二章 第三話 特訓!
評価してくださった方、ありがとうございます。
闘技場に待っていたのは、やはりマルベリーとマーチだった。
「よく来たな小僧。」
「…。」
「よっ!マルベリーさん、とマーチさんかな?」
俺は元気よく返事をしながら尋ねる。
「…。」
マーチは無言で頷く。
なんか寡黙なんだよなこの人。
というか、グランベル以外には興味がないというような感じだ。
マルベリーが俺に言う。
「まあ小僧。とりあえずその加護を使ってみろ。」
まじかよ。
早速来たか。
正直自分が死ぬかもしれない加護を使うのは怖いが、使わなきゃ始まらない。
「わかった。」
俺は体の中の神々しいものに意識を傾けて、加護を使用する。
やはり何も変わらない。
「わかった小僧。そのままゆっくりこちらに歩いてこい。」
マルベリーがこちらに向かって叫ぶ。
俺は一つ頷くと、慎重に歩こうと足を進める。
少し足を前に出しただけなのに、その足は高速で移動する。
「おっとっとっととととと!!」
ヤバイ足が止まらない!
一歩足を踏み出すだけでそのエネルギーが三百倍されるから、およそ三百歩動いてしまうと言うことになる。
必死に止めてみるが、思うようにいかない。
止まろうとしても、止まるためのエネルギーが逆に自分を後ろに持っていく。
ヤバイヤバイヤバイ。
これ一生止まる気がしない!
壁にぶつかりそうだがギリギリぶつからないというアトラクションを何往復かした後、ふと硬いものに受け止められた。
加護を止めてそちらをみると、マーチが俺を抱えていた。
「あ、ありがとうございます。」
「礼には及ばない。全てグランベル様の命令だからだ。」
そうさらっと言われてしまっては、なんか申し訳なくなる。
まあいいや。
俺は再度加護を使用する。
一歩踏み出してまた一歩戻るを繰り返す。
傍目には高速で前に行ったり後ろに行ったりしている頭のおかしいやつだ。
俺はそれをしばらく続け、マーチさんに止められるのを繰り返した。
ちなみにこのマーチさん。
やはり体術の達人と言われるだけある。
俺が高速でマーチさんの元に突っ込んでも、しっかりと受け止めてくれるのだ。
下手すると全身砕け散る可能性もあるのだ。
それをうまく受け流す様は、まさにプロとしか言いようがない。
まあグランベルが好きすぎるという点では謎の男だけど。
俺も特訓をしているうちに体が加護に慣れてきたのか、反応速度が上がってきた。
大体だが、うまく方向を決めて進めるようになった。
それでも、一瞬の内に何十メートル進んでいるってこともあるが。
もっと反応速度を上げたいと思った時、それは起きた。
体の中に何かがまた生まれたのだ。
『神速の加護』と比べれば微かだが、それでも存在感を放っている。
俺は迷いもせずそれを使った。
瞬間、景色が少しマシに見えるようになった。
何より動きが少し遅く感じるようになる。
そしてマルベリーやマーチの動きが相対的に通常より遅く感じる。
俺は察した。
これはおそらくスキル「思考加速」の影響だ。
こんなに簡単にゲットしちゃっていいの?と思ったが、まあ気にしないことにした。
とりあえず俺はマルベリーとマーチの前で止まり、
「俺多分「思考加速」ゲットしたわ。」
という。
すると、二人は驚く。
「そんなに早く…。」
とマーチ。
「小僧、お前やっぱすげー奴だ。」
と得意気な顔をするマルベリー。
「スキルってこんなに簡単に取得できるものなのか?」
と俺は聞くと、意外にもマーチが返してくれる。
「…スキルとはその人物の思いの結晶。その人の思いが強ければ容易に獲得できるだろう。」
と言う。
俺の思いか。
スキルに対する思いはそんなに抱いていないはずだが、何故だろう。
そこまで考えて俺は気づいた。
俺は先ほどの訓練中はずっと壁にぶつかって大怪我する恐怖に苛まれていた。
下手したら死ぬかもしれないのだ。
さすがに二度も死にたくはない。
その恐怖が強い思いとなったのではないか?
俺の「加護を上手く操らないと死ぬ」という思い込みが、俺にスキルを与えたのだろう。
マルベリーは言う。
「まあ、スキルにも強弱が合ってなあ。小僧の「思考加速」はまだ取りたてホヤホヤのの弱いものだ。まだ特訓すべきだな。」
と言われて、
「まだやんのかよ!?」
と叫んでしまった俺。
「思考加速」ゲットしたら終わりじゃないのかよ!?
正直、この加護を使うだけでもヒヤヒヤしているのだ。
俺が抗議の目でマルベリーをみると、マルベリーは豪快に笑って、
「小僧。そのコントロール力ではその加護は使いこなせん!なんせ、その加護を使いながら剣を振ってもらわなくちゃならないからな!」
おい!?
剣を振るなんて聞いてないぞ!?
こんなカツカツでやってんのに、剣を振るなんて無謀もいいところだ。
方向転換で精一杯なんだよこっちは!
「何を驚いているのだ?小僧。その加護は扱いにくいが、強力だ。軍師として持つべきだろう。」
と言いのけるマルベリー。
確かに、兵のとって仕える者が強者でなければ信用できない。
だが、俺は今はっきり言って弱者の部類だ。
剣術はまだまだ途上。
騎馬もなんとか乗れるレベル。
魔法だって、魔導隊の優秀な魔法使いに比べたら敵わない。
器用貧乏もいいところだ。
だが、『神速の加護』は俺のエネルギーを三百倍に増大させる。
単純なパワーが上がるのだ。
これを使いこなさないと言う選択肢は、今のところない。
「わかった。マルベリーさん。マーチさん。俺は人の上に立つものとして、力が必要だ。これからもよろしくお願いします。」
俺は恭しく礼をすると、
「任せろ!一人前に育ててやる!」
「…よかろう。」
と、頼もしく答えてくれたのだ。
その時マーチが何かを認めた顔をしているのを、俺は気が付かなかった。
それから俺は訓練を再開する。
何度も加護を使い、時には壁に激突し、時にはマーチに受け止められて、それでも必死に食らいついた。
「思考加速」の強さも、少しづつ高まっていくのを感じた。
特訓が終わり、俺は自分の部屋に戻ろうとすると、マーチに呼び止められた。
「ヒムラよ。」
「…なんでしょう。マーチさん。」
なんだろうか。
正直、あまり関わり合いたい人ではない。
マーチはグランベルの言うこと以外頑なに聞かないというほどの頭の硬い人だと噂されている。
俺はその盲目さが何故か気味悪く思えるのだ。
マルベリーは俺をしっかり見て、言う。
「俺はお前が嫌いだった。」
嫌われていたのか。
まあそりゃそうだろうな。
マーチはおそらくグランベルの事を気にしていのだろう。
グランベルは基本的に皆の前では感情を表に出さない。
威厳を見せつけるためだ。
そしてそれはマーチの前でも一緒だ。
おそらくグランベルは、マーチが自分の素顔を見て離れていくのが嫌なだけだろう。
グランベルがマーチを気に入っているからこその待遇だ。
逆に俺にはあけすけな態度をとるグランベルだが、だからといってマーチよりも俺の方が仲がいいと言うわけではない筈だ。
しかし、おそらくマーチは誤解している。
グランベルは俺を気に入っていると思っているのだろう。
おそらくマーチ自身よりも。
嫌われるのも無理はない。
しかし、マーチはこう続ける。
「だが、今日のお前の姿を見て考えが変わった。人の上に立つものとしての自覚がある。まるでグランベル様のようだ。」
「それは……どうも。」
嫌いだと言われた相手から褒められるのが、こんなにこっぱずかしいものだとは。
でも、意外だ。
マーチはグランベル以外認めないと言う感じの人物だと思い込んでいたが…。
考えを改める必要がある。
マーチは、誰かを正しく評価する力がある。
盲信的な人ではないのだと、考えを改めた。
俺は手を差し出して、
「マーチさん。これからも宜しく。」
と言うと、
「ああ。」
と答えてくれるのだった。
それから少しマーチは咳払いをすると、
「俺もグランベル様に気に入られるように努力しよう。」
「いやそれはグランベルは多分マーチさんを嫌ってるわけじゃ…。」
俺が全部言い終える前に、マーチは闘技場を後にしてしまった。
まあ、仕方ない。
また機会があったら伝えよう。
さて、俺はこれから軍事会議だ。
徴兵制について、決定を下さなければならない。