二章 第二十二話 大国ヨルデモンドへ
セカン村に行って数日。
俺は水車に関する設計案を書いていた。
この世界にも建築家や大工などはいるらしく、そこら辺の人に水車の設計案を出すのだ。
そこで承認を得られれば大量生産が可能となる。
クオーツやフーラの意見を取り入れて、より利便性の高いものを作るために、俺は設計図と睨めっこをしていた。
すると、
ドタン!
「た、大変ですぞヒムラ様!」
「おっ、メカルか。今度はどうした。」
メカルが全身から冷や汗をかいてこちらに飛び込んでくる。
見ると、メカルは顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。
「てか、なんかデジャブ。」
既視感が頭を過るが、とりあえずメカルを落ち着かせる。
メカルは次第に息を落ち着かせると、
「すみませんヒムラ様。取り乱しました。」
「ああ、体を労われよ。あと、長生きにはひょいひょい焼きが重要らしいぞ。」
「なんと!」
正直どうでもいい話に、メカルが興味を示す。
まあメカルには長生きしてもらいたいし、とりあえず最近教わった長生きの秘訣を教えてみたのだ。
まあ、それはいいとして、
「で、なんのようだ。」
「ハッ、それがまたしてもヨルデモンドから書状が。」
「またか。」
だからメカルは取り乱していたのか。
メカルはヨルデモンドに苦手意識というか、恐怖を覚えている。
ふと気になって、
「なあ、メカル。なんでお前そんなにヨルデモンドを怖がっているんだ?」
「そうですなあ。私がまだ若い頃、ヨルデモンドにいい思い出がなかったからですな。」
ヨルデモンドにいい思い出がない。
でも、そんな苦手意識を植え付けられるほど、メカルはヨルデモンドと関わっていたのか?
メカルは普通の幼少期を過ごし、十代後半のころ徴兵されて、農業を仕事にしながら生きる普通の人物だったはずだ。
それにクロノオとヨルデモンドは戦争したことがない。
苦手意識を植え付けられるほど関わりはないはずなのだが。
まあいいや。
他人の苦手なものを詮索するのも良くないだろう。
俺は開き直って書状を見てみた。
相変わらず短い文で、
「ヒムラへ。
水道の案は興味深い。
国賓として招待しよう。
ヨルデモンドに来い。
ザガル。」
いやいやいやいや。
いきなりどうしたんだろうかザガルは。
一行目はわかる。
俺がグランベルに頼んでヨルデモンドに水道の案を送ってもらったのだ。
おそらくそれに目を通した上での返答なのだろう。
しかし、二行目からが訳わからない。
いきなり国賓待遇で俺が招待されている。
なぜ?
三行目のヨルデモンドに来いとか、いつ行けばいいのかも書いてない。
訳がわからないぞ!
脇から覗いているメカルも首を傾げて、
「なぜ国賓としてヨルデモンドに招待されているのでしょうか。」
と疑問符を浮かべている。
まず、いつ来ればいいのかがはっきりしていないとどうしようもない。
いつでも来ていいぞという意味なのだろうか。
疑問は尽きないが、この場にはメカルがいる。
全て加護で解き明かしてしまおう。
「メカル。」
「承知しております。日時やザガル様の目的などを調べれば良いのですな。」
「あ、ああ。」
俺が言おうとしていたことを予測して調べてくれる。
優秀な部下を持つっていうのはいいことだな。
メカルは目を閉じると何やら考え込むように眉を寄せる。
おそらく『知識の加護』を使っているのだろう。
世界の秘匿されていない情報に対してアクセスすることのできる加護。
ザガルがそれを世界に隠す意志がなければ情報を抜き取ることができる。
逆に隠す気があったら、まったくもってわからない訳だが。
しばらく待つと、メカルはこちらを見て、
「どうやらいつでもいいようですが、式の準備で三日ほどかかるので、それ以降が無難かと。」
「待て待て待て待て!式の準備ってどういうことだ?」
俺はメカルから出てきた言葉に違和感を覚えて問いただす。
式の準備ってなんのことだ。
それにメカルの言い方だと、俺たちもその式に誘われているようだ。
なぜ!?
「なんの式をあげる予定なのかはわかるか?」
「ええとですね。クロノオとヨルデモンドの友好の式のようですぞ。」
「はあ。」
友好の式って。
そういえば相互不可侵の他に貿易や技術協力もしているクロノオとヨルデモンド。
友好国と言っても過言ではない。
でも、そのことで大々的に式をあげる必要性があるのだろうか。
だが、せっかくヨルデモンドなどという技術大国に誘われたんだ。
その技術を視察することもできるかもしれない。
「よしわかった。行くと返事をする。」
「承知しました。使者の方にはそう伝えておきます。」
そう言ってメカルは速やかに部屋を出る。
さて、ヨルデモンドの、ザガルの目的はなんなのだろうか。
あの国王はグランベルとは違って強かな一面もある。
何かを狙って式をあげたのは間違いない。
式をあげるということは、世界的にクロノオをヨルデモンドの友好国として認めるということになる。
友好国とは、つまるところ対等な関係であるということだ。
そして今現在、多くの天神国家がヨルデモンド優位の条約を結んでいる。
つまり、それらの国家が相対的にクロノオよりも下となってしまうのだ。
反感や敵意を覚えるものも出てくるだろう。
つまりザガルは、クロノオの立場を悪くしようとしているのか?
ザガルはクロノオを目にかけている様子だったが、実はそろそろ排除しようと考えているとか。
いや、わざわざ式をあげてじわじわとクロノオを追い詰めるよりかは、戦争をした方が一気に終わらせられる。
クロノオとヨルデモンドの軍事力にはおそらく大きな差があるからだ。
赤子の手をひねるかの如くやって退けるだろう。
それをしないということは、他にも狙いがあるのだろうか。
わからないぞ。
ヨルデモンドはクロノオの味方か。
それを見極める必要がありそうだ。
「さて、グランベルにも聞いてみるか。」
国賓待遇ということは、国王がついて行ってもおかしくはない。
必ずグランベルのところにも書状が来ているはずだ。
「書状?来たぞ。」
何にも考えてなさそうな声で、グランベルが言う。
きっとこのおっさんは、ヨルデモンドの思惑とかザガルの陰謀とかまったく考えてないのだろうな。
チラッとグランベルの横を向くと、マーチがため息を吐いて、首を横に振る。
これは苦労しているな。
「ヨルデモンドの狙いは何か。ご存知でしょうか?」
「我には友好を結びに来たとしか思えん。友好国としての条約は結んだのだ。疑ってかかる必要がなかろう。」
マーチの前なので、グランベルはそこそこ威厳を出した声で返答する。
しかし、いくら威厳を醸し出したとしても、言ってる内容は「何も考えてない。」と言うことだけだ。
これはダメだな。
俺は体の方向をマーチに向けて、尋ねる。
「マーチさんもついていくの?」
「無論。」
と、頼もしい答えが返ってきた。
まあマーチがいるならグランベルも安心だろう。
とんでもない条約を結んでくるなどと言うことも無さそうだし。
それにしてもマーチ。
最近グランベルのダメさ加減を薄々感じているようだ。
しかし、グランベルに対する信仰はむしろ一層深まっているのだが、マーチはグランベルのどこに心酔しているのだろう。
まあいいや。
とりあえずグランベルと話し合って、三日後にクロノオを出ると言うことが決まった。
国王などの重要な役どころが揃って他国に赴く。
もちろんそのための準備で大忙しになるのだった。
メカルの過去に何が!?