一章 第十八話 ブライ平原
俺は野営している途中真夜中に起きていた。
それは、ロイ、レイ、テルルを送り届けるためだ。
軍部一同揃って送り出そうとしている。
「では、行ってこい。」
「行ってきます。マスター。」
「くれぐれも負けませぬよう。」
ロイレイが頷く。
負けるわけがないだろう。
おそらく遥か昔の兵法をもとに戦ってくるシネマと、最新の戦術を知っている俺とでは、勝負にすらなるかも怪しいのだから。
戦術は経験が物を言う。
俺には実際に軍を指揮したと言う経験はないが、歴史から様々な戦術を学んだ。
今回の戦に関しても、勝つことすら簡単であろう。
時間稼ぎなど容易いことなのだ。
あとは、兵が言うことを聞いてくれるかが問題だが、それはこの一ヶ月訓練をした。
特に歩兵隊はグループに分けての模擬演習を何度も行ったのだ。
ほんと、ユーバには感謝してるよ。
あいつがどの程度まで教育してるかによるが…。
ユーバの天真爛漫な性格を思い出して、少し不安になったのだった。
「で、このレイちゃんとロイちゃんについていけばいいのね。」
テルルが言う。
「ああ、そうだ。ロイレイ、よろしく頼んだよ。」
「はい、それにしてもその呼び方はなんですか。」
レイが聞いてくる。
まあ、なんとなく呼びやすいだろ、ロイレイって。
レイは少し不満げだ。
ロイはと言うと、
「テルル殿、くれぐれも足を引っ張りませぬように。」
「なによあんた、礼儀ってものはないの!?」
とテルルが切れるが、ロイは全く気にするそぶりもない。
そういえばロイは毒舌だったんだっけ。
とまあ、微笑ましい会話はここまでにして、そろそろ旅立ってもらう。
すると、ふとテルルが気になったのか、俺に尋ねてきた。
「私の魔導隊はどうするの?」
「ああ、それはアカマルの指揮圏内に入ってもらう。」
そういうとアカマルは俺とテルルにイケメンスマイルを見せて、
「任せてくださいよ!」
という。
「あっ、アカマルさん、お願いします。」
と、明らかに照れているテルル。
なにを見せられているんだ、俺は。
「とまあ、そういうわけだ。みんな、明日に備えてたっぷり休んでおけ。」
「「「ハッ」」」
というわけで、この後ロイレイテルルを見送って、今日のところは眠りについた。
朝になって、俺たちは進軍を開始した。
シネマ国との領土を超え、2つに分かれている道を見つけた。
どちらも首都カスタルに繋がっているが、一方の道は狭く、もう一方は広い。
そして、広い方の道の先に、ブライ平原があるってわけだ。
俺は迷わず、広い方の道に進むよう指示する。
「本当によろしいのですか。相手の裏をかいたほうがいいのでは?」
アカマルが問うが、
「アカマル、それははっきり言って愚問だ。」
と、俺は厳しく返す。
俺は続けて、
「敵が兵を置いているかもしれないだろう。もし兵を置いているのなら、俺たちでは狭い道中で包囲されてしまう。兵を置いていないのなら、相手は兵を置く必要がないと考えたんだ。それほどまで狭い道であるということだ。」
と言う。
相手の裏を書くのならば、もっと突飛なことをしなければならない。
正直地図を盗んだ時点で、相手はそのことを危惧すべきだ。
パラモンドはそこまでの間抜けではないと思っているので、おそらく真正面から戦ったほうが良い。
アカマルはそれを聞くと、納得したように頷き、
「確かに、さすがヒムラ様です。」
お、おう。
なんだかこいつにヒムラ様と呼ばれるのはなんだか歯痒い。
まあ、慕ってくれているのは事実らしいし、いいかな。
「見えてきました。」
メカルが厳しい顔で俺に言う。
「ああ、そうだな。」
道が開けて、ブライ平原が姿を見せる。
そしてその後方に、シネマ軍が待ち構えていた。
「総員、すみやかに戦闘体制に移れ!!」
アカマルが叫び、みんなが動き出す。
「1番隊はそっち。5番隊はあっちで。」
ユーバが光の矢印で軍を動かす。
この一ヶ月でも移動は様になってきて、すみやかに陣を敷くことができた。
「よっしゃ!俺たちは陣の端っこで待ち構えるぞ!」
ドルトバが叫ぶ。
そして、アカマルの指揮下に入った魔導隊に指示すべく、アカマルは立ち上がって、
「魔導隊は後方に控え、対魔法結界を張れ!」
「「「はい!」」」
魔導隊が張り切って作業に移る。
そのうちの何人かが円になって、魔法陣を描き出す。
「「「対魔法結界!!」」」
一斉に叫ぶと、魔法陣が光の粒子に囲まれ、それが一気にクロノオ軍全体を覆うように張られた。
おお、これが集団魔法か。
初めて見たものなので、俺は少し興奮していた。
アカマルが張られた結界を見て言う。
「おお、おそらくこのレベルの結界なら、そうそう壊れることはないでしょう。テルルの指導のおかげですね。」
「ああ、あいつはどうやらスパルタだったらしいからな。」
それは以前、ユソリナとお茶を飲んでいる時に聞いた話だ。
ユソリナが魔導隊の軍事訓練の様子を見た際に、テルルが部下をめちゃくちゃ叱っているのを見たそうだ。
まあ、それで上達できているのなら、なにも言うことはないが…。
ちなみに俺とユソリナは軍部で暇になる確率が高いので、よくお茶を飲んでいる。
もちろん、ユソリナの性格を良い方向に持っていくのも俺の仕事だし、サボって可愛い女の子と話したかったわけではないぞ!?
そんなことはどうでも良くて、魔導隊が良く訓練されているのが分かるわけだ。
ふと、俺はある作戦を思いつく。
魔導隊の兵たちに、聞いてみると、
「えっ、風を起こす魔法ですか?まあ、緑魔法の集団魔法を使えば、大きな風は起こせますけど。」
とのことらしい。
となると、俺は作戦を実行すべく紙を大量にを用意して、そこにある同じ文言を書き続けた。
「それは?」
メカルが聞いてくるので
「ふっふっふっ、秘密だよメカル。」
と答えてやった。
ただ疑念があるとすれば…
この作戦がとてつもなく性格の悪いものであるということだけだ。
戦場は静かであった。
パラモンドは兵を集め、演説をすることにした。
そしてこのタイミングで、ある情報を兵に伝えることにした。
「皆のもの、今回の戦は殲滅戦だ。そして、初耳だとは思うが、敵の総大将であるヒムラという小僧が、我らの首都カスタルを襲撃すると言い出したのだ。我らは絶対にそれを阻止しなければならない!」
「「「うおーーー!クロノオぶっ飛ばす!」」」
兵が雄叫びをあげる。
それもそのはず。
首都には兵たちの大切な人たちもたくさん住んでいるのだ。
その首都を襲うなどと言われたら、兵が興奮するのも無理はない。
そして、それによって士気が上がるのであれば、パラモンドの狙い通りというわけだ。
このタイミングでこの話をすることによって、クロノオを許されざる国だと認識させ、兵全体の士気をあげる。
シネマ国を長年引っ張ってきたというのは、嘘でもハッタリでもなく、このパラモンド。
計画性を持って様々なものを動かしてきた。
しかし、今回はこれが逆にシネマに牙を剥くとは、パラモンドも考えなかっただろう。
全てはヒムラの作戦通りという事実に気づかず、兵の士気をあげてしまう。
そのことに気付かずにパラモンドは戦に備える。
やがて、兵の中央部で、中規模の爆発が起こる。
シネマ国の集団魔法が放たれたのだ。
それは、開戦の合図、この世界での狼煙のようなものだ。
次の瞬間…
両軍は攻撃を開始し、戦争が始まったのである。