二章 第一話 神々しい何か
二章始めます。
クロノオとシネマの戦のあらましは、周辺国家に瞬く間に広まっていった。
クロノオの丁度東に面している国ヨルテモンドは…
「なるほど、1.5杯の兵力差を埋めたクロノオか…。」
そう呟くのはヨルデモンドの国王ザガルである。
その精悍な顔つきには、永年の国王の貫禄が感じられる。
ザガルは考えていた。
クロノオ軍師ヒムラの危険性について、
「それにクロノオ軍部が生み出したという塩。これほど美味しいとは。」
塩についてもそうだ。
クロノオ産の塩は、シネマを経由して大量のクロノオ産の塩が流れてきている。
その塩は味が付いているという前代未聞の代物で、製造方法もクロノオ以外知らない。
クロノオの塩は瞬く間に価格が高騰し、一躍人気商品になった。
さらに、肉にかけると美味しいということも分かり、それも人気だ。
そして、シネマ戦の快勝も、塩の製造も、辿ればただ一人の少年に辿り着く。
「軍師ヒムラ。」
初めはある村に住んでいた、どこにでもいる少年だったらしい。
それからヒムラの村がシネマに襲撃された。
ヒムラは物乞い生活を始めることを余儀なくされた。
ここまではまだよくある話だ。
このあと孤児院に入れられるか、飢えで死ぬかのどちらかが普通だ。
しかし、ある時クロノオで新しく作られた軍部の最高位である軍師の試験をヒムラは軽く突破して、一気にクロノオ軍師という地位を手に入れた。
それからシネマを奇策を用いて下した。
その奇策もなかなか性格の悪いもので、とても10歳の少年が立てたものとは思えない。
ザガルはしばらく考えると、家臣に、
「クロノオに行く。」
という。
ザガルはヨルデモンドの首都で笑う少年の姿を思い出しながら、
「グランベルはどうしているだろうか。」
と呟く。
ザガルのクロノオ訪問日は近い。
俺は軍部で資料の整理をしていた。
資料にはこの国の兵役人口や農業人口などが記載されている。
グランベルにその資料をくれるよう頼んだが「そんなチマチマしたことは自分たちでやれ!」と言われて、俺がわざわざ軍部総出で調べさせたのだ。
本当に威厳だけの国王だな。
まあそれはいいとして、今回限りで徴兵制を廃止することにしたのだ。
精鋭ばかりの常備軍の方が使い勝手が良いというわけだ。
その為に人口調査などをしたのだが、
メカルが資料を見て呟く。
「フム、おそらくこの様子だとおよそ千五百人ほどの歩兵隊、二百人ほどの騎馬隊、八百人ほどの魔導隊が出来上がるでしょう。」
と言う。
メカルの『知識の加護』では、世界に対して秘匿されていないすべての情報を手に入れることができる。
おそらくクロノオの国家情勢の情報を加護によって引っ張り出し、計算した結果がそれなのだろう。
騎馬隊はもともと馬に乗れる人が貴族たちなので、常備軍としても農業に支障が出るわけではない。
戦争をして武功を上げたいという貴族が一定数いることを考慮すると、この数字は妥当だ。
魔導隊に関しても、才能のある女性が魔法学校に入って経験を積んで魔導隊に入ってくるので、それなりに人数はいる。
それに、魔法学校で男性の入学も拡大させることで、さらなる増加が見込める。
そして歩兵はもともと農業に携わっている人たちが多いので、そんなに多くは取れないだろうと言うのがメカルの見立てだ。
「わかったメカル。すぐに常備軍創設告知の為の準備をしてくれ。」
「ハッ!」
メカルが礼をする。
ついでに、そろそろアレの問題も解決しなくてならない。
意を決してメカルに聞く。
「なあ、メカル。俺の体の中にあるこの神々しいものってなんだか分かるか。」
「神々しいものですか…。」
「ああ、もともと住んでいた村に行った時からずっとあったんだけど。」
あの時、俺がセキじいの剣を持った時に、体の中で生まれた神々しい何か。
なんだか危なそうなものなので触れてこなかったが。
さすがにその正体を知らなければまずいだろう。
「一般的にそれは加護と呼ばれるものです。」
メカルがそう答える。
加護だと!?
つまるところ、チート能力ってことか?
ワクワクし出す俺に、メカルは言う。
「取り敢えずヒムラ様。その神々しいものについて世界に“公開”していただけませぬか?」
「世界に公開?どういうことだ?」
「私の加護は世界に公開されている情報、つまり、誰に見られても良いと、情報を持つ者が考えて始めて『知識の加護』で閲覧することができます。」
つまり、俺がこの加護を誰にも隠す気がないということを世界に宣言すれば良いというわけだ。
「わかった。やってみよう。」
俺は心の中で考える。
(俺はこの神々しい力を秘匿しない!)
宣言したのかイマイチわからないが、メカルが目を閉じる。
おそらく今、俺のこの力について調べてくれているはずだ。
しばらくして、メカルがハッと目を見開けると、
「すごい!これは!」
と一人興奮し出した。
「おい、どうしたメカル。」
「素晴らしいですぞヒムラ様。ヒムラ様の加護はネームドです!!」
ネームド。
ああ、そういえばユーバの持っている『電撃の加護』もそうだったな。
確か、世界を滅ぼしかねない加護、だっけ?
それ俺が持ってるってこと!?
怖っ!?
なんで俺そんなの持っちゃってんのよ!?
「…で、どんな加護なんだ?」
メカルに聞くと、メカルは目を輝かせて、
「『神速の加護』でございます。」
と言い放ったのだ。
「『神速の加護』ねえ。」
「はい、体の速度に関するエネルギーをあげる加護らしいですな。」
とメカルがいうが、正直足が速くなるだけのような加護に聞こえる。
だが、次にメカルが話した内容に俺は腰を抜かすことになる。
「…おっ、速度エネルギーは、…およそ三百倍です。」
「三百倍!?」
三百倍って言ったよな!?
つまり、三百倍の速さで走れるってことか?
俺は頭の中で計算をして、歩いた時に大体400メートル毎秒出せることがわかった。
音速がおよそ350メートル毎秒なので、それよりも速いと言える。
音速並みの速さが出る加護。
それに走った時にはそれ以上の速度が出ることだろう。
すごいものを手にしてしまった。
「ヒムラ様、使ってみていただけますか?」
とメカルが言い、
「ああ、わかった。」
と俺が答える。
俺はこの世界での初めての特殊能力に胸を躍らせながら、体の中の神聖な力に意識を傾ける。
その力が俺に尋ねてくる。
(この加護を使うのか?)
俺は静かに肯定する。
すると、景色が一瞬で変わる…ということはなかった。
アレ、おかしいなと思って
「なあ、メカル。何も起きないぞ。」
と言って、気がついた。
明らかに舌が速く回っている。
唇が震えている。
常人とは思えないほど速く、
もちろんその声は、メカルに聞こえるはずがなく、
「…?なんと仰いましたか?」
と聞かれる。
相当な早口に聞こえたのだろう。
まあ、いいや。
そう思って俺は前に向かって歩こうとする。
次の瞬間、
ヅトオーーーーーーン!!
勢い良く壁に激突する俺がいたのだった。