されてから加護が使えるようになるまで、タイムラグが発生するということか。
あの村が襲撃された夜にテゥオシアに会った。
そしてその時『神速の加護』を付与されていたとしたら?
普通加護を得るには何かを強く望む必要があるのだと言われる。
だが再度村を訪れた時、俺は別に速く移動したいと願ったわけではない。
強くなりたいとも願ったわけではない。
だが、加護は生まれた。
もともと加護をテゥオシアから付与されていて、再度村を訪れた日に芽が開花して加護が使えるようになったのだとしたら?
辻褄が通ってしまう。
悩み続ける俺をみたザガルは、
「俺は暇ではないので行くぞ。あと、今夜はヨルデモンドに泊まれ。」
「…ご厚意感謝いたします。」
「ああ。」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
新たな謎。
それを考える。
そして考える間も無く、
「テゥオシアに会わなくては。」
天使になる理由がまた増えてしまった。