二章 第六話 賢王ザガル
新キャラ登場です。
俺たちは急いで軍事棟の入り口に行く。
軍事棟の玄関には、ロイが連れてきたある男が悠然と立っていた。
真白な鎧と漆黒のマントを風になびかせる大男。
“賢王”の二つ名を持つ、大国ヨルデモンドの主。
ザガル・クリスタルその人である。
そいつは俺を一睨みして言う。
「お前が、クロノオの軍師か?」
大国ヨルデモンドとは、クロノオの東側に接している国である。
この世界の大陸には北東に半島があるが、そのすべてを領土として持つ国なのだ。
ヨルデモンドを一言で言い表すのならば、天人国家の中心。
いわば天人国家の王である。
そして、ザガルがヨルデモンドを大国、ひいては天人国家の王にして見せた人なのである。
ヨルデモンドに住んでいる者だけに伝わる鍛治などの技術は他の国を圧するものがある。
天人国家で使用される質の良い武器の大半はヨルデモンド産である。
つまりは、ヨルデモンドがなければ天人が魔人に対抗する武器がなくなるわけである。
その立場を利用し、ザガルは大半の天人国家とある条約を結んだ。
それが、「ヨルデモンド共和圏条約」だ。
その内容は、ヨルデモンド産武器の安価な取引と引き換えに、ヨルデモンドへの不可侵である。
万が一ヨルデモンドへ戦争をふっかけてきた国があった場合、条約に参加している天人国家全てがヨルデモンドに味方すべしというものである。
つまり、ザガルの手によってヨルデモンドは、皆に守られている深窓の姫様という地位を手に入れたのである。
それに、ヨルデモンドの軍事力もバカにはならない。
国が抱えている聖騎士と呼ばれる人々が1万名ほどいるようだ。
その全員が鍛えられて、かなりの戦闘力を有するのだ。
魔法技術も最新のものであり、様々な新しい魔法が開発されている。
通貨も全てヨルデモンドが作っているのだ。
そのため物流の中心地でもあり、ヨルデモンドの都市は大きく発展している。
そんな大国ヨルデモンドがうちの国に何の用だ?
正直クロノオなんていう小国にわざわざ来る意味もない筈だが…。
だが、一つ心当たりがあるとするのならば…。
ザガルは白い粉を俺に見せて、
「我がここに来たのは、この旨い塩に関してだ。」
でしょうね。
俺たちはザガルを客室に通した。
もちろん軍部のではなく、城の中にある最高級の客室にだ。
部屋全体が金色に装飾されていて、壁には有名そうな絵画が何種類か並んでいた。
…この世界の天人は芸術も嗜むらしい。
ユソリナが急いで準備を整えて、俺、ザガル、グランベルがその客室にいた。
グランベルが口を開く。
「久しいな。ザガルよ。」
いや、待て待て待て待て。
相手は大国ヨルデモンド王なのに、何でそんな馴れ馴れしく呼ぶんだよ。
本当にこのおっさんは礼儀を知らないのか?
「そうだな。グランベル。」
だが、ザガルは気分を害す様子もなく、返事をする。
あれ、なんかおかしいぞ?
俺が混乱していると、ザガルが俺を見て、
「家臣が困ってるぞ。説明すればどうだ?」
とグランベルに向けて言う。
グランベルは一つため息をつくと、
「分かれ。」
ってわかるわけないじゃん。
小国クロノオが気安く接して良い相手ではない筈だ。
普通ならば訪れたら直ぐに跪き、貢物を献上しなければいけない相手である。
だが、グランベルとザガルはさながら親子のように仲良く挨拶をしている。
どういうことだ?
グランベルはこちらをチラッと見て、
「そろそろヒムラにも教えても良い頃だろう。」
ザガルは一つため息をつくと、
「確か、あれは「ヨルデモンド共和圏条約」をクロノオとも結ぼうとしたときのことだったな。」
と語り出した。
「俺の父は何故かプライドが高く、条約は結ばなかったんだ。」
とグランベルも言う。
グランベルのお父さん、どうも協調性とかそういうものがないっぽい。
そういう抜けてるところはグランベルに似ている。
というか、「ヨルデモンド共和圏条約」を結ばなければ、天人国家としてのまとまりからはじき出されるわけで、かなり危ない気がする。
それを結ばないのは正気ではない。
ザガルは
「そう、確かお前の父は「俺の息子を留学させる代わりにヨルデモンドとクロノオの相互不可侵を結んでくれ!」と言ったのだったな。それでこのグランベルはヨルデモンドの首都に留学し、クロノオとヨルデモンドは「ヨルデモンド共和圏条約」の代わりに相互不可侵条約を結んだ。」
と言う。
相互不可侵とは、対等な相手と結ぶような条約だ。
それをクロノオと結んだとなると、他の国家からの「何でクロノオだけ!」といった反発も激しくなる。
だからこの条約は表沙汰にしていない。
クロノオ内部でも、グランベルが信用している人にしか教えてないのだろう。
表向きはクロノオは天人国家のグループに属さない、孤独な国として存在しているのだろう。
だからクロノオは、どの国とも貿易をしたこともなかったというわけか。
グランベルは、懐かしがりながら当時の思い出を話す。
「俺がヨルデモンドに留学して、最初に驚いたのは美人が多いことだったな。毎日俺の布団を取り替えてくれる人がいてだな、そのお姉さんを眺めるのが楽しみの内の一つだったな。」
「貴様は確かその召使に嫌がらせばっかしていたはずだぞ。」
「ハハハ、本当に嫌がらせをしたかったわけじゃない。ただ話をしたかっただけだ。」
そう言ってグランベルは子供の自分を思い出すように笑った。
どうやらグランベルはヨルデモンドで楽しく暮らしていたらしい。
「ザガルにはたくさん遊んでもらったな。その当時流行のボードゲームだったら、俺の方が強かった。」
「いいやグランベルよ。我は手を抜いていたのだよ。」
グランベルとザガルは仲が良かったようだ。
それから、二人は当時のことを語り合った。
それを傍で聞いていた俺は、納得した。
どうやらグランベルはザガルをさながら親のように慕い、充実した留学生活を送ったらしい。
様々な教育もその時に施され、ザガル自らに国を治めるものの心構えを教えてもらったこともあるだとか。
グランベルがクロノオに帰り、先代の王が崩御し、新たな王としてグランベルがなった時も、ザガルは陰ながらグランベルを支援をしていた。
クロノオとヨルデモンドの間には深いつながりがあるらしい。
先程グランベルがザガルに対して気安く挨拶をしていたのにも納得だ。
すると二人は、同時に俺をマジマジと見始めた。
「グランベル。貴様何故このような子供を軍師に?」
ザガルがグランベルに尋ねる。
「こいつはクロノオ軍部の軍師ヒムラだ。軍師を選別するために試験を受けて、最高の成績を勝ち取ったすごいやつだぞ。」
とグランベルは鼻高々に自慢する。
ザガルは俺を全身見つめて、
「こいつは面白そうだ。」
と笑った。
何が面白いのかさっぱり分からないが、嫌な印象は持たれていないようだ。
まあ、とりあえず落ち着いたということで、俺は切り出す。
「では、ヨルデモンド国王ザガル様。本日はどのような御用向きで?」
「用件か。まあ、目的は二つある。一つは相互不可侵条約の更新期限だということだ。」
なるほど、お互いに、まだ相手を侵略する意思はありませんと約束を交わすために来たのか。
これはユソリナに任せるとするか。
「そしてもう一つは…。」
と言って、ザガルは俺を見る。
「ヒムラと言ったか。貴様、何者だ?」