一章 間幕 塩!1
二部構成です。
俺は黒澤飛村である。
そして、この世界である少年の体に憑依して、果てにはクロノオの国の軍師となったヒムラである。
この世界には大まかに言えば不満はない。
基本的な生活は送れるし、給料ももらえて、何より頼られる。
軍師という役だからかもしれないが…。
しかし、不満はないわけではない。
さすがに現代社会と比べてしまったら身もふたもないが、それでも許しがたいものはいくつか存在する。
さて、これから話す物語は、この世界でただ一つの許しがたい大きな不満についてである。
そう…それは。
「いや、これは過去最低点、3点をくれてやる。」
俺はユーバと共に繁華街を彷徨いていた。
屋台で食べ物を買い、それを歩きながら食べる。
所謂食べ歩きをしているのだが…。
「そんなまずいですかー?」
「まずいぞ。特にこのひょいひょい焼きとやらは。」
そうこの世界の大きな不満は、全体的に食べ物がまずい事だ。
唯一おいしいと思えたのがただの焼いた肉である。
それも牛、豚、鳥、羊などなら良いのだが、この世界には熊や猿などといったものまである。
それが俺の舌に合わないのは当然である。
特にこのひょいひょい焼きとやらは、味だけでなく食感も最悪だ。
見た目はは丸い餅を揚げて、串に刺したような感じだ。
しかし!
この、ふしゃふしゃ、と言うべき食感。
特になんの味もしない中身。
これを食事と呼ぶのは食事に失礼ってもんだ。
俺が顔をしかめていると、ユーバは首を傾げて、
「僕は生まれた時からこれを食べてから違和感ないですけど…。」
と言う。
今回食べ歩きにユーバを連れて来たのは、一番一緒にいて気が楽だからだ。
アカマルは女子の目線を集めすぎるし、ドルトバはなんか暑苦しい。
テルルは嫌がられるし、メカルやユソリナは今戦後処理で忙しい。
お前は戦後処理しないのかって?
いいんだよ部下に任せれば。
部下に任せるのだって立派な上司の仕事なんだからな!
ロイレイは基本忙しいので、普段会えないのだ。
俺が呼ぶとすぐにニョキッと影の中から出てくるのだが、わざわざ食べ歩きのために呼び寄せるのも悪いだろう。
となると一番見た目の年齢も近いであろうユーバといるのが一番いいのだよ。
それにしても、と俺は考えだす。
ユーバの言葉で納得した。
この世界の食事を生まれた時から食べてれば、そりゃ違和感ないわな。
どうやらこの世界では味に対するこだわりはないらしい。
「ユーバ。じゃあこのひょいひょい焼きは旨いと思うか。」
「それはさすがに思いませんよ。というか、旨いものなんて基本的にありませんよ。」
なんてこった。
だがこれは収穫だ。
きっと旨いものを食べたことがないこの世界の人々だが、味覚は前世とあまり変わらないらしい。
さて、次に俺たちは小麦の練り物を買う。
が…。
「味は…うん、小麦だ!」
純粋な小麦とはこういう味なのだと、しつこく俺に伝えてくる。
正直まずい。
ユーバも頷く。
「仕方ないですよ。旨いのなんて肉くらいしかありませんし。」
「…お前たち料理っていう概念がないのか?」
ユーバが首を傾げるので、どうやらないっぽい。
この世界の天人とやらは、よほど食欲に対するこだわりがないらしい。
しかし、味覚はあまり前世と変わらない。
そうと決まれば…。
「じゃあ、料理するか!」
異世界知識無双である。
俺は軍部に帰ってきてすぐにユソリナの部屋に向かった。
ユソリナは何やら机で作業をしてたようだが、まあ気にしない気にしない。
「ユソリナ、塩ってあるか?」
「塩ですか?ありますけど…。」
ユソリナは不思議そうに首を傾げるが、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。
塩があるならおいしいものは作れるはずだ!
「じゃあ、塩を用意してくれ。食べる。」
というと、何故かユソリナは驚く。
「えっ、食べるんですか…塩を。」
「いや、食べるも何も、美味しいだろ。」
俺はユソリナの反応を不思議に思うが、おそらく前世の塩と同じはずなのだ。
海水から取り、生ものの保存などに使われる。
唯一の違いは食事に使わないことなのだ。
きっとたまたま塩を食べてみようとした人がいないのだろう。
「いや、塩は美味しくありません。食べてもしょっぱいだけですよ。」
「それがいいんじゃないのか?」
「…え?」
「え?」
どうやら両者に認識の違いがあるみたいだ。
「とりあえず塩を用意しろ。」
「…ハッ。」
さて、この世界の食事改革といこうか。
というわけで、俺たちは海に来ていた。
クロノオは海に面しているので、塩もそこで作られているというらしい。
メンバーは、俺、ユーバ、アカマル、ドルトバである。
メカル、ユソリナ、ロイレイは相変わらずの忙しく、テルルは塩を食べようと誘った瞬間に部屋に引き篭もった。
そんなに塩が嫌いなのか?
というわけで暇な4人できたのだが…。
「おい、今日は塩を取りにいくわけだが、その格好はなんだ、アカマル。」
「えっ!?だって海に行くっていうから…。」
アカマルは塩を食べに行くと言うのに、海パン一丁で来ていた。
イケメンな上に体も引き締まっているので、女子からの目線は熱いが、今日の目的は海水浴ではない。
説教だなこれは。
「…まあいい。とりあえず塩を作っているところに行くぞ!」
「「「はい!!」」」
俺たちは嬉々として塩工場に向かうわけなのだが…。
「…マジかよ。これで塩作ってんの?」
俺は唖然とするほかなかった。
目の前には大釜がある。
その中には海水があり、火をかけている。
結晶としてできた塩をそのまま販売しているらしい、のだが…。
「さすがに濾過とかしないとまずい気がするのだが。」
海水をそのまま蒸発させているのだ。
おそらく濾過とかしないと、塩以外のものが大量に含まれる事になるだろう。
「そりゃまずいわな。」
おそらくユソリナが塩を食べるのに驚いたのも、テルルが塩を食べるのを嫌がったのも、この不純物が大量に入った塩を食いたくなかったんだろう。
「さて…。」
これをどうするかだ。
濾過をしたいのだが、濾紙なんてものがこの世界にあるのだろうか。
俺は男3人に濾紙があるか聞いてみたが…。
「不純物を通さないようにする紙?…紙ならたくさんあるよ!」
「不純物を取り除く…。そんなことせずに不純物は手で取り除けばいいんじゃないですか?」
「ワハハ!バカかアカマル!不純物は目に見えないもの!つまり自分の濁った心なのだよ!」
と、全く役に立たなかった。
仕方ない、仕事中に気が引けるが呼び出すか。
「ロイ!レイ!」
「ハッ!なんでしょうマスター。」
俺が彼女らの名前を自分の影に向かって呼ぶと、すぐさま二人の双子の姉妹が出てくる。
…つくづく思うが、本当に隠密の名にふさわしい加護だな。
「不純物を取り除く紙なんてものはあるか?」
「不純物を取り除く紙?わかる?レイ。」
ロイは一瞬考えるが、わからなかったみたいかすぐにレイに考えを求める。
レイは少し考えて、
「あっ!?紙じゃなくて布ならあります。なんでも水以外は通さないとか。」
ふむふむ、水以外通さない布か。
お誂え向きなものがあるではないか。
「わかった。忙しいところ悪いがその布の出来るだけ大きめなものを用意してくれ。」
「「心得ました。マスター。」」
そういうとロイレイはすぐさま影に潜る。
これで塩が作れるぞとガッツポーズを決める俺だった。
4/3日に間幕をもう1話あげます。