二章 第十一話 サトウ
「新しい食べ物。塩みたいにものですか?」
「ああ、そうだ。」
クロノオの食事事情は塩の登場で大分改善した。
まあまだみんな試行錯誤中という感じで、いろんなものに塩をかけてみては、ああでもないこうでもないと言っているらしい。
みんなが食に興味を持ってくれることは良いことだ。
さて、塩の次は砂糖だ。
甘いものは必須なのである。
「砂糖って知ってるか?」
「サトウ…?」
やっぱ知らないらしい。
というか、そんなものがあったら普通に食べられるようになってるよね。
俺はユソリナに砂糖について説明するのだが…
「砂糖っていうのは、簡単に言えば甘い粉だ。」
「甘い…とは?」
そうきたか。
確かに甘いものを食べたことがなければ、甘いという感覚もわからないわけか。
大丈夫かこの世界。
いくら人間ではないと言っても、さすがに味に拘らなすぎだ。
「えっと、果物ってあるか?」
「あ、ええありますよ。」
なるほど。
なら話は早いはずだ。
「果物の味が甘いって味だよ。」
「えっと、果物の味って?」
あれ、伝わらなかったか?
まあでもさすがに塩の時みたいに、まずいから食べてないなんてことはないはずだ。
基本的に美味しいはずだからな。
だが、衝撃的な答えがユソリナから返ってきた。
「その、果物というか、木の実は基本食べてはいけないんですよ。神話で、木の実を食べてしまった人は等しく死が与えられるのです。」
なんだと!?
食べてはいけないだと!?
だが、ユソリナは至って真面目な顔をしている。
俺がショックを受けていると、話を聞いてたミスチレンが付け足す。
「そうですよ。今でも果物を食べた人は、神の処罰を恐れてすみやかに処刑がなされます。だからヒムラ様。果物の味と言われてもわかりませんよ。」
なるほど、果物の味は禁断の味とかいう扱いなのね。
それは厄介だ。
砂糖を作る上で一番簡単そうなのが、果物から取る、なのだ。
なぜならサトウキビとかサトウ大根とか、原料になりそうなものを探すのに一苦労しそうだからだ。
その分果物はどこにでもありどうだし、絞ればいけると思ったのだが。
なんかこの世界は俺の食事の改善を妨害してくるような気がしてならない。
ここまで食に対してこだわりのない動物なんているかね?
「どうしますかヒムラ様。その、…サトウの味がわからなければ、多分それは作れません。」あ
と、悲しそうにユソリナが言う。
でもな、他に甘いものなんてあったか?
みんなに「甘い」とはなんなのかを知ってもらわなければ。
あれ、まてよ。
確かこの世界にはお酒があったんだっけ。
俺は前世ではお酒を飲んだことが数えるほどしかない。
だが、その中には確かに甘味があったことも記憶している。
じゃあ、酒の味をみんなに説明すれば、甘いって言う感覚がわかってもらえるんじゃね?
そのためには、
「ユソリナ、ドルトバを呼んできてくれないか?」
「ドルトバですね。わかりました。」
酒のエキスパートに聞こうではないか。
いきなり呼び出されたドルトバは、ユソリナの部屋を見て驚いていた。
「えっと、ユソリナさんの部下っすか?」
ドルトバの視線の先には、十人くらいの部下が甲斐甲斐しく資料の整理をしている。
まあもとは「ヘラクール商人組合」に加入していた商人なのだが。
ドルトバはそれを見て、
「俺にも部下が欲しいぜ。」
と愚痴ってたが、ドルトバの仕事は部下に任せるほど多くはない。
さて、酒の味についてドルトバから聞き出そうとしたが、
「おっと、ヒムラ様。それは禁断の味ですぜ。子供に教えるわけには…。」
「いいから早く話せ。」
最近ドルトバの煽りがウザくなってきた。
ここは一発上司としての威厳を見せた方がいいと思ったが、まあ後ででいい。
ドルトバは一つ咳払いをすると、
「酒の味ってのは、まあ苦いんですけど、その苦味の中で生み出される幸福感と、喉を通るときの…。」
「うんそこまででいいや。」
俺は途中でドルトバの話を遮る。
多分その「苦味の中で生み出される幸福感」が甘味なのだろう。
「その幸福感の味はどんなのだった。」
「んーどんなのって言われてもなあ。こう、お宝を発見した!みたいな?」
「さっぱりわからんが、まあいいや。」
どうやら甘いと言う感覚はお酒の中にあるらしい。
じゃあ、それでみんなに甘いと言う感覚を覚えてもらおう。
「じゃあ、ユソリナや商人組合のみんなにはお酒の中にある“甘味”について研究してもらおう。」
「承りましたヒムラ様。」
ユソリナが返事をする。
あとは…
「その“甘味”を覚えたら、その味がする植物を探してもらう。」
「えっと、つまり甘い植物ですか?」
「ああ、その植物の茎の汁は、甘いらしい。」
そう。
俺はこの世界でサトウキビを探してもらおうとしていた。
ない可能性があるが、やってみなければわからない。
俺はサトウキビの形状などをユソリナに伝える。
たしか、前社会の教科書で見た、細長い植物がサトウキビだとは思うが…。
まあ、そこはユソリナたちに頑張ってもらいたい。
「はい、商人組合の人脈などを使えば、世界中の様々な植物が手に入ります。すぐに、サトウキビなるものを見つけ出してご覧に入れましょう。」
ユソリナが自信ありげに頷く。
頑張ってもらいたいものだ。
数日後、サトウキビなるものは発見された。
いや、早くない!?
だが、「ヘラクール商人組合」のみんなが必死になって探してくれたらしい。
世界中の様々な植物を集め、それらを全て絞って舐めたとか。
こんな私利私欲のために組合を動かしたことに若干の後ろめたさを感じるが、まあみんなのためにもなるはずだし、いいだろう。
「なるほど!これが甘いと言うことですね!」
ユソリナが感激したように頷く。
ドルトバにも一応食べてもらったが、確かに酒の味に似ていると言う。
俺はこのサトウキビの汁を、うまく濾過したり結晶化させたりして、砂糖と呼べるものを作った。
色は茶色で、地球の砂糖っぽくはないが、甘いのは確かだし、いろんな食事にも応用できる。
王都ではいろんな料理ができているのだが、まだ調味料不足などで美味しくないのだ。
今回はその背中を後押しした形だ。
この世界には小麦や牛乳などはあるが、砂糖はなかった。
だが、砂糖を新たに作ったことにより、その三つを合わせて、あるものができるだろう。
そう、パンだ。
前世では、パンはヨーロッパの人々の主食として長年役割を果たしてきた、偉大な食べ物なのである。
これが作られれば、この世界の食料事情もすこしはましになるだろう。
俺はパンの作り方を書いた紙を、またユソリナに渡す。
今度のユソリナたちの任務は、パンを作ってもらうことだ。
俺はパンの作り方については、小麦と牛乳と砂糖あたりを適当に混ぜて、焼くくらいしかわからない。
きっとその方法ではパンは作れないだろう。
しかし、商人組合が試行錯誤して、パンの作り方を確立できたら、俺の目的は達成される。
パンがこの世界に出回るようになるのだ!
商人組合のみんなをこき使うようで悪いが、給料は出してるし、本職である商業に支障の出ない程度でやってもらっている。
それに、みんな俺の出すアイデアに興味津々なのだ。
砂糖が本当に発見されて、またもや味の革命が起こった。
その実績があるからこそなんだろうけどね。
俺としても、商人組合には信頼されていた方が都合が良い。
「ミスチレン!まだ資料の整理はできていないのですか!?」
「すみませんユソリナ様!」
また扉の向こうで大きな声が聞こえる。
ミスチレンはラーバンの命で、ユソリナのもとに仕えるようになった。
こき使われているようだが、頑張ってもらいたい。
さて、塩に続き今回は砂糖を作ってしまった。
クロノオが儲かること間違いなしだが、これによって各国に注目されるのも確かだ。
またザガルのような奴らが来るかもしれないな。
ヒムラの予想は当たらずとも遠からずだった。
各国はクロノオに興味を持つ。
それは確かな事実だ。
だが、誰もが穏便に話を済ませようとするわけではない。
力にものを言わせて、奪い取ろうとする輩も出てくる。
そのことをヒムラは、覚えているのだろうか。
この世界の食に関しての設定はまだしっかりと立ててはいませんので、矛盾点があるかもしれませんが、ご了承ください。
設定を立て直したら多分改稿します。