二章 第十二話 テルルの部屋にて
俺はテルルの部屋で魔法の練習をしていた。
テルルの部屋には強力な「対魔法結界」が張られていて、かなり威力の大きい魔法を使っても、周囲に被害は出ないそうだ。
俺は緑魔法の練習をしていた。
魔法陣を思い描き、それをいくつかの小さな魔法陣を掛け合わせる。
呼び起こすのは大きな風。
切り裂く刃を具現化させて魔法を放つ。
「風刃瞬爽」
魔法陣から大きな風が吹き、その中から光る刃が出現する。
その刃は真っ直ぐに的に向かっていくと思われたが、的に当たる直前で軌道が逸れて壁に当たる。
そしてそのまま刃は消滅してしまった。
脇で見ていたテルルが言う。
「威力は申し分ないけど、コントロールが全然ダメね。」
相変わらず厳しい。
魔法とは、基本的に一つの大きな魔法陣と、それに伴ういくつかの小さな魔法陣でつくられる。
大きな魔法陣は放つ魔法自体を決める。
魔法陣の種類によって、放つ魔法が「火力弾」だったり、「風刃瞬爽などと決まる。
そして残りのいくつかの魔法陣が、その魔法の威力や方向などを決定する。
つまり魔法使いには、大きな魔法陣に魔力を注ぎ込む技術のほかに、小さな魔法陣でその魔法をコントロールする技術が求められる。
俺は体の身体能力が飛躍的に上がっているおかげで、前者に苦労はしていないが、後者の技術にはかなり苦労していた。
俺は、ふと気になってテルルに聞いてみる。
「なあ、魔法学校ってどう言うカリキュラムでやってるんだ?」
「カリキュラム、ね。」
テルルが過去を懐かしむように目を細める。
「魔法学校っていうのは基本7年制なの。私は九歳くらいの頃に魔法学校に入って、飛び級を3回くらいして十三歳の時に卒業したから、あんまりカリキュラムに詳しくはないけど。」
と言って、ドヤ顔で俺をみる。
まあ、テルルがすごいのはもうわかっている。
「魔法には下位、中位、上位、最上位の魔法があるって言ったじゃない?下位魔法の中にもランク分けがされてあって、難しい順にA級、B級、C級って分かれているの。そして魔法学校では、下位魔法のB級C級の魔法が使えれば卒業できる。」
なるほどな、と俺は思った。
現在魔導隊で主に使っている魔法が、赤魔法で「大炎炎円陣」や緑魔法で「暴風雨地帯」、黄魔法で「大地炸裂」など、下位魔法のA級の魔法だ。
正直広範囲攻撃が重要である戦争では、A級魔法が重用される。
B,C級魔法では、広範囲への攻撃はできないのだ。
そして魔法では、集団魔法という運用方法がある。
複数人で魔法を行使することによって、難易度の高い魔法を運用できるのだ。
例えばB級魔法が使える魔法使い数人が集団魔法を使えば、A級魔法も使うことができる。
つまり、戦争時、集団魔法でA級魔法を使うためには、個々の能力がB級魔法を操れる程度でないといけないというわけだ。
そのことを考慮してのカリキュラムなんだろうな。
だが、やはり7年かけて下級魔法のBC級魔法全てを覚えるというのは、非効率な気がする。
どれか一つでもBC級魔法を扱えるようになれば、それで集団魔法でA級魔法を操れる技術が身につく筈だ。
そのことをテルルに話してみると、テルルは頷いて、
「まあ、そうね。それぞれの魔法毎に違う種類の技術が要求されるわけではないのよ。ある魔法を覚えたら、それより下位の同属性魔法は基本的に使えるようになる。」
やはり、か。
例えば青魔法の「治癒再生」を身につければ、それより下位の青魔法である「治癒」「疲労除去「回復」などは一発で使えるようになるのだ。
それなら、全てのBC級魔法を覚えるのではなく、飛ばし飛ばしでBC級魔法を覚えたら、最短ルートでA級魔法を集団魔法で使えるようになるんじゃないか?
だが、その問いのテルルの答えは、期待していたものではなかった。
「飛ばし飛ばしで魔法を覚える!?バカ言うんじゃないわよ。確かに魔法を全て覚える必要はないけど、全て覚えるほど訓練しなきゃ技術は身につかないの!」
「そ、そうなのか。」
何故か少し叱られた。
「効率よく覚えるなんて、あんたほどの身体能力が有れば可能でしょうけど、普通の人には7年が妥当だわ。自分が異質なんだってことを理解しなさい。」
そういうことか。
確かにさっきの発言は魔法学校の人たちを軽くみる発言だった。
反省しよう。
だが、そこで一つのことに思い当たる。
「でもさ、いくら魔法陣に魔法を流し込む技術が同じでも、属性毎に違いはあるんだよな。」
テルルは頷いて、
「確かにそうよ。赤魔法には一点に集中させるような感じで、青魔法は包み込む感じ。緑魔法は散らばらせる感じで、黄魔法は突き上げる感じ、ってところかな。」
俺もこの考えには同意だ。
魔法を使うものとして、この感覚は必須なのだ。
そして、同じ色の魔法で有れば、この感覚は全て同じなのだ。
例えば赤魔法最弱の「火力弾」と戦争でよく使われる「大炎炎円陣」に、魔法を流し込む感覚に大した違いはない。
ただ、必要魔力の大きさが違うので、それをうまく操れるかが重要なのだ。
魔法学校では、赤、黄、緑、青の魔法全てを覚えさせられるのだ。
しかし、その必要はないんじゃないか?
魔法学校の時点で、どの色の魔法を学ぶか魔法使いが決めれるようにすればよい。
そうすればわざわざ7年も魔法学校に通わなくてよい。
俺はテルルにそのことを話し、
「……ってな理由で、魔法学校の生徒がそれぞれ専門の色を決めて、その色だけを学ぶっていうのはどうすか?」
「まあ、あなたにしてはいい案ね。確かに一つの色だけを極めるのにそんなに時間はかからないわ。3、4年ってところかしら。」
褒められた。
最近、どっちが上司か分からなくなるのだが。
まあ、ある時には上司と部下、またある時には先生と生徒、ってな関係でいいと思う。
「だけど、それは2つの欠点があるわ。」
おっと先生は手厳しい。
「一つは、万能な人材がいなくなると言うこと。それぞれが専門の色を決めたら、それ以外の魔法は使えなくなる。例えば戦場で負傷者が沢山でて、青魔法の使い手が沢山欲しい時、今までの制度だと全員が青魔法を使えるので、困らない。だけど、あんたが言った制度にすると、青魔法の使い手が限られちゃうの。」
確かにそうだ。
いわば柔軟性がない。
テルルは2つ目の問題を指摘する。
「二つ目はね、そんなに早くして意味ある?ってこと。大体みんな10歳くらいの頃魔法学校に入学する。3、4年学んで14歳。そんな少女を戦場にわざわざ駆り出すほど、人材には困ってないでしょう。」
14歳を少女とか言っているが、自分がまだ13歳だということを忘れているのだろうか。
まあテルルに指摘されたところはそんなところだが、別にその反論は用意してある。
俺はテルルを見つめ、
「反論しよう。まず、俺は別に魔法学校は7年制でいいと思う。そのかわり質のよい魔法使いを育てたい。今までがBC級全ての下位魔法が卒業条件だったから、一つの色でいいからA級までの魔法までできて卒業とか。」
「7年でA級魔法を取得、ね。無茶なことを言うけど、一つの色だけならいけるかもね。」
「だろ。それに柔軟性が失われるが、個人個人の能力は増加する。うまく動かせば今まで以上の成果を上げれる。」
「確かにそうね。」
テルルは同意して、
「その制度、採用しましょう。今は魔法学校に口出しする権利も持っているのよ。私の権力でどうとでもしてやるわ。」
できることが増えた子供とはこのようなものなのだろうか。
しっかり見張っていないと。
テルルが、ふと俺に尋ねる。
「一つ相談したいことがあるんだけど…。」
その声は少し震えていて、どうも俺の不安を掻き立てるのだった。
魔導隊や魔法学校についての説明が少し分かりにくいかもしれません。
また機会が有ればしっかり説明します。