一章 間幕 ユソリナの手腕
「では、戦後処理について話し合いましょう。」
ユソリナが宣言する。
目の前にはパラモンドというシネマ国の忠臣、そしてシネマ国王カスタルである。
対してこちらは、ユソリナに護衛としてロイ、レイが付いている。
ちなみにカスタルとパラモンドはロイレイを、特にレイを見た時は顔を青ざめさせていた。
情けないことだ、と詳しく事の顛末を知らないユソリナは無責任に思う。
そう、クロノオの快勝と終わったクロノオ、シネマの戦争から二週間、たった今戦後処理会談が始まろうとしていた。
ユソリナは考えていた。
今回の会談で自分の技量をヒムラに認めてもらおうとしていたのだ。
今回の任務は金貨100枚を確実に取ることと、有利な貿易を行うための設定である。
ヒムラの想像以上の結果を出そうと意気込んでいたのだ。
それは特段ヒムラの望むところではないのだが、そんなことはお構いなしだ。
普段は控えめだが、交渉の時にユソリナはその本性を発揮する。
ユソリナはいつも通りのおしとやかな笑顔のまま、凄みのある声で、
「では、今回請求する賠償金についてですが、金貨10万枚を要求します。」
と言い放ったのだ。
「ちょ、お待ちなさってはユソリナ殿。」
ロイがすぐに止めにかかるが、ユソリナはそんなことお構いなしだ。
相手の払えない額を初めにふっかける。
交渉の基本だ。
見ると、パラモンドたちも慌てているように見える。
金貨10万枚とは百億円に値する。
この世界的では小国であるシネマ国にとって、その額はとても払えるものではない。
パラモンドは慌てながら言う。
「お待ち下さいユソリナ殿。そんな額払えるわけがありませぬ。」
「それでは、クロノオと徹底抗戦することをお望みですか。」
そう言い放つユソリナ。
その言葉は国王カスタルを恐怖させ、カスタルは
「それは嫌じゃーー!もうあんな思いをしたくない!」
と、怯えながら叫ぶ。
カスタルはパラモンドにしがみつき、
「この額を払って終わりにしよう。もう戦争はごめんじゃ!」
「待つのです王よ。金貨十万枚など払ってしまったら、財政が崩壊します。」
「じゃが、しかし戦争など…!」
パラモンドとカスタルの言い争いはつづく。
その哀れな様子を見てユソリナは口を開く。
「…払えないのであれば仕方ありません。金貨1万枚に下げましょう。」
「…本当か。」
カスタル王は一瞬驚くと、喜び出す。
しかしパラモンドは違った。
賠償金を引き下げるということは、対価を要求されるということだ。
どんなことが要求されるのかとビクビクしていたパラモンドを見て、ユソリナは優しく微笑む。
「そんな大したことではありません。ただ、我が国クロノオと貿易をしていただきたいのです。」
そう言い放つと、カスタルとパラモンドは驚く。
パラモンドは恐る恐る、
「…ユソリナ殿、そんなことでよろしいのでしょうか。」
と聞く。
ユソリナは一気に畳み掛ける。
「もちろんです。クロノオは海に面している国。海産物や塩を輸出いたしましょう。そのかわり、シネマからは農作物を輸出してください。」
「そんなことでよろしいのでしょうか。」
パラモンドは恐る恐るもう一度聞く。
そろそろ潮時だ、とユソリナは思う。
ロイレイの目線が痛い。
ユソリナはため息を一つつくと、
「私は今回ヒムラ様に金貨百枚以上は請求するなと言われています。そのヒムラ様に感謝して、相応の対価というのならば、賠償金は金貨百枚としてあげてもよろしいでしょう。」
「な、なんと!」
カスタルは飛び上がりそうなほど喜ぶ。
パラモンドも嬉しかったが、金貨十万枚を賠償金にされても文句は言えないのに、金貨百枚に賠償金を下げるというのは、並大抵のことではない。
相応の対価というのが気になっていた。
そしてユソリナは
(シネマ国がもっと粘るかと思ったけど、そのまま金貨1万枚になりそうな感じになったから金貨百枚に下げたけど…。まあいいわ。どんな対価を取ろうかしら。)
とほくそ笑むのだった。
パラモンドは
「それではシネマはクロノオにどんな対価を払えばよろしいのでしょうか。」
と聞く。
よしっ!とユソリナは心の中でガッツポーズをした。
ここまで来れば相手はもう人形に等しい。
どんな要求でも二つ返事で受け入れられるだろう。
この状況を作ることが初めからユソリナの、ひいてはクロノオ外交担当である。
相手の弱点、今回はカスタル王や戦争への恐怖であったが、そこをつくことが重要だ。
ユソリナは並大抵ではない交渉技術を持つのだ。
「では、まずクロノオとシネマの友好条約。そしてクロノオの緊急時には兵をこちらに差し出す。農産物に対しての関税、そして海産物や塩に関しての関税自主権の独占。相互不可侵条約。可能な限りのクロノオに対する情報提供。そして、」
ここでユソリナは言葉を切ると、強調するように、
「クロノオへの、国王グランベル様並びに軍師ヒムラ様への絶対忠誠。」
カスタル王が息を飲む。
パラモンドは一通り聞くと、仕方なくため息をつき、
「わかりました、その案に賛成いたしましょう。」
と言ったのだ。
シネマは実質クロノオの属国化したのだった。
それは特段ヒムラの望むところではないのはもちろんだが、ユソリナには関係のないことである。
ユソリナとパラモンドは互いに署名をした。
ここに、「クロノオ・シネマ友好条約」が結ばれたのだった。
そしてロイレイは
「帰ったらヒムラ様になんて言われるか。」
「そっとしときましょう姉様。」
と怯えていたのだった。
さて、俺は村のみんなを埋葬して帰ってきたのだが…。
何故か体の中に神々しいというべき力が漲ってくる。
なんか怖いからあまり触れないでおこう。
そして先程ユソリナたち戦後処理会談班が帰ってきた。
ユソリナはやらかしてないといいが。
さすがに俺はあれだけ強調したのだ。
金貨百枚より大きい額は奪ってはいけないと。
ユソリナは帰って一番に俺の部屋に来た。
「ヒムラ様!交渉大成功です!」
そう言って扉を開けて入ってくるユソリナ。
「よくやった。金貨百枚以上は取らなかったか?」
「もちろんです。」
よしよし、ユソリナはちゃんと言いつけを守ってくれたようだ。
と思ったのだが…。
後から入ってきたロイレイが青ざめた顔をしていた。
あ、これはやってしまったかも。
「おいユソリナ。」
そういうとビクッと肩を震わせるユソリナ。
何か隠していることはバレバレだ。
「…な、なんでしょうヒムラ様。」
顔をギクつかせて答えるユソリナ。
俺は優しい笑顔を浮かべると、
「なに、怒りはしないさ。言ってご覧。」
ユソリナは恐る恐る俺にきく。
「本当、ですか?本当に怒りませんか。」
「もちろん。」
酷かったら怒るけどな。
ユソリナは堰を切ったように、結んだ「クロノオ・シネマ友好条約」について話し始める。
へえ、貿易し出したんだ。
関税自主権の独占って、不平等条約じゃん…まあまだ許容かな。
相互不可侵、まあこれもありだろう。
情報提供…!?
戦力を借りる!?
忠誠を誓う!?
これって…
「お前、完全にシネマを属国化してるじゃねーかああ!」
「うわーー!怒らないっていたのにい!!」
怒らないわけないだろーー!
スルスルと影に潜り始めるロイとレイを睨み、
「おい、お前たちもだからな。」
と言うと、ロイはすぐさま跪き、
「当然承知しております、ヒムラ様。」
「いや、姉様は影に潜ろうとして「黙りなさい、レイ。」…は、はい…。」
それから俺はユソリナとロイレイに何時間か長々と説教をし始めるのだった。