一章 第二十一話 対シネマ戦3
作戦は成功。
「アカマル、緑魔法でこの紙の束を相手の陣へ飛ばせ。」
「ハッ!」
アカマルの指示で魔導隊は即座に円状に並び、巨大な魔法陣を描き出す。
「「「風力創造!!」」」
風力創造とは、下位魔法の中でも最高難易度のA級魔法である。
ありったけの風力を込めて紙の束を相手に送りつける。
つまり、先ほどの相手を煽る作戦の応用だ。
違いは二つ、一つは紙の枚数が前回に比べてとても多いこと。
もう一つは、手紙の内容が首都カスタルの襲撃を知らせるものであるということだ。
俺がこの作戦を思いついたのはシネマ国の地図を俺たちが手に入れたときのことだ。
およそ二週間前。
メカルと俺は作戦会議をしていた。
シネマ国の地図を広げながら。
初めに気づいたのはメカルだった。
「これは、シネマ国の首都カスタルに向かう途中で分かれ道がありますね。」
「そうだな。」
俺は返答する。
確かにこの分かれ道を使ったら首都を奇襲なんていうのもできるかもしれない。
だけど、
「一方の道は軍が通れるほど広くはない。裏をかいてその道を通るにしても、この狭さじゃ無理だろ。」
「で、ありますな。」
分かれ道のうち一つは広くて軍が通りやすいが、途中にブライ平原というだだっ広いところがある。
ここで待ち受けられると、ただの野戦になってしまう。
勝てないことはないが、厳しい戦いになるだろう。
となるとやはり奇襲をしたいところだが、もう一方の道はいかんせん狭い。
100人でも通れないくらいだ。
俺が悩んでいると、メカルが、
「テルル殿の魔法で首都を襲撃できませぬかね。彼女の魔法は集団魔法にも匹敵するほどの実力の持ち主。首都襲撃は容易いでしょう。」
なるほど、テルルなら都市一つをぶっ放せるんじゃね!?
俺はなんとなくテルルに期待を寄せる。
「まあ、そうだけど。そんな簡単に首都を襲撃できるのか?第一テルルだけでこの危なっかしい道を行かせるのか?」
「ロイ殿レイ殿を連れて行けば問題ないでしょう。二人は相当な手練れです。」
「なるほどな。」
確かに二人なら万が一ということもないだろう。
「でも、テルル一人で首都を襲撃できるのか?」
「まあ、そこは問題点ですが…きっとテルル殿ならやってのける筈。期待いたしましょうぞ!」
「ああ、そうだな。」
と、俺たちはすっかり作戦を立てた気になって喜んでいたのだが…
明日、テルルのもとに向かって話を聞いてみると、
「無理よ」
とすげなく断られる始末。
理由を聞くと、鼻で笑われた。
「よく考えてみなさい!?首都をぶっ放すってどんだけの魔力が必要と思ってるの!?それにそんな魔法、最上級魔法レベルの代物よ。個人に扱えるもんじゃないわ。」
確かにテルルに才能があるといってもテルルと同格かそれ以上のものはこの世界にたくさんいるのだろう。
そんな奴らが全員、都市一つを灰燼に帰すほどの魔法を使えるのなら、今頃この世界は消滅しているだろう。
さすがにテルルに期待しすぎたか…。
「まあ、建物一つ燃やすくらいならできるよ。」
と言われるが、それではなんの役にも立たない。
せいぜい近衛兵が慌てて消火に来るだけだろう。
近衛兵…兵!?
そこで俺は新たな作戦を思いつく。
「そっか、テルルの魔法で出陣した相手をおびき寄せればいいんだ。つまりは陽動。敵が慌てて首都に帰ってるところを追撃する。これで勝てるな。となると決戦の地はブライ…。」
「何をブツブツ言ってるのよ。」
テルルが怒った風に聞いてくるので、俺は
「お前のおかげで勝てそうだぞ。」
と笑うのであった。
作戦を言葉にすると単純である。
まず戦後処理会談でパラモンドに「首都を襲撃する」というようなことをほのめかす。
そして戦争では、クロノオ軍はブライ平原に進軍し、テルルとロイレイは別働隊として首都カスタルを目指す。
シネマとの戦争中は時間稼ぎに集中し、テルル達が首都を攻撃するのを待つ。
テルルは首都を攻撃し、ブライ平原に戻る。
おそらく首都を警備していたシネマ軍の部下が、テルルの魔法を見て危機感を覚える。
というのもテルルは建物一つを燃やすだけだが、首都が丸ごと焼かれるかもとその部下に思わせるのだ。
そしてそいつはブライ平原に行き、パラモンドにそのことを伝える。
パラモンドの隣にいるカスタル王は首都に帰りたくなる。
パラモンドは兵達の秩序を乱さないために、首都が襲われたことを兵に対して隠蔽し、戦略的撤退を試みる。
しかしここで俺が嫌がらせとして、「カスタルが攻撃された!!」という情報を書いた紙をシネマ兵全体にばら撒いて、首都襲撃を知らせるという、直前になって思いついた作戦を実行する。
自分の家が襲われるかもと危機感を抱いたシネマ兵は、我先にとカスタルに行こうとする。
つまり、パラモンドの指揮能力を各段に落とすのだ。
あとは首都に向けて逃げ出すシネマ兵を追撃だ。
我ながらずるい作戦だとは思うが、勝つためだ、仕方ない。
さて、今頃パラモンドがどんな顔をしているか、見物だ。
パラモンド自身も首都に帰りたいという思いはあった。
自分の家もそこにあるのだ。
まずは兵達に撤退を命じ、殿をしっかり決めて計画的に撤退する必要がある。
パラモンドの指揮能力があれば、それは容易いことだっただろう。
しかし、相手が悪かったのだ。
ヒムラがそんなことを許すはずがなく、たくさんの紙の束がシネマ軍中に届けられる。
「おや、なんだこれは。」
手紙を一つ手に取り、中を開けるパラモンド。
パラモンドの元に飛んできた手紙を見て、パラモンドは戦慄した。
手紙には、
「首都カスタルが襲撃された。君達の家族が狙いだ。」
とだけ書いてある。
みると兵士達もその手紙を見て、動揺を顔に表した。
兵達はその情報を鵜呑みにして、我先にと帰りたがっている。
それを見て、パラモンドは気づいた。
相手の軍から飛ばされた手紙、兵達を首都へ帰らせるのが目的だったら!?
それを追撃するのが奴らの目的。
この混乱している状況は奴らの想定内、いや、予想どおりなのだろうか!?
一人考えていると、また首都で見張りをしていたであろう部下がこちらに走ってきた。
パラモンドに跪いて言う。
「パラモンド様、首都襲撃はカスタル王様の屋敷を魔法で燃やしただけで終わったそうです。民衆に対して被害は出ていないとのこと。」
「まさか、そんかことが…そんなことが!」
ワナワナと震えだし、膝を落とすパラモンドを見て、部下は首を傾げる。
「特段悪い知らせではなかったように思われますが。」
「たわけ!奴らが狙っていたのは首都の襲撃じゃない。この兵達の状況なのだ!」
パラモンドはヒムラの思惑に気づいた。
その、悪質非道、前代未聞の作戦をたてた青髪の少年を。
だが、全ての卑劣さが許される戦場で、相手のそれを嘆くのは、自身の愚かさを晒すに等しい。
「早く兵に知らせなければ!首都は安全であると。」
そう言って立ち上がるパラモンドだが、もう時すでに遅し。
鎧を脱ぎ捨てた一人の兵士が、首都カスタルの方向に全力疾走をし始めた。
すぐにパラモンドの部下が捕えた、が。
それが皮切りとなって、シネマ兵達がどんどん鎧を捨てて逃げ出す。
「俺は娘が首都にいるんだ!」
「俺の婆ちゃんが危ない!」
「早く仲間に知らせなければ!」
「妻よ!生きててくれー!」
それぞれの願望を叫んで一斉に首都に逃げ出すシネマ兵。
パラモンドは一瞬の間思考し、
「仕方ない。統率できる部下を率いて直ちにここから逃げるぞ!王も首都へ行かず私についてきてください。」
「お、おう、わかったのだパラモンド。」
王の戸惑う返事を聞きながら、パラモンドはさらに決断を下す。
「我らは急ぎ近くの砦まで急ぐぞ!籠城戦だ!」