二章 第二十三話 ヨルデモンドへの旅立ち
三日後。
俺はクロノオを出発しようとしていた。
響き渡る歓声にあふれんばかりの人。
国王が出張に行くってだけでも大騒ぎだ。
そして、今回ヨルデモンドに向かうメンバーは5人。
まず国王サイドからはグランベルと、護衛のマーチ。
軍部サイドからは俺と交渉担当のユソリナとメカル。
そしてカウントはしてないが、おそらく陰に潜っているであろうロイとレイだ。
残りのメンバーはお留守番となった。
これだけ重要な人が抜けて、国は回るのかと言う懸念はある。
だが、グランベルは代理の王を親族の中から立てて、マーチはグランベルのそばにいるのが仕事だ。
そして俺は仕事を全てユーバ、テルル、ドルトバ、アカマルに分配してからきた。
泣きそうな顔をして俺を見ていた一同を、俺は忘れない。
そして、道中の護衛としてついていくのが、歩兵隊の中でも精鋭と呼ばれている100人と、騎馬隊の精鋭10人だ。
歩兵隊に関しては、ユーバとアカマル、マルベリーが鍛え上げた中でも特に優秀な成績を収めた兵なのだとか。
もともと徴兵で長いこと実戦経験を積んだり、貴族の家の出で、武を嗜んでいたりする人たちが多いらしい。
もちろん、と言うべきなのかはわからないが、ユーザリアもこのメンバーに混ざっていた。
「それにしても、」
俺は用意された馬車から外を見る。
騎馬隊が先導をし、その後に軍部メンバーやグランベル、マーチをのせた馬車が続く。
そしてそれを囲うように歩兵隊の100人が列をなして歩いている。
さながら大名行列のようだ。
俺たちは列を組みながらクロノオ王都の街道を歩き、そのまま塀を通って外に出た。
そして、何もない平原を進行している最中である。
心躍る冒険も、人類の脅威となる魔獣のようなもの、ましてや魔王なんてファンタジー設定はこの世界にはないが、代わりに景色はいかにもファンタジーだ。
俺はその景色の中のある一点。
空に浮かんでいる島を見つめる。
「あそこに人間が住んでるってんなら、」
俺がこの世界に呼ばれた理由がわかるかもしれない。
根拠はないが、なぜか確信している。
「いつか辿りついてやる。」
そう決意を滾らせながら、俺は島を見ていたのだった。
馬車はゆっくりと進んで、ようやくヨルデモンド国内に入ることができた。
ここまでかかった日数は三日ほどだ。
一日八時間歩き、宿場町に入って一晩を明かす。
それを二回繰り返して、ようやくヨルデモンドについた。
だが、ここで問題が発生した。
問題というか、あらかじめ懸念されていたことではあるのだが…。
「というわけで、今夜はここで野宿ですね。」
ユソリナがなぜか嬉しそうに俺に言ってくる。
「なんでそんな嬉しそうなんだよ。」
「あっ、分かりますかヒムラ様。」
バレっバレだね。
口角が上がっていたし、体を弾ませながらこちらに話しかけてきたし。
いつもは落ち着きと気品を保っているユソリナが珍しい。
ユソリナはなおも興奮した様子で、
「私、野宿なんて初めてするんです。少しワクワクしてしまって。」
「…そうかい。楽しみならそれに越したことはないよ。」
そういえばユソリナは権力のある大商人の箱入り娘だったような。
そんなお金持ちそうなラーバンが、可愛い娘のユソリナを野宿させるはずがなかった。
申し訳ないラーバン、今夜君の娘は野宿してしまうよ、と心の中で謝っておく。
ワクワクしてるし、なんの心配もいらないのだけど。
歩兵隊や騎馬隊の皆も、それぞれが火を起こして、肉を焼いて食べている。
俺は兵との関係性を縮めるため、声がけをする。
兵と指揮する側で交わす言葉が多ければ多いほど、うまく軍として動く可能性が高まる。
俺が声をかけると怯えるものも多かったが、しっかり会話をしてくれる輩もいた。
俺はできるだけそれに好意的に答えると、また次の人に声をかける。
それの繰り返しだ。
ユーザリアにも声をかけた。
あいつは俺の顔を見て開口一番
「申し訳ありませんでしたーー!」
とスライディング土下座をお見舞いされたのだ。
「貴方様に歯向かったことをお許しください!!」
と、ここまで言われては流石に嫌だとはいえない。
というか、ユーバから彼の話を聞くに、前の傲慢な態度はなりを潜め、自分の武力を仲間に教えるなどと言った微笑ましい一面も見られたという。
俺への態度からも、確実に成長しているのは間違いない。
許さない理由がない。
「ああ、ではユーザリア。式での一件は水に流そう。これからも精進するが良い。」
と言ってやった。
ユーザリアはパッと顔を輝かせると、
「ありがとうございます!!」
と跪く。
それにしても、かなり成長したな。
人が変わったようだ。
実はユーザリアの指導をしていたアカマルが、俺の怖さをとくど語り、耳にタコができるまで注意していたという事実があるのだが、俺はそれを知る由はないのであった。
兵の皆はそんな塩梅だが、俺たちはというと、グランベルとマーチとメカルユソリナ俺の五人で火を囲っていた。
串刺しにした鶏肉に塩をかけて焼く。
それだけでこんなにも美味いのだ。
「グランベル様、お口を。」
「ああ、あーーん。」
マーチが焼き鳥の一つをグランベルの口に運ぶ。
見てはいけないものを見てしまった感が否めない。
「それにしても、後何日ほどで着くのでしょうか?」
ユソリナがそう呟くと、
「あと三日ほどですな。」
とメカルが答える。
ここまでの道のりで三日使ったから、残り三日で着くということは、あと半分ということになる。
随分遠くまで来てしまったものだ。
そろそろ皆にアレを紹介しても良いだろう。
俺は懐からあるものを取り出す。
それは黒く濁った液体で、今は瓶の中に入っている。
「なんだそれは。」
と、グランベルがそれを見て首を傾げる。
フッフッフッ、聞いて驚け。
「これは醤油だ!」
「しょう、ゆですか?」
ユソリナが物珍しそうにそれを見る。
そう、これは俺が暇な時間を見て作った醤油だ。
大豆というものがこの世界あったということが発覚し、俺は急いで大豆をかき集めた。
大豆をなんとか発酵させて、絞って液体状にしたのだ。
なんとか醤油工場に見学に行った時の小学生の記憶を引っ張り出して、作ったのだ。
我ながら醤油に近い味となったと自負している。
そして、
「これを焼き鳥にかけて食べてみてくれ。」
そう皆に勧める。
皆も物珍しそうにその黒い液体を見つけると、思い思いに焼き鳥にかけて食べた。
本当はタレを用意したかったのだが、どうしてもタレの作り方がわからなかったのだ。
みりんを加えればそれっぽくなるとは知っていたが、みりんってどうやって作るの?
というわけで、仕方なく醤油で妥協した。
皆は醤油をかけた焼き鳥を口に入れる。
「美味い。」
普段無口なマーチが驚き目を見開いている。
「素晴らしいですね。」
「わしも生きてきた甲斐があったな。」
「またやってくれるではないか、ヒムラ!」
皆の反応も上々。
これももしかしたら売れるかもしれない。
今度ユソリナに頼んで生産ルートを確保しておこう。
「俺の地元の調味料、醤油だ。」
「醤油か、いい響きだ。」
「醤油とは、ヒムラ様の名付けの才能には頭が上がりません。」
と、グランベルとメカルが溢す。
メカル、別に俺が名付けしたわけじゃないよ。
グランベルも見当違いな方向に突っ走っちゃってるし。
とまあ、こんな一幕もありながら、俺たちは無事野宿を乗り切ったのだった。
馬車はゆっくりと進む。
道中特に目立ったことも起こらず、一週間ほどでヨルデモンドの首都についた。
クロノオの王都のおそらく何十倍の大きさ。
人の数も多い、前世の渋谷並だろう。
そして何より、煌びやかだ。
世界の技術と物流の中心、ヨルデモンドの首都アラン。
その全貌を見据え、俺はゴクリと喉を鳴らすのだった。