二章 第二十五話 ファントムの青年
「嘘だろ…。」
ファントム代表、シネマ代表、エレメント代表がヨルデモンド、クロノオ友好の式に来ている。
俺がそれらをみて一番によぎった考えは、
「嵌められたか…。」
ザガルを睨む。
このヨルデモンド、クロノオ友好の式によってクロノオの国際的地位は上昇する。
それをよく思わない国が出てくるのも当然だが。
その候補として挙げられているファントムとエレメントの二国が、この式に顔を出している。
これは明らかにクロノオ不利だ。
そしてそれをヨルデモンドの国王たるザガルが分かっていないはずがない。
グランベルはザガルと気軽に話しているが、そんなことをしている場合ではない。
すぐにもファントムやエレメントと話し合いの場を設けなければいけないほどだ。
何になんでそんな気楽にザガルとお話ししてるんだよグランベル!
「では、ヒムラの席はあちらだ。」
クラリスが案内したのは、ユソリナの隣の席だ。
まあこうなったら仕方がない。
あとできっちりザガルに問いただすか。
「本当にっ、ありえないですよねグランベル様。」
ユソリナが憤慨している。
外交担当だからか思うところがあるのだろう。
「ああ、これから作る塩をファントムやエレメントにも売りつけて友好条約を結びつつ儲けようとしてたのにー。」
あれこれ恨み節をユソリナが吐いているが、俺はそんなことより戦争にならないかが心配だ。
ファントムの青年二人。
ファントム国王ペレストレイン・テトラ・ゼルと補佐グルーム・セナリオゼル。
代々ゼル家とその分家であるセナリオゼル家によって独裁政治が行われている。
特にペレストレインは先祖から知略に長けた人物として知られる。
そしてグルームもA相当の腕前をもち、ファントムの拳としてペレストレインの補佐として仕えている。
そして、実はこの二人には黒い噂が絶えない。
一度捕まると体を輪切りにされるだったり、王城には捕まった人々の悲鳴が絶えないだとか。
最もこの辺りで恐れられている国だ。
そしてエレメント側に座る少女と老人。
少女の風貌は、言ってしまえば異質だった。
髪は切りそろえられることなくボサボサで、前髪が顔を覆うほど長い。
そして頭には草で編んだ冠を載せている。
少女の名はエレン、エレメントの王として務め、その声を聞いた者は数えるほどだとされるエレメントの神だ。
そして隣に座る老人が、「語り役」のデルタだ。
エレメントは26人の「師」と呼ばれる人々がいて、その人たちが話し合って国の方針を決めるのだが、その元締めがデルタだ。
大魔法使いとして知られ、エレメントを魔法大国にした功労者の一人だ。
そして語るまでもないが、シネマ側に座るパラモンドとカスタル。
最近はパラモンドがカスタルの浪費癖を直すためにあちこちで働いているらしい。
ぜひパラモンドには頑張ってもらいたいものだ。
そして、ザガルたちは式の打ち合わせが終わったのか、前を向くと、
「諸君、今日はよくぞ集まってくれた。では、式を始めようではないか!」
ザガルがそう宣言する。
そして、式は着々と進んでいく。
グランベルが当たり障りのないことを言ったり、ザガルとグランベルで握手をしたり、各国からコメントをもらったり。
それにしても、なんで3国はこの式にこようと思ったのだろう。
そう思ってザガルをチラッとみて、思い至った。
確かザガルは「慧眼の加護」を持ってた気がする。
確か、相手の隠したい事実を一つ知ることができるという、嫌がらせみたいな加護だった。
もしかしてそれで、相手を脅したんじゃ…。
じゃあ、ファントムやエレメントは無理やり呼び出されたってことになる。
なんでわざわざ無理やり呼び出したのだろう。
ますますクロノオが不利になる気がする。
これはザガルに警戒しなければ。
ザガルは確かにいいやつだが、信用できる相手というわけではない。
あったことも一回しかないし、ザガル自身知略にたけた人物だ。
「では、これにて閉式する。」
ザガルがそう宣言して、式は終わった。
結局一時間もかからなかった。
他国からしたら嫌がらせでしかないだろうな。
皆がそれぞれ動き回り始めたところで、ザガルを問い詰めようと歩き出す。
が、
「ねえ、ちょっとだあけいい?」
甘ったるい声が後ろから聞こえて、肩を掴まれた。
振り返ると、
「おやあおや、はあじめまして。僕はファントムのグルームだよお。」
長身の青年がヘラヘラしながら話しかけてくる。
何か嫌な予感がする。
青年の背後には、ペレストレインが控えている。
早速喧嘩を売られたのだろうか。
すると、俺の影からすぐさまレイが出てくて、短剣を構えながらグルームに詰め寄る。
「何用でしょうか。」
普段は天然のレイも、仕事となったらその振る舞いは豹変する。
それをみたグルームは慌てて、
「違う違うよ。そんな物騒なはなあしじゃあないよ。」
「うちの補佐がすまない。改めて自己紹介しよう、俺がファントム国王ペレストレインだ。」
慌てるグルームの後ろから出てきたのは、彫りの深い顔が印象的な青年だ。
ペレストレインか。
とりあえず、刃傷沙汰にはならなそうでよかった。
俺はレイを下がらせ、ペレストレインに向き直る。
「それで、何用でしょう。クロノオ国王ならあちらに。」
「いやいや、グランベルに用はない。君だよ。」
ペレストレインは俺を指差してそういう。
俺に?
なんのようだ?
「君が塩を作り出したっていうヒムラクンだよね。」
「まあ、俺が作りましたけど。」
「それだあよそれ!」
俺の同意にいきなり奇声を上げるグルーム。
正直ビビった。
グルームとペレストレインが続ける。
「今まあでいう物は保存用とおして使わあれてきたんだあよ!その常識を覆すような食べれえる塩。それを作りだあした軍師ヒムラ!君のそのお発想力のお塊いみなあいな脳みそを覗いてかいぼおうしたいなあ。」
「すまないな。彼は少し奇行癖がある。そんな彼はこれでも俺の補佐として世界中になを馳せているけど、実質はこんなものさ。世界に知られている英雄や勇者も実はこんなもんだったりするのかもしれないね。まあ、そんなことはどうでもいいのさ。俺と君の時間は有限さ。それを有効活用するために、君の塩というものを話題としてあげたいんだけど、どう思う?
製造法なんかを教えるなんてどうかな。世界に共有するべきことはたくさんあるけど、その中の一つだと思うよ。」
「お、おう。…せ、せやな。」
いきなり長文で話しかけてくる二人。
どう返事をしようか悩んでいると、メカルが一歩前に出て、怖い顔で、
「我らが軍師ヒムラ様と面会を所望されるのであらば、正式な手順をお踏みください。」
と威圧する。
これでもメカルの怖い顔は本当に怖い。
これでビビってくれたらいいんだが、
「ああらあ、断られちゃったねペレさん、どおする?」
「仕方ないさ。また出直す。」
とりあえず二人は納得してくれたみたいだ。
よかったよかった。
そう俺が一息ついていると、不意にグルームがこちらを見る。
正確には、まだ俺の隣で警戒していたレイに。
「その顔、どこかでみいたような。」
そう零すグルーム。
そう言って二人は立ち去ってしまった。
全くなんなのだろうあの二人は。
話しているだけでも疲れる。
ふとレイをみてみると、レイは震えていて、顔を真っ青にしながら拳を握りしめていた。
「おい」
「…」
「おい、レイ。」
「…」
「おい!」
俺が少し大声出すと、レイはハッと気づいたようにこちらをみて、
「どうされましたでしょうかヒムラ様。」
「どうしたも何も、レイ。お前こそどうした、ぼーっとしてたぞ。」
「はい、いえ、なんでもありません。」
そうレイは言うと、早々に影に潜ってしまう。
結局、なんだったのだろうか。
レイが怒りを堪えているように見えたのは気のせいだろうか。
まあ、いいや。
今は問いただすべき人物がいる。
ザガルに話を聞きにいかなくてはならない。