二章 第十九話 書状と申し出
ある昼下がりの午後、俺はのほほんとお茶を飲んでいた。
この世界にお茶があることに感心しながらも、当たり前のようにまずいお茶に諦めの境地に至っていた。
それでも、心が落ち着く味であるのは確かなのだが。
制度変更の式を終えて数日。
軍部の皆は多忙な日々を過ごしている。
アカマル、ドルトバ、ユーバ、テルルは志願兵の指導で半日を費やし、他にも兵たちのことについて様々なことを管理しなければいけない。
ロイ、レイは当たり前のように国境付近の警備や、周辺国の動向を調査している。
ユソリナはヘラクール商人組合をまとめ上げて、仕事を割り振ったり、自分自身も資料を整理したりと、多忙だ。
メカルもユソリナの補助をしているので、忙しい
え、俺はって?
もちろん部下が処理しきれない仕事を肩代わりしてやるのも重要だが、できるようならば口出しをしないのも上司の役目だ。
俺自身の仕事もそれなりにあるのだが、皆メカルやユソリナが処理してくれるので、俺はただ判子を押すだけで良い。
あとは、マルベリーのもとで加護や剣の使い方を学び、ドルトバのもとで騎馬を学び、テルルのもとで魔法を学んだりするくらいだ。
ああ、最近は志願兵訓練の視察にでも行って、皆に声をかけてるくらいだ。
正直暇だ。
色々と現代知識で遊びたいのだが、協力してくれそうなユソリナが多忙で、引き止めづらい。
せめて正式な仕事として、俺の知識が役立てたらなあ。
と思っていると、俺の部屋のドアがノックされる。
「大変ですぞ!ヒムラ様ああーー!」
大慌てで入ってくるのは、顔面蒼白のメカルである。
「どうした?」
「ヨルデモンドから、書状が!」
と言って、跪き一枚の紙を俺に渡してくる。
中を見ると、はじめに「ヒムラ」と書かれていた。
俺宛の手紙か。
中を読んでみると、
「ヒムラへ、
そろそろお前の知識の一つでも欲しいところだ。
寄越せ。
ザガル」
とだけ書かれていた。
そういえば条約で、俺の現代知識を実現してくれるみたいなものを結んだ覚えが…
ふと横を見ていると、まだ跪きながらメカルが震えていた。
「どうしたメカル。なんでそんなに怯えてるんだよ。」
「どうしたではありませんぞ!ヨルデモンドから書状が!戦争をふっかけられてきたのですか!?それとも金を寄越せですか!?どうしましょうぞ!?」
「待て待て、そんな物騒な内容じゃない。」
俺は興奮するメカルをなだめる。
メカルはこんな慌てるような性格だっただろうか。
今日の彼の慌て具合は今までで一番のものだ。
まあいい。
どれだけ人生長く生きてても、慌てることもあるだろう。
俺は一つため息をつくと、
「グランベルのところに行く。」
と言ったのだった。
「ヒムラよ。どうした。」
王室の奥に座っていたグランベルは、こちらを見るとニヤッと笑って声をかけてくる。
幸い、王室にはグランベル一人しかいないので、堅苦しい姿を見せつけなくても良いのだ。
俺は王の前に座ると、
「このような書状がザガル様から。」
「ああ、知ってるぞ。俺のところにも催促がきた。早くなんか考えろ。」
「ええ…」
なんかって言われてもなあ。
さっきまで現代知識実現したいとか言ってたのに、いざ何を実現しようか考えると迷いだすのだった。
今この世界にあるもので実現しやすいものか。
インフラ整備とかは?
水道とかの考えってこの世界にあるのだろうか。
確か井戸を使ったりしてるのは見たことあるし、水道の概念はなさそうだ。
ちなみにこの世界では水を魔法で生成するのはそれなりに高度な魔法陣を作らなければならないらしい。
そんな面倒なことをする人が各集落に一人いるはずがないので、皆井戸を使っているのだろう。
ならば、水道という概念はかなり革新的なのではないか?
「どうだ。何か思いついたか?」
とグランベルが聞いてくる。
水道のことについて話してみるか。
俺はグランベルに、水道のことについて教えるのだった。
「…つまりは、川の水から管を引っ張って、途中で浄化して各施設に送るというわけです。そして、使った水はまた浄化して川に流し込みます。」
「ふむ。面白いな。」
面白い、か。
だが、利便性が高いのは理解してもらえただろう。
グランベルは思考するように眉間にシワを寄せ、
「どのようにそれを実現するのだ?」
と聞いてくる。
確かに化学薬品や水を流す動力もないこの世界で、水を浄化したり、運んだりするのはのは難しい。
だが、そのかわりこの世界には魔法がある。
「まず第一に、川の水の浄化に関しては、赤魔法と青魔法を応用すれば可能です。赤魔法で水の温度を上げて滅菌。濾過を繰り返し、青魔法で水を浄化すれば可能です。」
赤魔法の「温度上昇」を使って100度ほどまで温度を上げて沸騰させれば菌類は死ぬだろう。
そして、川の中の不純物を濾過して落とし、青魔法で水を浄化する。
青魔法は生物の体内に作用を及ぼすものだが、実は生物の中に含まれている水や血液など、液体のものも浄化する作用がある。
この作用を応用することで、青魔法による水の浄化ができるだろう。
我ながら完璧な作戦だ。
だが、グランベルは納得のいかない顔をして、
「…確かに魔法を応用すれば浄化可能なのは分かった。だが、その魔法の使い手はどうするんだ。今や魔法使いは戦争では欠かせない人員となっているであろう?そんな水の浄化のためだけに魔法使いをかき集められるのか?」
あ、そうだった。
魔法を使えばいけると言っても、そもそも魔法を使える人がいなきゃダメじゃん。
使う赤魔法や青魔法は全て下位魔法のC級魔法だが、それを使える人は即座に魔法学校に入学させられ、兵士として活躍せねばならないくなる。
戦争で使わないわけにはいかないのだ。
そこを考えてなかったのは迂闊だった。
みると、グランベルがニヤニヤしながら俺を見ている。
完全に優越感に浸っているぞ。
グランベルは一通り俺をバカにしたような顔をすると、一息ついて、
「だが、貴様のいうことは確かに理にかなっている。だが、欠陥も多くあるということが分かっただろう。」
悔しいが、言う通りだ。
「だが、その欠陥を埋めるためにヨルデモンドがあるのだろう?」
そう言われて、俺は頷く。
確かにヨルデモンドは技術大国だ。
だが、魔法の研究に関してはあまり成果を上げているようには見えない。
もっと他に魔法大国と呼ばれる国は他にあるのだ。
だが、グランベルは
「確かにヨルデモンドは魔法に関してはそこそこだ。だが、ヨルデモンド城の地下には大きな魔法の施設があり、秘密裏に研究がなされている。それこそ、トップレベルの技術力だ。」
へーそれはすごい。
ってええ!
グランベルさん、そんな重要なこと話しちゃっていいの!?
「まあ、大丈夫だ!」
と、元気に笑うグランベル。
これはダメなパターンだろうと、俺でも分かる。
だが、ヨルデモンドがそこまで魔法大国なのは朗報だ。
もしかしたら、魔法使いを使わないで魔法を発動できたり、もしかしたら自動で魔法を発動するみたいなのもあるかもしれない。
夢が広がるなあ!
俺はグランベルの方を向くと、
「では、ヨルデモンドの方に話は?」
「ああ、俺が後でしとく。水道の構造などを紙に書いてくれ。それを俺がザガルに送ってやる。」
「ありがとうございます。」
よし、これでヨルデモンドの件は片付きそうだ。
そう喜んでいると、グランベルがふと俺を見つめてくる。
「どうしたのですか。グランベル様」
「いや、貴様のその突飛な発想。もっと活かせればなと思ってなあ。」
そして、グランベルはふと思いついたように顔を上げ、
「ヒムラよ。国王をやってみる気はないか?」
と言い放ったのだ。
あと十話ほどで戦争話入れます。
◯◯◯◯◯vs◯◯◯◯◯◯