三章 三話 ユースワルドと戦線を
俺たちは今、英雄国ユースワルドに来ている。
御忍びではなく、公的に。
観光にではなく、軍部として。
基本的に戦争関係の外交は軍部が行なっている。
とは言っても、外交関係の部署がないクロノオでは、戦争関係以外の外交もユソリナがやっているのだ。
今回ユースワルドに来たのは、軍事的な側面もあるが主には経済的な部分だ。
なので、マルベリー・ニュートンが顧問として同行している。
今連れてきているのは、メカルとユソリナとアカマルだけだ。
え、なんでアカマルを連れてきているのかって?
あいつがどうしても行きたいって言ってたからだ。
「ヒムラ様!英雄国に俺も連れて行ってくださいよ!」
ここまで必死なアカマルを俺は見たことがない。
どうやら、英雄ユースが建国した国らしいのだが。
おそらくはアカマルはただそのユースとやらのファンなだけだろう。
この前もスウェースに憧れていたし、アカマルはかなりのミーハーなようだ。
何かやらかさなければ、別に連れて行ってやってもいいしな。
しかし、英雄国、か。
なかなか強そうじゃないか。
いろいろ見習うべき点もあるだろうな。
楽しみにしながらこの場にきたわけだが。
「…これは…ひどいですね。」
ユソリナが目を大きく開けながらその都市を目の当たりにする。
アカマルも驚きのあまり絶句しているようだ。
マルベリーは少しだけ目を伏せる。
メカルはそうであることがわかっていたかのように、手を合わせる。
俺だって、ここまでの退廃的な光景は見たことがない。
英雄国ユースワルドの首都アンチヴァイス。
ありとあらゆる建造物が、完全に倒壊していたのだった。
幻想的な光景というには生まれた犠牲が大きすぎる
ふと道端を見てみると、沢山の死体が転がっていた。
少しだけそれを見て気持ち悪くなる。
全ての死体がありえないほど痩せ細っていて、飢えで亡くなってしまったのだと分かった。
そこで、少しだけ怒りに満ちた声が聞こえる。
「おい!なぜこの道が整備されていないんだ!ここはクロノオの使者様がお通りする場所であろう?」
「申し訳ありません。人手不足でして…。」
「…クッ、これでは英雄国の名が廃る。…まあいい。彼らがお帰りになる時には必ず…。」
そんな声が聞こえて、俺たちはそっちの方向を見た。
そこには、少し、いやかなり高貴な格好をしている人物と、その配下だろうか、がいた。
高貴な格好をしている人は、相当な肥満体型である。
「あの極度の肥満体型と、服装からして、あのものはユースワルドの王ホライゾン・ユース陛下でしょう。」
「おう…ってやっぱかなりの肥満体型だよね。」
メカルの説明を受けて、少しだけ突っ込みながら納得した。
彼がこの国の王様。
ユースワルドを統べるものなのだ。
ホライゾンはこちらに気づくと、
「これはこれは。お待ちしておりました。軍師ヒムラ殿。」
「丁寧なもてなしに感謝いたします。英雄国ユースワルドを統べる者、ホライゾン陛下。」
「見苦しい状況ですが、そう言っている暇も残念ながらありませんので、早速話し合いに入りましょう。」
「ええ、よろしくお願いします。」
かなり丁寧なもてなしを受けた。
これも全てクロノオの急速な勢力拡大とユースワルドの衰退のせいだろう。
前にユースワルド王と会談をしたことがあるというルーン地区代表のフェローから聞いたところによると、かなり高圧的な態度だったと。
これはユースワルドとルーンの立場があまりにも違いすぎるからだろう。
でも、交渉自体に関してはかなり相手に誠実で、しっかりルーンの事情なんかも様々考慮してくれたらしい。
つまり、高圧的な態度も腰の低い態度も全て表面的な者。
クロノオが若干上の立場にあるからと言って、相手の懐が緩くなるとは考えないほうがいい。
「では、城はこちらです。」
「わかりました。」
この人の腹づもりは理解できない。
俺にはあまりわからない。
なので、
「…了解いたしました。交渉を優位に進めて差し上げましょう。」
「ん。頼んだユソリナ。」
優秀な仲間に頼ろうではないか。
「では、交渉を始めたいと思います。」
「わかりました。交渉は王であるワシが行いますわい。」
少しだけ語調の砕けたホライゾンと、ユソリナが正面から対峙する。
場所は、倒壊した城の中でも唯一被害があまりない部屋で行われている。
と、
「?軍師ヒムラ殿は交渉には参加されないのですかね。」
「ええ、彼女の方が優秀ですから。」
そういうと少しだけホライゾンがムッとしたようだが、すぐに調子を戻した。
今のホライゾンの言葉は、おそらく俺を交渉に参加させるための言葉だったのだろう。
俺が交渉に弱いことを状況から見抜き、俺にあんな質問をしたのだ。
俺が体面を保つために交渉に参加するだろうと踏んで。
そして俺がいた方が交渉が有利になるだろうと踏んで。
でも、俺はそこまで体面を気にしないのだ。
できないことはできない。
できないことをできるといって、失敗するのは愚の骨頂だ。
つまり、俺は交渉苦手だし、ユソリナの邪魔をするだけなので、全部ユソリナに丸投げしてしまおうというわけだ。
よって、自分の能力の不足を認める回答をすれば、彼は俺を交渉のテーブルにつかせることができない。
…まあここまでならば俺もわかる。
「では、クロノオ軍部外交担当、ユソリナ・ヘラクールより進めさせていただきます。」
「ヘラクール…。…まあいいでしょう。で、今回は対デトミノ共同戦線についてであります。」
「ええ、そちらから提案なされたことでありますので、そちらの考えや戦線の具体的な内容についてお話しいただければ。」
「ええ、わかりました。」
ホライゾンは部下の方を見ると、
「おい!資料を配れ。」
「ははっ。」
一人の兵が慌てて資料を皆の元に渡す。
さっきから思っていたことだったのだが、
「どうやら人手も不足しているようですが…。」
「大変申し訳ない、実は…少し言いづらいことなのですが、クロノオの方には特別に。」
少し神妙な顔になって、ホライゾンは話す。
「…この都市普及のために、いま多くの人員が割かれていて、いまは城の様々な役職が不足しておりまして…。」
どうやら人手不足らしい。
なぜこれを秘密にしているのだろうか。
…まあ確かに、城の警備不足となれば、そこに目をつける国も出てくるだろうな。
逆に、そんなことを教えてくれるとなれば、クロノオはユースワルドからある程度信頼されているということになる。
そして交渉は再開した。