一章 第五話 マルベリー・ニュートン
「おい、テゥオシア。奴は助けたのか?」
「ええ、助けたわよ。種も植えつけてきたわ。」
「開花したか。」
「いえ、まだ芽吹いてもいない。」
「どうして?」
「おそらく彼はまだ何かが足りない。」
「ほう、例えば。」
「例えば…そうね、溺れた蝶にはなにが必要だと思う?」
「…相変わらずなにを言っているのかわからん。」
「そう?結構わかりやすいと思うんだけど…。」
「まあいい。奴の様子をしばらくは見守ろう。」
「わかったわ。」
そこは、クロノオ王国の城のなか、王室である。
クロノオ王は考えていた。
今回襲撃してきた隣のシネマ国に勝つ方法を。
「やはり、軍の強化か。俺が指揮するだけでは間に合わない。」
すると王の護衛役の一人が王室に入る。
「王よ。シネマに勝つ方法について一つ案が。かなり有効なものかと。」
「本当かそれは!?」
「ええ、軍部です。」
「軍部…か?」
「軍部とは軍を扱うために作られた部門。ここに優秀な人材を集めれば、優秀な軍が出来ます。実際、様々な強国が軍部を設立しています。」
「なるほど。良いではないか。」
王は軍部を作ることを決めた。
しかし、問題は人材だ。
軍部に適した人材を探し出さなければならない。
王はさらに考える。
軍部をより良くするための方法を。
そして思いついたのが、
「試験をしてみてはどうかね?」
軍部選抜試験だった。
それに、一般市民も参加できるようにする。
なぜか?
軍を動かすのは、多少の知識の違いがあるにせよ、結局はリーダーの才能だ。
教養に左右されない。
その天性の才能の芽を探すため、王は言う。
「軍部を志願するものを国中から集めて、試験をせい!これはお…我直々の命令である!」
「はっ!」
護衛役マーチは返事をすると、急いで部屋を出て行った。
王、グランベル·キング·クロノオは椅子に座り、王国の未来について思いを馳せた。
俺は、王都の繁華街の隅っこに座っていた。
ボロボロの服を着て、ボサボサの髪の毛である俺を見れば、誰だってホームレスと思うだろう。
というか、実際ホームレスだ。
俺の住んでいた村は、襲撃され、シネマという国に支配された。
住むところをなくした俺は、このように繁華街の隅っこに座って、物乞いをしながら生活するだけだ。
もっとも、戦争に負けて、経済が悪化しているこの国で物乞いに応じてくれる人なんてほとんどいないが。
たいていは、無視、暴言、暴力だ。
飲み水は、近くの川でなんとかなっているが、食べ物は物乞いに頼るしかない。
と、考えていると通りの向こうからすこしお金を持ってそうな人が歩いてきた。
「すみません。すこしでもいいから食べ物くれませんか?」
俺は、その人に話しかけるが無視される。
「はぁ…」
なにが良くないのだろうか。
戦争のせいなのだろうか。
それかこの俺の不潔感満載の見た目なのだろうか。
また、金持ちそうな人が歩いてくる。
「すみません。食べ物をください。」
その人は俺を一瞥すると、
「ふん、物乞いか…。」
「ええ。」
「…もしかして、この前襲撃された村の子供か?」
「ええ、なぜ分かったのですか?」
「…簡単な話だ。孤児は孤児院に入れられる。故に子供は物乞いなんて普通しない。例外は、まだ国家に見つかってないほど新しい孤児だ。そして最近孤児が生まれそうな事件を漁ってみたら、思い至った。」
「ええ、そうですか。」
貴族にたいしては丁寧に接するべきなのだか、礼儀作法は全く知らない。
それにそんなことも考えられないほどお腹が空いていた。
そんなことはいいから早く飯をくれ!
「ワハハ、そう焦るな。銅貨10枚やろう。」
「あ、ありがとうございます。」
俺は、そいつから銅貨10枚を受け取る。
銅貨10枚は、日本での1000円に当たる。うまく使えば10日は持つ。
ちなみに、この世界では木貨幣10円、銅貨1枚100円、銀貨一枚10000円、金貨100000円相当だ。
「…俺の家は孤児引き取りを許可していない。まあほとんどの貴族がそうだと思うが…。すまないがまあ頑張れよ。」
「ええ、大丈夫です。…名前をお伺いしても?」
そう聞くと彼の顔は一瞬険しくなる。
あ、もしかして偉い人に名前を聞いちゃいけないみたいなルールあったのかな?
だが、そうではなかったようだ。
彼は顔を少し緩め、
「…フッ、名を聞くとは、面白い小僧だ。」
そう言うと、そいつは笑って、
「マルベリーだ。マルベリー・ニュートンだ。」
ニュートン。ニュートン家か?前世のあの有名な学者を連想する。
「まあ頑張って生きれよ。孤児院に入るのも手だ。」
そう言ってそいつ、マルベリーが去っていく。
いい人だった。
貴族の身分のはずなのに、明らかに格の違うホームレスの俺の為に立ち止まってくれたのだから。
マルベリー・ニュートンか、覚えておこう。
礼をする日がくるかもしれないのだから。
さて、俺が王都に来ているのはなぜかと言うと、もちろん軍を指揮する役どころに就く為である。
国の中心である王都に住んで、出世の機会を探しているのだ。
でも、現実は悲しく、この国、クロノオでは軍は全て国王が動かしていて、軍部などと言うものはないらしい。
そもそもあったとしても、完全に怪しい俺が軍部に入れるわけがない。
漫画でよくある、剣を振っているとお偉いさんが来て「お前には見所がある。」などと言って軍部に入れてもらうなんていう話は、もちろんない。
そもそも、剣を振れない。
そんな暇があるならご飯が食べたいというのが本音である。
それに、俺には人を殺せない。
少なくとも今は。
村が襲われたときに実感した。
人の命を奪うなんてこと、怖くてできそうにない。
相手がかわいそうだからとか、その家族が泣いてしまうからなどという大層な話ではなく、ただただ怖い。
まあ、そんなこんなでホームレス生活を送って一ヶ月。
俺は腰を上げて、先ほど貰った銅貨10枚で買い物をしようと立ち上がる。
すると、チラシ配りのお兄さんがこちらにビラを差し出してきた。
そして俺に向かって言う。
「ねぇ君!」
「なんですか?」
俺は早く飯が食いたいんだ。
手短に済ましてくれよ?
その意思を目でお兄さんに伝えると、お兄さんは笑いながら、
「そんなイヤそうな顔すんなよ。実はな、最近この国で軍部が出来たんだけど、軍部に入る為の選抜試験があるらしいよ。しかもそれは俺たちみたいな一般市民、君みたいなホームレスも受験可能なんだ。」
俺はそいつの言葉を一通り咀嚼して、驚く。
ん!?
軍部だと!?
この国、クロノオに軍部ができるのか?
そして試験をするらしいが、それは俺でも受験可能だと?
「本当かそれは!?」
「いきなりそんなぐいぐいこられても…。本当だよ。ビラを見てみろ。」
そう言われて俺はビラを見る
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クロノオ王国軍部設立について。
この度、クロノオ王国は軍部を設置することになった。軍事を司る重要な役職だ。試験を行うが、決して生半可な理由で参加しないように。選抜には、身分は問わないものとする。
軍部試験一覧
軍師部門、将軍部門、歩兵隊長部門、騎馬隊長部門、魔法使い隊長部門、隠密部門、知識補佐部門、外交部門
試験は明日、日が昇る頃に行う。
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これ程とは、
俺は驚いていた。
これほど俺に都合の良い話は他にはないからだ。
「ありがとうございます!」
「お、おう。そんなに喜ぶなんて。まさか試験受けるのか?」
「ええ、そのつもりです。」
「まじかよ!」
お兄さんは驚いた顔をすると、俺の肩を叩いて言う。
「頑張れよ!狭き門だと思うが。」
「はい!」
「それにしても小僧臭いな。何日も水浴びしていないだろう。」
余計なお世話だ。
何しろ、良い知らせだ。
ここで俺は軍部に入らなければならない。
村を取り戻すのだ!