二章 第八話 ヨルデモンドとの条約
ユソリナは、10分後くらいにやってきた。
ロイにしては連れてくるのが遅いなと思ったら、どうやらユソリナが交渉するのを渋ったらしい。
少し前に見せた、「私がするには割に合わないので。」を繰り返して、部屋から出てこなかったとか。
まあ、相手が大国ヨルデモンドと聞いた時点で逃げ出したくなるのはわかるし、そんな人相手に交渉したくない気持ちもわかる。
まあ、なんとか説得して連れてきてくれたロイには感謝だな。
「説得はレイがやりました。」
やはり、めんどくさそうなのは妹に押し付けるんだな、お前。
まあいい。
今は恐怖で顔を引きつらせているユソリナをうまく宥めて、交渉のテーブルについてもらうことが先決だ。
「おい、ユソリナ。」
「あの、ヒムラ様。私、本当にザガル様と交渉をしなければいけないのですか。」
涙を目に浮かべて、ウルウルと俺を見つめるユソリナ。
何やってんだか、お前は外交担当だろ。
「ああ、だがユソリナ。俺はお前を信じている。この交渉が成立すれば、クロノオは大きな発展を遂げるだろう。その命運は、クロノオ軍部外交担当ユソリナにかかっているんだ!」
「私に…かかってる…。」
ユソリナはその言葉を反復する。
すると、どんどん目に生気が宿っていき、
「わかりました。ヒムラ様がそこまで言うのであれば、クロノオ外交担当ユソリナが、その偉大なお仕事をこなして見せましょう!」
と宣言し出す。
やはりユソリナは頼られるのが嬉しいらしい。
頑張ってもらいたいものだ。
ユソリナは椅子に座り、テーブルを挟んで向かいにいるザガルと向き合うと、
「では、交渉に入りましょう。」
と言い、ザガルも
「貴様の腕前、見せてもらおうじゃないか。」
と言う。
まるで、決闘をしているみたいな緊張感が漂っていた。
まず、ザガルが今回の条約の内容について説明する。
「今日結びにきたのは、ヨルデモンドとクロノオの相互不可侵条約だ。そして、こちらの要望で、ヒムラの知識を使って技術を生み出す手伝いと、クロノオとの貿易をしたい。もちろん、クロノオとの貿易には、塩を輸出してもらおう。」
ユソリナは少し考えて、
「その条約の内容だけでは、こちらが不利なように聞こえます。」
と言い放つ。
そうだろうか。
塩の輸出入はあちらに有利だが、俺の知識を形にしてもらうのは純粋にこちらの利益となるのではないか。
どうせヨルデモンドに作ってもらったものはクロノオに戻ってくるわけだし。
だが、ユソリナの目線からはそうは見えないらしい。
「ヒムラ様の知識が如何程かは存じ上げませんが、その知識で生み出した物や技術が価値の高い物であった場合、それはヨルデモンドにとって有利です。」
「フン、作ったものは全てクロノオに返すのだ。一体どこが不利と言えよう。」
と、ザガルも少し不機嫌な口調で反論する。
だが、先ほどの怯えはどこえやら、ユソリナは全く怖気付かずに、
「知識を技術にする方法を一方的にヨルデモンドが握っています。例えば、ヨルデモンドが隠れてその技術を使って儲けるかもしれません。もしヨルデモンドがこちらを裏切った場合、作ったもの全てをクロノオに返すと言う約束を破られる可能性がありますし、裏切っていなくても秘密裏でヒムラ様の知識で儲けるかもしれません。」
と、まくし立てる。
だが、確かにそうだ。
これは、クロノオとヨルデモンドの中で十分な信頼がなければ難しい。
ザガルは余裕の顔で、
「だが、こちらは大国でクロノオは小国。それくらいの不利益がちょうどよいのでは?」
と言う。
俺はザガルが本当にそう思っているのではなく、鎌をかけているのがわかった。
俺にわかることが、ユソリナにわからないわけがない。
「それならば、この条約の締結は不可能でしょう。」
と、ユソリナも攻める。
ザガルは観念したようにため息をつくと、
「さすがに外交専門なだけあるな。我が国の民は味付きの塩を欲しがっている。今回は塩を輸入すると言う条約を結ばないと国に帰れない。…まあ仕方ない。こちらが折れよう。ヒムラの知識でできた技術には、その仕組みを教える。あとは、ヨルデモンドの武器などの輸出を優遇する。これくらいでどうだ。」
と妥協する。
ユソリナはそれで満足した様子なのか、嬉しそうに頷く。
よし、そうと決まれば条約締結だ。
ユソリナが内容を反復する。
「では、今回のヨルデモンド、クロノオ条約では、相互不可侵は引き続き続行し、クロノオとヨルデモンド間の貿易開始。そして基本的に、クロノオは塩を輸出し、ヨルデモンドは安価な武器を輸出する。また、ヒムラ様の知識の技術化をヨルデモンドが手伝う。ヨルデモンドが技術化に成功したものは全てクロノオに返し、制作方法も教える。」
その時、ザガルが言う。
「あと、技術化に成功した物はヨルデモンドに安価で輸出してもらいたい。それくらいの利益がなければ、ヨルデモンドは技術化に協力しない。」
だが、ユソリナは強気に、
「こちらとしても、ヒムラ様の知識を技術にするとどれ程の利益が見込めるかわからないので、ヨルデモンドが技術化に協力しなくても良いのですが…。」
と言う。
二人とも頑張って自分の意見を押し通そうとしているが、俺の考えではヨルデモンドには技術化に協力してもらいたい。
なぜなら俺の現代知識が活用できなくて寂しいという、ただそれだけだ。
そのことを二人に伝えると、ザガルはニヤリと笑い、ユソリナはため息をつきながら、
「ヒムラ様がいうのであれば仕方がない。分かりました。こちらが折れましょう。技術化に成功した物は商品として安価にヨルデモンドに売ると。」
まあ、これでいいかな、と俺は思ったが、ユソリナがなぜか俺を恨めしそうな目で見てきている。
これはなんかやらかしたな、俺。
「じゃあ、条約締結ということで。」
ザガルが満足したように頷く。
これにて、ヨルデモンドとクロノオ間の友好条約が、非公開という形でありながら、締結されたのだった。
で、やはりユソリナは怒ってきた。
「あれでは、ザガル様の思う壺でしたよ。あの時の発言は私ではなくヒムラ様を揺さぶっていたのです。」
と、実はザガルは俺を誘導したらしい。
相手の方が一枚上手だった、って失敗した奴がいうことじゃないな。
ザガルもそれに同意し、
「まあ、自分の元いた世界の知識をひけらかしたいというのは、誰にでも持つ願望であろうよ。」
と、見透かしたように言う。
俺もやられっぱなしじゃ悔しいので、
「俺の現代知識無双に驚かないでくださいね?」
と言ってやった。
「正直このお嬢ちゃんは隙がない。相当な交渉上手だったから貴様を揺さぶったのだよ。」
ザガルはとため息をつく。
大国ヨルデモンドを引っ張ってきた国王をも唸らせるほどの交渉上手とは。
頼り甲斐のある奴だ。
「お褒めに預かり光栄に思います。」
とユソリナも跪く。
ザガルは豪快に笑うと、
「我にとっても有意義な時間であった。また来ようではないか。ヒムラ。」
と言って、空を飛んだ。
「はあ!?」
俺が驚いていると、ザガルが律儀に説明してくれる。
「我が持つ『大空の加護』は、空を飛ぶことのできるというものだ。なかなかに愉快だぞ。」
正直かなり楽しそうだ。
俺も『大空の加護』欲しいな。
てか、空を飛ぶ国王ってどうなの。
なんか不安になるんだけど。
ザガルはそれだけいうと、ヨルデモンドの方角に飛び去ってしまう。
まあ、なんというか、国王らしい国王だったな。
うちの気楽なおっさんとは違って。
ヨルデモンドとは、今後深い関わりを持ちそうだ。
俺は来たる将来に想像を傾けながら、ザガルに向かって手を振るのだった。
ザガルやグランベルの一人称や口調については後で訂正するかもしれません。