二章 第三十一話 ノクアレンvsヨルデモンド2
戦争は始まった。
ヨルデモンド対ノクアレン。
当時の二大国家とまで言われる二国。
勝利を手にするのは…。
ザガル率いる「白竜の剣」は、最初は劣勢だった。
やはり百人ほどの兵はそれぞれがA相当の力の持ち主で、騎士たちをどんどん打ち倒している。
だが、こちらも負けてはいない。
何よりの強みは優秀な魔法使いを抱えていることだ。
怪我人が出たら、その人はすぐに戦線離脱し、魔法使いに青魔法をかけてもらう。
さすがハンデル直属の魔法使い。
すぐに怪我人を直し、さらには援護として下位魔法のA級魔法を個人で放つ。
炎や暴風、地震が起こり、さすがに殺傷能力はないものの相手を混乱させるくらいの事はできている。
「では、包囲!」
ザガルが命令を出すと、後ろに控えている「白竜の剣」たちが敵を囲うように動く。
包囲殲滅だ。
四方から絶え間なく攻撃を与える事で、相手を追い詰める基本的な戦略。
だが、ザガルはあることを不審に思っていた。
天使ノクアシスがこの百人の中にいないことだ。
別のところで待ち構えているのか。
それとも、この中に紛れているのか。
わからないが、一筋縄では行かないのは確かだ。
だが、百人のノクアレン兵は徐々に追い詰められているのが分かる。
さすがにレベルが1段階違えど、百倍もの物量差がある。
おまけに魔法使いのせいで疲れ知らずだ。
おそらく相手には「白竜の剣」がいつまで戦っても人数の減らない、不死身の軍隊に見えただろう。
相手も、天使国家の兵とはいえ、本当は唯の天人だ。
天使に対する信仰心が天人を強化すると言うのは御伽噺上のことだが、それでも戦闘力はそこまで化け物ではない。
しっかりと適度に相手を疲れさせて離脱。
そして次の兵が相手を痛めつけ、疲労させる。
徐々に相手は疲れていき、やがて戦闘を継続できないほど疲労するだろう。
その時、他の九万ほどの義勇兵や傭兵、他国兵などで押し込めば勝つことができる。
つまり、時間が経てば立つほどこちらに有利になる。
「だが…」
ザガルはこの状況を黙って見てるはずがあちらにあるわけがないこともわかっている。
このノクアレン軍はおそらくノクアレンの最高戦力。
それが討ち取られていくのをノクアシスが黙って見ているわけがない。
今ノクアシスがこの場にいないことも考えて、何かあるはずだと警戒は怠らなかった。
他の九万ほどの兵たちに周りの偵察や罠の確認などもさせたが、特に何もなかった。
これは本当に、ノクアレンに勝ってしまうのだろうか。
しかも、こんなにあっさりと。
未だこちらに死者は出ていない。
そして、
「一人、死んだか。」
ザガルが呟きながら、その有り様を見る。
ノクアレン側の兵士が一人、腹を深く切られて死亡した。
どんどん形勢はヨルデモンド優位だ。
「勝ったな。」
そう呟いた瞬間だった。
「ふむ。どうやら一人死んだみたいですね。」
突如、穏やかな声が聞こえて。
「ノクアシス!」
即座にその声の正体がわかった。
なぜなら、いつかのタイミングで彼が登場すると予想していたからだ。
ザガルは周りを見渡すが、声の主は姿を現さない。
前後左右。そしておそらく下もいない。
なら、
「ようやく気づきましたか。」
空のはるか高いところに、一人の男が居た。
その男は、やられ始めている自分の兵を見ると、その下に魔法陣を出現させる。
「空間隔絶」
そう呟くと、ノクアレン軍を囲うように結界が覆いかぶさる。
その結界をヨルデモンド軍は突破しようとしたが、まるで壁に向かっているかのように前に進めない。
そして、その男はそのまま高度を下げていく。
ザガルの目の前に着地したのだ。
そしてそのままノクアシスは優雅に一礼すると、
「僕は「謙譲の天使」ノクアシス・アング・デルタミーニャ。ヨルデモンドの国王さん。以後お見知り置きを。」
「…ずいぶんと丁寧なお出迎えだな。」
「礼儀は尽くすべきですから。」
ザガルはなんとかノクアシスと会話をしているが、実のところ正気を保っていられるのが不思議なくらいだ。
その原因はノクアシスから発せられる強者の風格だ。
一見するとただの長身の白髪の優男だ。
一般の人から見るとそう見えるだけだろう。
だが、ザガルほど武の高みにいる人からすると全く見え方が異なる。
恐ろしいほどの力を秘めた天使だと言うことがわかるのだ。
事実、他の者はノクアシスの強さを理解していないものもいた。
そして、
「隙あり!」
後ろからノクアシスに斬りかかる「白竜の剣」の団員。
だが、
「…今、背中がむず痒くなったのですが。もしかして斬りましたか?」
ノクアレンは血を吹き出して倒れることも、体が切断されることもなかった。
ただ平然として立っている。
その様子に違和感を覚えた兵士たちは、どんどんノクアシスに斬りかかっていく。
だが、どれもノクアシスの体をすり抜けてしまって、ダメージにもならない。
「…化け物め。」
「あなたが言うのも些か不満ではありますが。まあ、とりあえず条約の件ですが、我ら天使国家は条約に参加致しません。」
「そんなのは認められないぞ。」
「そうですか。出来るだけしたくありませんが、実力行使に出るとしましょう。」
そう言ってノクアシスは笑う。
何を、とザガルが言う間も無く、それは起きた。
いきなり上向きに力が掛かったのだ。
その強大さにザガルは呻き声を上げる。
「何…がっ!」
ザガルはなんとか顔を上げて、眉を潜めた。
そこには、理解しがたい光景が広がっていた。
十万ほどの兵、彼らがほとんど全て宙に浮いたのだ。
未だ地面に残っているのは「白竜の剣」の中でも腕の立つ人物100名ほどだ。
「なにが起きている!?」
「僕の加護の力ですよ。」
そう説明するノクアシス。
見るとノクアシスは、浮いている十万の兵を指差している。
何か加護を使っているのはわかる。
そして、
ノクアシスが指をクイッとスライドさせる。
そして、スライドした方向と同じ向きに、十万の兵が大きく吹っ飛んでいった。
そして、ヨルデモンドの方角に消えていったのだ。
「彼らは軟弱なのでヨルデモンドに送り返しました。」
そう、なんでもないように言うノクアシス。
すると、先ほどまで支配していた重圧感が不意になくなった。
おそらくノクアシスが加護を解除したのだろう。
戦慄した。
今の光景はなんだったのだろうか。
「今のは…」
「言ったでしょう。「引力の加護」ですよ。あれくらいの兵ならば吹っ飛ばすくらいの事はできます。」
「吹っ飛ばすって…」
「ええ、彼らはヨルデモンド方向に飛ばしておきましたよ。弱者とやり合う趣味はないので。」
飛ばすとはどう言うことなのだろうか。
文字通り飛ばすと言う意味なのだろうか。
それだったか、あの兵たちは今生きているはずがなく。
「彼らはほとんど死んだでしょう。あなたの直属の人たちはまあ生き残ったかもしれませんが、あの有象無象の集まりはおそらくどこかの地面に落下して衝撃で命を落としているはずです。」
ノクアシスはそう言う。
ザガルはノクアシスの脅威を改めて思い知った。
一気に十万の兵を殺傷できるほどの攻撃力。
そして攻撃は全て当たらないと言う防御力。
そしてそれでもなお本気を出していないと言わんばかりの余裕な態度。
「ば、化け物め。」
ザガルはノクアシスに向きなおると、そう吐き捨てる。
「心外な言われようですね。まあ一般の人から見ればあなたも化け物のような者でしょうけど。おそらく宣戦布告したのが僕でなければ勝ち筋は見えていたはずですよ。」
「…どうやら自信があるみたいだな。」
「不本意ではありますがヨルデモンドの作り出した基準に従うと、SSあたりだと自負しておりますので。」
ノクアレンがそう丁寧に教えてくれる。
が、ザガルはノクアシスの言い分が本当だと理解してしまった。
(この強さ。SSでも足りないくらいだ。)
ノクアシスは楽しそうに言う。
「では、ちょうどあなた方の人数が百人。こちらの人数が百人ですので、始められると思います。」
「…何をだ。」
「戦争、ですよ。」