一章 第四話 敵襲と救恤
周りから叫び声が聞こえる。
「敵襲、敵襲だーーーー!」
「水を持ってこい!」
「女子供は避難しろー!」
「男は武器を持って来い!」
俺は呆然としていた。
あれ、俺どうすればいいんだ?
道の途中につったていると、大人の人に、呼び掛けられた。
「おい!君も避難しろ!」
「えっ、あっ、はい」
繰り返す。俺は呆然としていた。
火の海に包まれる村。あたりから叫び声が聞こえ、ある人は下半身が灰となっていた。ある人は崩れる家に潰され、ある人は叫び声をあげてみんなを避難させているが、すぐに誰かに刺殺される。
敵、敵がいる。
真っすぐに俺を目指してその刀を振り上げる。
俺は全力で逃げた。
避難所の方向へ。
敵は追っては来なかった。
怖かった。
漫画やアニメなんかは話にならない。
ドラマや映画よりも程遠い。
生々しい恐怖がそこにあった。
助けを呼ぶ声があちらこちらから聞こえて、それを全て振り切るように俺は走った。
足を止めてしまうと、助けてしまいそうだったから。
死ぬ苦しみを、生きる苦しみに変えてしまいそうだから。
「はっ、はっ、くっ……はあ」
疲れた。
避難所までも距離が遠いとかじゃなくて、すべての人間の叫び声が、俺をいじめた。
そんなに叫んでも、助からないものは助からない。
助かっても、火傷や傷などを一生追って歩いていくだけだ。
そう自分に言い訳しながら走ったので、疲れるのは当然だろう。
「お母さん、ヴォルフ、マリン、セキじい。」
この村でお世話になった人を思い返す。
死なないでくれ!
そう願いながら、俺は避難所まで走って行った。
俺は今、避難所で縮こまっていた。
「よく頑張ったわね、ヒムラ。」
母親に頭を撫でられた。
少し照れくさかったが、それを止めようとはしない。
「本当に良かった。」
母親は俺を抱きしめる。
なんだか嬉しかった。
異世界にきた俺の唯一の居場所が、この腕のなかにあるように感じる。
「「ヒムラー!」」
ヴォルフとマリンがこちらに向かって走ってくる。
よかった、無事だ。
二人は俺に向かって走ってきて、そのまま俺に激突した。
「おいおい、いてーよお前ら」
「えへへへー」
マリンが笑う。やっぱ可愛いな、こいつら。
ふと遠くを見ると、セキじいがみんなの前に立って演説をしていた。
「皆のもの、ここまで来ればひとまず安心じゃが、追手がいずれくるだろう。それまでに隣の村に逃げ込むのじゃ。なに、心配するでない。このクロノオ剣士十傑に選ばれたワシが、皆を守ってやろう。」
すると、様々なところから歓声が巻き起こる。
「大丈夫だ!俺たちには剣士様がいる!」
「希望が見えてきたな!」
「みんなで頑張って逃げましょう!」
すげえ、セキじいはこんなに村の人に慕われているんだなぁ。
セキじいはこちらを見ると、
「それに、ワシの弟子であるヒムラがいる!こやつもそれなりに戦える!」
と言い出したのだ。
ええっ!俺?
村のみんなはさらに興奮した様子で、「ヒムラ頑張れー!」や「村を守れー!」などと声援を送る。
いや、俺人と戦うのは初めてなんだけど…。
するとセキじいが近づいてきて言う。
「大丈夫だ。お前ならいけるだろう。」
そう言ってくれた。
俺ならいける、か。
いっちょやってみるか。
こういうところで村の役に立ってみたいなどと言う英雄願望があったのかも知れない。
俺は拳を突き上げて
「俺に任せろ!」
と叫ぶ。
みんながさらに興奮し、俺に向かって叫んでくれた。
よし、やってやるぞ!
セキじいが俺に剣を渡してくれた。
「これはワシが若い頃に使っていた剣だ。かなり高級で切れ味の良い。お前なら使いこなせるだろう。」
見ると、その剣は銀色の輝きを放っている日本刀のようなもので、なるほど切れ味の良さそうな代物だ。
2、3回素振りをして持ち具合を確かめると、俺は剣をしまいセキじいに言う。
「ありがとうございます。これでみんなを助けます。」
「うむ、期待している。もうすぐでみんなの逃げる準備が終わる。それまで体を休めろ。」
そうやって話していると、
ガラガラガラ、扉を開けて村の人が慌てて入ってきた。
「報告します!!敵の軍勢がもうすぐそこまで来て…ぐはっ!」
倒れた。
背中から血が出ている。
えっ…えっ!
「まずい!村のもの、急いで避難せい!」
そうセキじいが言うとすぐに、武装した兵士が避難所に雪崩れ込んでくる。
「ヒムラ、戦え!」
セキじいにそう言われて、俺はハッとする。
そうだ、俺がみんなを守んなくちゃ!
そう言って剣を構えたその時。
「ヒムラ!逃げて!」
母親の声が聞こえる。
慌ててそちらに向くと、母親が敵の兵士に刺されていた。
嘘だろ。
おい、そんな簡単に死ぬなよ。
俺は剣を抜くと、殺した敵兵に向かって走る。
敵に向かって、銀色の剣を振り下ろす。
突然の敵に驚いた兵士は、目を見開くが反応できない。
いける、殺った、と思ったが何故か体が剣の軌道をずらしてしまう。
え?
そのせいで、兵士はかすり傷を負うにとどまり、俺の方を睨みつけて、軽々と蹴り上げた。
少年の体の俺は、軽く吹き飛ばされる。
「グアっ!……っはあっ」
俺はなんで剣の軌道をずらしたのだろう。
答えは分かっていた。
怖かったのだ。
だれかを殺すことが、命を奪うことがこんなにも怖いものだとは思わなかった。
敵兵が俺に近づいてくる。
みんな、母親やヴォルフ、マリンなどは既に倒れている。
殺されたのだ。
セキじいは必死に刀を振っているが、数の暴力で押し切られてしまっている。
「生き残りだ!殺すぞ!」
敵兵士がこちらに向けて叫び、走って向かってくる。
その顔は勝利の喜びがにじみ出ていた。
クソっ、こんなところで終わるのかよ。
この世界のみんなも死んで、俺もまた刺されて死ぬのかよ。
剣を抜く気は起きなかった。俺には似合わない代物であったと思い知らされた。
セキじいは敵に押し切られ、斬られてしまっている。
母親、ヴォルフ、マリンはもう生きてはいないだろう。
村のみんなも、ほとんどが斬り殺されている。
どうすればいいんだ?一体どうすれば?
そう思った時、
「あなたはまだ死ぬべきではない。」
落ち着いた女の声が聞こえた。
えっ?
すると敵兵は俺から目線をはずし、
「あれ、おかしいな。この辺りに少年がいた気がしたんだが。」
と言って踵を返す。
えっ、どう言うことだ?
俺は少しの間考えて、女の声の主に話しかける。
「あんたが守ってくれたのか?」
「ええそうよ。あなたは必要な人材だから。」
「必要とはどう言うことだ?」
「あなたはまだそれを知る必要はない。まあ、悲しんでるのはわかるけど、あいにく助けてもあげられない。」
そういうと、女の声の主は言う。
「とりあえずここから動かないで。ここには魔法で対認識結界を張ってる。自分から出ない限り見つからない。」
「…わかった。なんで俺を助けるんだよ。」
「さっきも言ったわ。必要だからよ。」
俺がどんな奴らに必要とされているのがわからないが、助けてもらうならそれに越したことはない。
俺は動かないことにした。
「じゃあ、いくわ。せいぜい頑張って。」
「待ってくれ。名前は?」
「名前?」
声の主は面白そうに笑うと、
「テゥオシアよ」
そう言うと声の主、テゥオシアの気配が遠ざかる。
「テゥオシア…か。」
俺は聞いたことのないその名前のことを考えると同時に、村の人たちについて考え、少し泣きそうだった。
おそらくこの村はもう敵の領土となっている。
俺は一呼吸分考えて、
よし、決めた。
俺はこの村を取り戻す。
俺が頑張ってこの村を敵から取り戻す。
そのために、
「この国の軍、いや、それの幹部になるか。」
この国の軍の幹部になる。
そしてこの村を取り戻すことを提案するのだ。
俺が敵国に戦争を仕掛け、勝利する。
ヒムラがそう決意した時、ヒムラの心の中に一つの種が生まれた。
その種は、土壌が整うと急速に成長を開始して、やがて一輪の花を咲かせる。
それを人々は加護という。
そうして、その種、「救恤の芽」は、ヒムラに根付いたのだ。