三章 七話 神
選んだのは、最も頑丈な部屋だ。
もちろん、ノクアシスが何かした時の被害を最小限にするためだ。
「…少し壁の隅にヒビがありますね。」
「お前が壊したものだ。」
「その節は水に流しませんか?」
「お前が振った話題だが。」
こんな噛み合わないやりとりをするザガルとノクアシス。
ザガルはため息をつきながら、投げやりに言葉を返した。
ノクアシスはその反応すらも楽しそうにみていた。
完全に観察対象だ、とザガルはぼやきたくなった。
ザガルはノクアシスの興味の対象になったのかもしれない。
正直全く嬉しくない。
先ほどからトンチンカンな話題を振り続けるのだ。
と、そこでノクアシスは紅茶を一杯飲むと、
「では、本題に入りましょうか。」
「ああ、こちらとしても天使側と話し合わなければならない問題だからな。」
ここで二人とも真面目な顔になる。
ノクアシスとしても、この会談が重要なのだ。
「まずは、天人側に情報共有はなされていますか?」
「ああ、とりあえず各国に声かけはしている。」
「それでは足りませんよ。」
ノクアシスは、ザガルの試みをバッサリ切り、
「もうそろそろです。もうそろそろ天満対戦が始まる。だから、呼びかけでは足りません。各国同士の戦争中止や、戦力配置、そして何よりも、天使と天人が手を組むことの意味を念押して伝えなければ。」
「…なるほど。」
「今からやらなければなりません。絶対に。」
きて良かったと、ノクアシスは安心したような顔をする。
それをみて、ザガルは少しだけ気になった。
なぜここまで、天満対戦にこだわるのだろうか。
争いとか、戦いとか、奪い合いとか。
魔人を何度かみたことあるザガルは、彼らに対する言い知れぬ嫌悪感もわかるが、だからといって、ノクアシスのようにはなれない。
なにか、あるものに固執しているような。
「では、まずは魔人の詳細情報を伝えますよ。耳の穴をかっぽじって聞いてください。」
「…何だ?」
「魔人は基本的に戦力は天人側と同じです。そして注意すべき点が三つ。」
ノクアシスは指を三本立てて、
「一つ目は悪魔の存在です。基本的に天人は悪魔と相対しないでください。別格の存在が紛れています。」
「…それは、天使から見てもか?」
「ええ、私と同じくらいですよ。」
「自分で別格っていうんだな。」
だが、ノクアシスが認めるほどの強者となると、相当強いに違いない。
二十年前のノクアレン戦が思い出される。
あの時感じた格の違いを。
「で、それほどの悪魔何だ?天使にもあるように、悪魔にも呼び名っていうものがあるんだろう?」
「ええ、その悪魔は「傲慢の悪魔」といいます。」
「傲慢…。」
「権能は……そうですね、知らない方がいいかもしれない。」
「なぜだ?教えてくれた方が色々都合がいいし、対処法も思いつく。」
そういうと、ノクアシスは惚けた顔で、ザガルを見て、
「ぷっ…っ、あっははは!あっ…はあ…ぶはっはは!」
「なにがおかしい。」
「いや。…はあ、なぜってっ、?対処法があるなんて…くく、っ、思い込んでることですよ!」
「何だと?」
あまりにもこちらをバカにした物言いに、ザガルは少しだけ気分を害する。
自分も、この世界ではそこそこ戦える方だと思い込んでいた。
そしてヨルデモンド全兵力を合わせれば、あまり強くない天使には勝てるとすら思っていた。
ノクアシスにも何か対抗できるだろうと。
だが、それをお話にならないと一蹴するノクアシス。
ノクアシスは胸に手をやり、息を落ち着かせていう。
「絶対に傲慢には遭遇しないこと。天使がそこは対処しますよ。私たち七人以外は、おそらく一瞬で灰になりますからね。」
「認めたくはないが、了承した。傲慢の悪魔には近づかない。」
「ええ、同様に、ほかの悪魔にも軍を近づけてはいけません。もし対処するなら、一騎当千の強者を数名あてさせなさい。」
「軍を近づけるな…、か。理由を聞いてもいいか?」
「では…天使と天人の強者の違いは何だと思いますか?」
天人と、天使の違い。
強さの違い。
ヨルデモンドには、強さを表す指標がある。
ザガルは全盛期にはSレベル、クラリスは今Sレベルだろう。
そして伝承にある「節制の天使」コルガもSレベルと言われている。
つまり、この二者の強さは同じとも言える。
では、なにが違うのか。
先程の「軍を近づけてはいけない、強者を当てろ」の発言。
それを考慮すると、答えはひとつだ。
「…天使は、集団攻撃を得意とする。ヨルデモンド基準のレベル分けは、個人と個人が戦った時の強さだからな。そしてそれは、悪魔にも当てはまり、だから雑魚を大量に連れてくれば奴らの格好の餌となるわけだ。」
「正解です。」
パチパチパチ、と乾いた音を響かせて、ノクアシスはニヤリとして褒める。
全く嬉しくない。
「我々天使や、憎き悪魔は、集団攻撃を得意とします。私の加護を知っている貴方ならお分かりでしょう?」
「ああ、あれは個人との戦闘でも厄介そうだがな。」
あの、指を動かして相手を吹き飛ばす加護。
あれによって、十万の兵が一気に吹き飛んだのは笑えない話だ。
「天使や悪魔は、神より美徳、大罪に応じた加護を与えられています。そしてそれは、対集団において優位にことを進められるものが多い。」
「ほう、ではお前の加護も、その与えられた加護なのか?」
「いえ、『引力の加護』はそれではありませんよ。神より与えられた加護は別にあります。」
「…今聞き捨てならないことが聞こえたが、まあわかった。」
目の前の怪物の強さなど、知りたくもない。
今協力的に接してくれてくれているなら、刺激しないようにするしかない。
とりあえず、天使悪魔は集団戦闘に向いていると。
確かにザガルの加護は、広範囲に攻撃はできるが、何万もの軍を相手にするようなものではない。
クラリスの加護もそうだろうな。
そして天使悪魔は、相対的に個人戦闘を苦手とする。
だから、強者を数名当てろと。
そうアドバイスしているのだ。
そして、ふと気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、お前は今「神に与えられた加護」などと言っていたな。」
「ええ、いいましたね。」
あまりに飄々とした仕草に、ザガルは戸惑う。
この世界では宗教という概念は、そのまま天使を教祖とするものとなる。
あとは、もう滅びてしまったエレメントも、ヴィルソフィア・クリスを神とした宗教だろう。
つまり、この世界では宗教における神は「具体的な誰か」を指していて、
そして、今ノクアシスが言葉にした「神」
もちろんこれも具体的な人物である可能性が高く、
「お前のいう、「神」とはだれだ?」
こうしてザガルは、世界のあけてはいけない扉を開けようとした。
ノクアシスが、歪に顔を歪める。
ホラーみたいな終わり方してますが、ホラー展開はありませんので、ご安心を