二章 第十四話 ヒムラ強化
「まだまだそんなものか、小僧!」
闘技場にマルベリーの声が響く。
俺は「神速の加護」を再使用した。
体の中のエネルギーが増加するのを感じる。
俺は剣を構えて、マルベリーに向けて突進する。
「思考加速」を最大限に活用しても、一瞬でマルベリーの元に移動する。
俺は思いっきり刀を振り下ろす。
この攻撃は見えない筈だ。
ただでさえ刀は早くて見えないのに、それが三百倍になったのだ。
見切れるはずがない、が。
カキーーーーーーーン!
金属がぶつかる音。
マルベリーが俺の刀を受け止めていた。
そしてそのまま受け流されて、俺はマルベリーの後方に飛ばされる。
「ぶへっ!?」
思いっきり地面に突撃しそうになるのを、ギリギリで回避して、加護を切る。
マルベリーの声が聞こえる。
「加護を使う前に構えていてはダメだ。相手に読まれるぞ!」
そんなこと言っても無理だろ!?
「神速の加護」を使っている最中に刀を動かすのも難しいのに。
でも、確かに読まれてしまう。
俺は「神速の加護」を使う前に構えて、それを振り下ろすことでなんとか刀を扱っている状態だ。
それでも、まともに歩けなかった頃よりかは成長してると思うのだが。
まあ、それもこの体が頑丈なおかげだろう。
「…。」
俺が膝をついていると、マーチが無言で手を伸ばしてくる。
マーチとも、それなりに信頼関係が結べているように感じる。
初めは俺を敵対視していたけどな。
まあ、それでもグランベル大好きと言うのは変わらないらしいのだが。
「ありがとうマーチさん。」
俺はマーチさんの手を取ると、グッと立ち上がる。
まだ修行を始めて一ヶ月だが、加護の制御はできるようになってきた。
「思考加速」の効力もどんどん伸びていき、かなり楽に移動ができる。
だが、剣を握るとなると話は別だ。
セキじいの剣を使ってマルベリーさんと打ち合いをしているのだが、どうも先読みをされて傷一つつけれない。
だが、成長しているのは感じるので、やりがいは感じているが。
「神速の加護」を実戦で使えるようになるには、もう少しかかるのだった。
目の前には、ずらっと並ぶ馬。
その数おおよそ200頭。
クロノオの貴族がもっている馬をできるだけ買い占め、シネマ国やヨルデモンドから上質な馬を買った。
全てクロノオ騎馬隊のためだ。
「よーしよしよし。」
今はドルトバが「愛馬」を使って馬をあやしているところだ。
本当に便利なスキルだと思う。
「じゃあ、ヒムラ様。どれが好みかい?」
まるで自分が馬の主人であるかのようにドルトバが聞いてくる。
俺はこの半年間でドルトバに認められるほどには馬の扱いも上手くなってきた。
様々な命令方法も覚え、馬の飼育の仕方や愛され方などを教えてもらった。
そろそろ自分専用の馬を持ちたいところだ。
「神速の加護」で移動すればいいだって?
違う違う。
戦争オタクからすれば、馬に乗ったり兜をかぶったりするのは憧れに近い。
て言うか憧れだ。
「どれにしようか。やっぱり漆黒の黒かな。いや、燃える赤。煌く白…俺に似合うだろうか。」
ぶつぶつ言っているのは、馬の色に関してだ。
白馬の王子様的なのも面白そうだが、やはりここは黒だろう。
軍師っぽくてかっこいい。
「それじゃあ、どの子がいいかなー?」
俺が馬をキラキラした目で見つめると、ドルトバが呆れたように、
「どれ選んでもあんまし変わりませんよ。性能はなるたけ揃えましたんでね。」
と、残念なことをいう。
でも、馬の性能を揃えるのは確かに重要だ。
馬の脚力がバラバラだと、必然的に進軍速度もバラバラになってしまう。
まあこればっかりは仕方がない。
と、俺に熱い目線を送ってくる一匹の馬を発見した。
「こいつは…。」
俺はその馬に近づいてみる。
馬の頭を撫でてやると、その馬は気持ちよさそうに喉を鳴らす。
まるで犬だ。
「こいつにしよう。」
俺はドルトバにそう言う。
ドルトバはため息をつくと、
「その馬は結構質のいい奴だ。お目が高えってもんですよ。」
と投げやりだ。
まあいい。
俺はこの馬と生死を共にする覚悟を固めるのだった。
「大炎炎円陣」
俺がそう呟くと、テルルの部屋の中に大きな炎が登場する。
そう、毎度のことながら魔法の修行だ。
もうすでに簡単な下位魔法のA級魔法を少しだけ行使できるようになっていた。
特に、魔力を一点集中させる赤魔法は使いやすかった。
コントロールもそれほど難しくもないので、戦闘では重宝しそうだ。
最も、赤魔法ではテルルやアカマルなどには敵わないが。
「まあまあね。」
テルルはそう評す。
全力を込めて魔法を放ったのだが、まだ足りないらしい。
だが、
「まあこれでも並の人間よりかはいい筋してるから、精進しなさい。」
とテルルに言われる。
最近、魔法を教える時のテルルの態度がさらに殊勝になってきた気がする。
もともと尊大な奴だったが、さらに磨きがかかった。
まるで何かに吹っ切れたような清々しい顔をしている。
まあそれも、魔法の講義までの話だ。
「じゃあ俺からは、部下への信頼を勝ち取るたった一つの方法ってのを教えようと思うけど…」
「お願いします。」
俺が、テルルのために前世の知識を教えるときは、意外にも素直に話を聞く。
真剣な眼差しで、俺の話に聞き入っている。
以前ではあり得ないことだった。
ならば、それは変化だ。
テルルはいい方向に変化をしているのだろう。
それを見届ける義務があるのだと、俺は思うのだった。
王都にあるクロノオ広場の片隅で、今日もある音がこだましていた。
それは、物と物がぶつかり合う音
全力が火花を散らして削り合う音
荒々しい呼吸の音
「…くっ、ハッ!」
俺は手に持った木刀を握り直し、マルベリーに向かって刀を振る。
フェイントを少し入れながら、体をよじらせて勢いよく相手の脇腹に木刀を打ち込む。
が…
「ふっ、甘い。」
手首を返したマルベリーが、俺の木刀を受け止める。
「くっ!」
卓越したその技を目の当たりにしても、まだ攻撃する。
今見せた技を我ものにしようと、必死に防御する。
木刀の打ちあう音は鳴るが、喋る声は聞こえない。
静かに、だが激しく、お互いは刀でコミュニケーションをとっていた。
志願兵制度に変更することを決定してからの一ヶ月。
俺は自分磨きに徹した。
馬に乗り、魔法を使い、剣を振り、神速で駆け抜けた。
それを繰り返して一ヶ月。
ついにこの日がきた。
そう、志願兵制度施行の日だ。
事前にアカマルやユーバなどに各集落を回らせて、志願兵制度の説明をさせた。
徴兵制から解放されたことにより、喜ぶもの七割、志願兵として働く決意をするもの二割。
特に気にしてなさそうなのが一割だった。
まあどちらにしろ、緊急時には徴兵する手筈とはなっているのだが。
今、クロノオの歴史に残る大きな制度変更がなされる。
あと15話くらいしたら、2章ひとつ目の戦争あります。(ちなみに戦争は2章で3回あります)