二章 第二十話 セカン村への訪問
「やってみる気はないです。」
俺はすげなく断ろうとしたら、グランベルが慌てて、
「違うぞヒムラ。比喩だ比喩。」
「比喩、とは。」
俺はグランベルに尋ねる。
するとグランベルは人の悪そうな笑みを浮かべて、懐から何かを取り出した。
それは、一見すると紙だった。
ピラピラのその一枚は、この世界ではかなり高級なものだ。
紙には赤い文字で何かが書いてある。
「グランベル様。それは?」
「これは、全権委任状だ。」
全権委任状。
おそらく、国王の権利を全て預けることのできる物。
まさか、そんな代物を…。
「ああ、お前に貸してやる。」
とグランベルは言い放ったのだ。
「何故でしょうか。何かするべきことでも?」
「ああ、お前にしてほしいことがある。」
俺の疑問を肯定するグランベル。
こちらをみる目は射抜くように真剣で、断れる雰囲気ではなかった。
何をグランベルはしてほしいのだろうか。
「貴様の世界とこの世界の相違点についてだ。」
「相違点って、一体?」
「貴様のいた世界はよほど便利な暮らしをしてきたのだろう。塩や砂糖、先程の水道館の話もそうだ。その便利さを我が国に取り入れたい。」
なるほど。
確かに俺の世界のものは便利なものが多いからな。
「だから、まず俺の全権委任状を使って現場視察してくれないか?」
と言うのが、グランベルの頼みだった。
普段は抜けてるところがあったり、面倒くさがりのグランベルだが、やるときはやる男だ。
俺の知識に目をつけて、全てを委任する判断力などは、素晴らしい。
もちろん俺が断る理由もなく、
「お受けいたしましょう。それで、この全権委任状を使えば何ができるようになるのですか?」
「知らん。」
おい。
俺の3秒前の評価をかえせ。
グランベルは何も考えてない風な顔で、
「まあ重要な施設とか見れるようになるから、適当に見て回ってこい。」
「はあ。」
なんともアバウトな依頼だ。
だが、やはり俺の前世の記憶や知識が活かせるのは嬉しい。
社会科の教師をやってただけあって、この世界で役立ちそうな知識をたくさん持て余しているのだ。
それを利用する機会ができるのならやぶさかではない。
「わかりました。全身全霊で職務を全うしてみせます。」
「よいよいそんな堅苦しくなくて。気軽にやるがよい。」
俺のちょっとキメたセリフは、グランベルに軽々といなされたのだった。
そう言うわけで、翌日俺はある村に来ていた。
今はその村、セカン村の市のような場所で、人を待っている最中だ。
王都から一番近い村で、そこそこ人も多い。
何故村に来ているのかって?
もちろんグランベルに頼まれた視察をしに来たのだ。
見るべき点は農業に関してだ。
特に、クロノオでは小麦が農作物の主流だ。
小麦の粉はこの世界の主食だからだ。
と言うか、おかゆっぽくお湯につけて食べるだけだが…。
「ヒムラ様。」
こちらに近づいて声をかけてくる人。
俺は即座にそちらに目を向ける。
「あなたが村長の、」
「クオーツですぞ。ようこそおいでくださいましたヒムラ様。どうぞこちらへ。」
そう俺を案内してくれるのは、セカン村の村長クオーツだ。
髪の毛は無く、長い髭が白く脱色している。
腰は三十度ほどに曲がっていて、杖をつきながら歩いている。
老人を体現したような人物だ。
「クオーツさんはお幾つで?」
「クオーツで良いですぞ、ヒムラ様。今年で90ですかね。」
めちゃくちゃ長生きじゃないか。
中世ヨーロッパの世界観だから、人々も短命なんだと思い込んでいたが…。
俺が首を傾げていると、親切にもクオーツが教えてくれる。
「私の村にもともと魔法使い隊…今は魔導隊と言うのかな、お役目を終えて村に戻ってきた女性がいてのお。その女性に青魔法を使って延命しているのですよ。」
なるほど。
青魔法で延命することもできるのか。
クオーツは続ける。
「延命にはそれなりに熟練の魔法使いでなければできないし、体の負担も大きいので、その女性には私にだけ延命してもらっているのですよ。他のものには申し訳ないが、私も村長という身なのでね。死ぬに死ねなくて。」
と言って、苦笑するクオーツ。
確かに延命なんていうのは体の器官を色々と弄りそうだし、技術がないとできないことだ。
それを死にゆく人々全てにかけることができるほど、体への負担も軽くない。
悲しい決断だが、死なれては困る村長だけを延命させているのだろう。
クオーツは悲しそうに言う。
「私が死ねばこの村は混乱する。生憎息子が生まれなかったもので、孫も男は病死してしまい、跡継ぎがいないのです。私の死後、村長争いが起こります。それが嫌なので、ひ孫が生まれるのを待っているのですよ。」
と、淡々と話す。
この爺さん、かなり不幸だ。
自分の血筋に男がいないとなると、争いは起こる可能性大だ。
俺は少しクオーツに同情して、
「ならば、この村の村長争いが起きてしまった場合、早く収束するように手を貸そう。混乱を収めるくらいのことはできるかもしれない。」
と俺は約束する。
どうも俺は、このような後味の悪い話を聞くと、なんとかしてあげたい性質なのだ。
俺の言葉にクオーツは驚き、
「あ、ありがとうございます。これで楽に死ねると言うものです。」
「それはどういたしまして。後、できれば頑張って生きてください。」
俺のような人生経験の浅いものが言ってはなんだが、ぜひクオーツには、この善良な村長には生きててもらいたい。
そのために俺は戦争で負けるわけにはいかないのだと、決意を新たにした。
クオーツは俺に感激したように頷くと、深々とおじきをしたのだった。
クオーツと有意義な会話をして、たどり着いたのは小麦を粉にする工場のような場所だ。
その中ではたくさんの人々が小麦を石臼ですりつぶしていた。
なんでも、小麦を税として納める時には小麦を粉にしてから出ないとダメらしく、各村々で粉に引かないといけないらしい。
俺は、粉引き作業をしている一人の女性のもとに行った。
その女性は石臼、二枚の石板の間に小麦を入れて石板を回転させることで粉にひく代物を懸命に動かしている。
その石臼は前世のものと大きくは変わらない。
女性はこちらに気づくと深くお辞儀をして、
「これは軍師ヒムラ様。お初にお目にかかります。私はセカン村の魔法使い、フーラにございます。」
と言って、丁寧に挨拶をする。
まるでどこかの貴族のような挨拶の仕方だ。
と言うか、村の魔法使いということは、この人がクオーツさんの延命をしているのか。
「フーラよ。仕事は順調か?」
「大丈夫でございます村長様。それより、お体の具合は?」
「心配ない。大丈夫じゃ。」
「それは、よかったです。」
そう言ってフーラは笑うと、こちらに向き直り、
「それでヒムラ様は今回はどのような御用向きで?」
と尋ねてくる。
「農業視察だ。お前たちの働きぶりを見にきた。」
「まあ、それは!わざわざ足を運んでくださって。」
「ああ、どうも。それより、早速気づいたことがあるんだが。」
そういうと俺はクオーツとフーラの二人を見て、
「風車とか水車ってある?」