二章 第十三話 感情の吐露
「一つ、相談したいことがあるんだけど…。」
「ん?どうした?」
そういうとテルルはなぜか不機嫌になり、
「あ、あんたを頼らなきゃいけないのは不覚だけど、考えて欲しいことがあるの。」
とツンツンと言う。
なんか前世で、思春期に入った従姉妹みたいだ。
残念ながら俺には、妹も姉も娘も妻も彼女もいたことがないから、従姉妹か母親くらいしか身近な異性が思いつかないのだ。
おっと話が逸れた。
「おう。何を考えてやればいいんだ。」
「えっと、魔導隊が志願制になって、みんな訓練しだすじゃん。」
「そうだな。」
「その訓練って私がやるの?」
「そりゃそうだろ。」
お前は魔導隊のリーダーなんだろ。
でも、テルルは不安そうに言う。
「どうすればいいの?」
「…。」
忘れていた。
いくら魔法が使えるからって、魔導隊の隊長だからって、テルルはまだ少女の域を出ていない。
13歳。
中学一年生相当だ。
いきなりみんなを引っ張っていくと言っても無理がある。
今までは徴兵した時にだけ統制をすれば良かったので、まだ気が楽な筈だ。
多少雑に魔法の指導をしても許された。
しかし、これから求められるのはリーダーシップ。
千人ほどの魔法使いの信頼を得て、指示に従うように教育をする。
軍の統率能力で国の生死を分けることもある。
それほどまでに重い仕事が、この少女にできるのだろうか。
俺はしばらく考えたが、ハッと気がつく。
テルルは俺に、どうすればいいのと言ったのだ。
決して、やるかやらないかで迷ってるわけではないのだ。
テルルにやる覚悟はついている。
だが、どうすればいいのかわからないだけだ。
「覚悟は決まってるんだな。」
「ええ、私はこの国を変えるためにここに来たもの。」
その言葉をいう時テルルは、目を輝かせている。
きっとこの少女は、何かやり遂げたいことがあってこの軍部に入ったのだろう。
それなら俺は、それを後押ししてあげるだけだ。
「じゃあ、俺の前世の知識を教えてやるよ。」
孫子というのは、素晴らしい人物だ。
これは歴史に詳しい人物で有れば誰もが抱く感想であろう。
軍の動かし方や信頼の勝ち取り方、心構えにわたって様々な格言を残している。
俺も孫子の考え方を学んでいるからこそ、この世界で軍師としてやっていけてると言っても過言ではない。
その孫子の考えを、テルルに教えることにしたのだ。
上に立つものとしての自覚や行動の指針を教えた。
「信賞必罰という言葉が意味するのは、罰も信頼につながるということで…。」
「ヒムラ。罰が信頼に繋がるってどういうこと?」
「いい質問だテルル君。支配者が罰を公平に与えるということは、その人の公平さを物語る。それを感じ取った兵たちは、支配者を公平な人として信頼するようになるというわけだ。」
「なるほど。」
テルルが素直に頷く。
案外素直に話を聞くもんだなと思ったが、それだけテルルが必死なんだということがわかった。
少女のわりにたくさんのことを考えているのだろう。
じゃあ、俺はそれを補助してあげるだけだ。
わからないところを教え合うというのは、一見当たり前に見えて、お互いをかなり信頼していないとできない。
俺とテルルは、もうその域に達したのだろうか。
達しているといいなと、こっそり俺は思ったのだった。
「今日はありがとう。」
テルルがいつになく素直に言うと、少し不機嫌になり、
「べ、別にあんたに助けてもらったとか、救われたとかは思ってもないからね!」
これはそう思ってたってことでいいんだろうか。
なんか照れるな。
少し俺の知識を披露しただけなのに、こんなにも喜んでもらえるとは。
「まあ、またなんかあったら言えよ。」
俺はそう言葉をかける。
テルルは、まだ不安そうにして、
「えっとさ、私ってほら、魔法しか使えないし、リーダーシップもないし、13歳だし…。」
いきなりどうしたかと思えば、自分の欠点について独白し始めた。
今日のテルルはどうしたのだろうか。
なんだかいつもより不安定に思える。
「私って、軍部に必要なの?」
そう聞いてくるテルルの目は不安そうで、やはりいつもと違う。
でも、俺は思う。
なんてくだらないことを考えているのだろう。
軍部に必要かって?
そんなのもちろん…。
「お前がいないと俺は魔法を覚えられなかった。お前がいないとシネマ国は倒せなかった。お前がいないと魔導隊は強くならなかった。」
俺は唱えるように言う。
「俺だけでもこんなにテルルに感謝してるんだ。もっといろんな人に聞いてみろよ。きっともっと沢山感謝されるぞ。」
テルルが大きく目を見開く。
「お前はこのクロノオ軍部に必要な人物だ。誰もそんなこと疑っちゃいないよ。」
俺はそう締めくくる。
テルルが必要か必要でないか、悩むのもバカらしい。
当たり前に必要で、当たり前に頼りになる。
それこそ、さっきまで13歳と忘れていたくらいに。
テルルは大きく頷くと、
「ありがとう。」
と笑ってくれたのだった。
今日は嫌な日だった。
たまたま昔の頃の夢を見て、たまたま悲しい気分に浸っていたのだ。
ヒムラが気に食わなかった。
だって、年下なのにすごくうまく仕事をしてる。
みんなに必要とされている。
だから、
「私って軍部に必要なの?」
と聞いてしまったのは、ただの気まぐれなんだ。
心の深いところでいつも疑問に思ってたことが、つい口から出てしまった。
よりによってあのヒムラの前で、
なぜ、ヒムラにあんなことを尋ねてしまったのだろう。
―お前がいないと魔法を覚えれなかった
なぜ私はこんなにも泣きそうなんだろう。
―お前がいないとシネマ国を倒せなかった
どうして自分一人で抱え込んでいたのだろう。
―お前がいないと魔導隊は強くならなかった
どうしてヒムラはそんな言葉をかけてくれるのだろう。
―俺だけでもこんなにテルルに感謝してるんだ。もっといろんな人に聞いてみろよ。きっともっと沢山感謝されるぞ
私はどうしてこのことに気づかなかったのだろう。
―お前はクロノオ軍部に必要な人物だ。誰もそんなこと疑っちゃいないよ
憎たらしいと思える人に、私はどうしてこんなに救われているのだろう。
全部答えは出なかった。
ヒムラが気に食わなくて、どうしようもなく優秀で、でも、もしかしたら自分を見れていないだけなのかもしれない。
この心のわかだまりは消えそうにもない。
これからも尾を引いて残っていくのだろう。
でも、やっぱり、気に食わないけど、恥ずかしいけど、憎たらしいけど、
「ありがとう。」
今夜は少しだけ、いい夢を見れそうだった。