三章 四話 真意
「では、ユースワルドはほぼ国家機能が機能しないほどの被害を受けたと。」
「ええ、深夜に襲撃されたものですから、人員が…。」
お互いの被害状況のすり合わせだ。
というかクロノオは被害はほとんど受けておらず、わざわざ報告するべきことは何もないのだが。
それに対してユースワルドの被害は甚大だった。
被害を受けたのは城下町だけではあるが、そこには国家運営のための様々な施設や資料が置かれており、それが破壊されたとなると必然的にユースワルドは国家運営不能となり。
「現在はそれらを優秀な人員に復元させて、一日でも早く国家運営が再開できるように配慮しているのですが。」
「…そちらの事情は理解いたしました。つまり、クロノオ側にある程度の復興支援をしてもらいたいと。」
「…っ…。」
少しだけユソリナの言葉に顔をしかめたが、ホライゾンはすぐに覚悟を決めた顔になると、
「…ええ。クロノオ側に多大な迷惑がかかるのは十分承知の上、こちらでも十分な見返りを提供いたしますぞい。」
「わかりました。では、まずは人員面でしょうね。」
ユソリナはテキパキと段取りをつけようとする。
まるでうまくボロを出さないか機会を窺っているように。
「…まずは単刀直入に必要な人員を。崩れた国家運営の再開に人員を回すため、肉体労働の得意な人材を五千名ほど、提供してくださるとありがたい。期間は一年ほどで、こちらに継続して駐留しながら、都市復興を行いたい。」
「…五千名を一年…ですか。」
かなり厳しい要求かもしれない。
肉体労働が得意な人物は、大抵クロノオで徴兵の対象となる人物だ。
クロノオの現在兵力3万名のうち、五千名が抜けるとなると、かなり痛い。
そして、ユースワルドに滞在するとなると、戦争が起こったので呼び戻すなんてことも容易ではない。
だが、できないことはない。
重要なのは、
「クロノオが成長した現在でも、これを行うのはかなりの労力がかかります。ホライゾン陛下はそこを承知の上でしょうか?」
「…ええ、背は腹に変えられぬ。十分な対価を用意いたします。」
「ですが、今のユースワルドに対価を支払える余裕はあるのですか?それに、労働力の具体的な使い道、そして一年という期間で十分なのか、その辺りの確証が取れなければ、こちらも労力を貸し出すというわけには参りません。正直なところでは、一年でこの首都アンチヴァイスを再建させるのは不可能に思えますが?」
貸し出した労力の使い道がわからなければ、うかつに差し出せない。
もしかしたら貸し出し期間を延長される可能性はあるし、その兵力でクロノオを攻めてしまうことだってある。
それに貸し出した人たちが、例えば様々なところを怪我して戻ってきたら、実質労力がクロノオに戻るのは一年に加えて療養期間となる。
そのあたりをしっかり条件を詰めなければ、いくらでも相手に裏をかかれてしまう。
「もちろん、その点に関しては後でお話ししましょう。資料に書かれてはありますが、労働条件は極めて正当です。問題が発生した場合には、クロノオと協議しなければならない場合を除いて、こちらで対処いたします。」
「一年という期間に対しては、どのようにお考えですか?」
「…この首都を完全に再生させるのは、当然時間がかかります。なので、仮施設を建てるためにクロノオの労力を使わせていただきたいのです。様々な施設を、一応機能するまでに立て直す手伝いをさせていただきたい。こちらでも2万の労力は確保できましたが、それでも少し足りない。なので、残り五千の兵があればとすがる思いで頼らせていただいたのですわい。」
「…再建はせずに、仮施設だけ立て直す。労力を考慮すると、確かに一年という時間は妥当です。ご説明いただきありがとうございます。」
「いえいえ、これからよしなにさせてもらう国の使者様でありますから。」
その言葉を聞くとユソリナは、少しだけ笑って、
「これほどご丁寧に扱われることに対しては、誠に光栄であります。ですが、だからこそ一つだけよろしいでしょうか。」
「?なんですかい?」
「誠に僭越ながら申し上げますが、被害を誇張するのはやめていただけますか?」
「…は?」
この声は俺が思わず漏らした声だ。
被害を誇張?
思わずホライゾンを凝視する。
かの王は、やはり少し驚いているような気がする。
被害を誇張って、まるでエレメントのザンみたいじゃないか。
まさか、こいつも俺たちを騙したのか?
ユソリナはそのまま畳み掛ける。
「人員が足りないということを私たちに主張していますが、それは本当なのでしょうか?私たちがこの首都に入ったときにみたあの荒れ果てた光景は、後で付け足したものなんじゃないですか?事実、先ほど城の後ろ側が見えましたが、そこまで被害を受けているようには見えませんでした。その反対側が、悪魔の国と接しているにもかかわらず。」
「…。」
「これみよがしに部下を叱るフリをして、人員が足りないということを私たちに意識させようとしていた。あなたほど聡明な人が、他国の使者の前で部下の醜態を晒すなんてことはないでしょうから。それに先ほどの資料の件につきましてそうです。ヒムラ様に人員が足りないといい、信頼を勝ち取るついでに、さらにユースワルドが危機的であることを印象付けようとしていたのでしょう?ヒムラ様は騙されやすいですからね。」
「…。」
「ちょ。」
水を差すようで悪いが、あんまり他国の王の前で弱点を晒さなでほしい。
…まあ、ホライゾンはとっくに俺の性格を見抜いていたのだろうけど。
さて、ここまで何もホライゾンが反応しないということは、事実を認めたも同然だ。
こちらを騙すような国と、交渉をするつもりはない。
ふと見てみると、メカルはどちらかというとユソリナの気迫に驚いていた。
アカマルはユースワルドがそんなことをするなんて的な表情をしている。
そしてマルベリーは、
「私からも、少しいいですかね?」
「なんでしょうか?クロノオ政治部代表、マルベリー・ニュートン殿」
「ユースワルドと交流があったというルーンの、取引明細をみたことがあるのですが、そこにはユースワルドがデトミノの被害にあった後も、取引は平常通り続いていたそうですな。」
「!」
「小国ルーンと取引する余裕はあったのに、人員が足りないとはどういうことでしょうか?説明してくださいますね。」
ホライゾンは、マルベリーの指摘に依然と目を瞑ったままだ。
これは、もう確定でいいのかな?
交渉を打ち切るか?とユソリナに目で聞いてみると、首を横に振られた。
ん?
なんでだろうか。
こいつの黒は確定なんじゃないの?
すると、ユソリナがホライゾンに語りかける。
「ホライゾン陛下。できれば、ことの真意を教えていただきますでしょうか。少し誇張したとはいえ、被害が甚大なのは間違いないのでしょう?」
「ユソリナ殿…。」
ユソリナに数秒見つめられて、ホライゾンは少し頬を赤く染める。
って、惚れてんじゃねえよ。
肥満体型のおっさんが照れる絵面の需要を教えてほしい。
少しホライゾンは咳払いをすると、
「どうやら腹の化かし合いも、あなたの前では無意味なようだ。」
こちらに向き直り、
「被害報告や状況説明に関して、意図的な改竄をしてしまったことを心からお詫び申し上げる。」
「あ、いえ。」
誠心誠意謝るホライゾン。
だが、この男が信用できるのか、俺にはイマイチ掴みきれない。
ユソリナは全部わかってそうだけど、
「これくらい、化かし合いには入りません」とか、普通に言いそうだけど、
「ですが、本当にクロノオに助けを求めたいのです。」
信用できるのか。