13話 軍部いろいろ3
一日遅れてしまいました。
申し訳ありません。
「ごめんなさい。」
それだけしか言わない機械のように、テルルの母親はその言葉を繰り返した。
何が間違っていたのか。
テルルとその母親から詳しい事情を聞いた今でも、俺には答えが出せなかった。
全体の利益のために自分の子供を犠牲にする。
これがどれほど重い判断だったのか。
想像がつかない。
「いいの、ママ。今は大丈夫だから。」
「ごめんなさい。…っ。」
歯を食いしばって、なんとか涙を流さないように堪えるテルルの母親。
…これは、俺が席を外した方がいいな。
「じゃあ、俺は外で待ってるから。」
「…わかったわ。」
そう言って、そのまま部屋を出る。
何の気なしに振り返ってみると、テルルの母親はすでに目に大粒の涙を溜めていた。
そのまま、家を出る。
中で何が起こっているのか。
俺は知る由もない。
でも、俺がしらなくていいことだということは知っている。
だから、
俺は地面に座り、目をとじてテルルの帰りを待つのだった。
そう、俺たちの場所に帰ってくるのを。
私は、どうするのが正解だったのだろう。
ずっとわからない。
今でも。
別に、母親なんて無視してもこの先生きて行ける。
衣食住は軍部によって保障され、孤独感は軍部にいるときの方が薄れている。
不満なんて何一つなかった。
じゃあ、なんで今になってここに戻ってきたのか。
「私は…とてもひどいことをしてしまった…。」
「いいの。もう気にしてないから」
「結局、あなたを見捨ててしまった…。」
「それでたくさんの人と出会えたんだから、いいの。」
私は何を伝えにきたのだろうか。
ただただ後悔する母親を慰めにきたのか。
いや、違う。
もっと大切なことを伝えにきたのだ。
「私は…私は!ごめんなさ…い。」
「…。」
どうすればいいの。
教えてほしい。
誰かに。
いや、でも。
そんな迷いはきっと過去に捨てたもので。
だから、どうすればいいのかも知っている。
誰かに教えられなくても知っている。
「私ね、今軍部ってところにいるの。」
「…!そう、なのね。」
テルルの父親は、徴兵されてはいない。
基準年齢を超えたので、今はこの村でひっそり農業をしているのだ。
なので、テルルの両親が軍部について疎いのは当然だ。
「色々、本当に大変なんだよ。戦争の時なんか、死にそうになることだってあるの。」
「…それは、私の責任よ。もっと真っ当な道を進ませてあげれたら。」
「そんなことはないの。だって私は今幸せだから。」
「でも!もし私が…!」
「ママ。」
ヒステリックに叫ぶ母親。
その言葉を遮って、一番言葉にしたいことを伝えた。
「もし、とか、たら、とか。そんな後悔はやめよう?そんなことしてたら、私たちはきっとどこにもいけない気がするの。」
「…!。」
「これからのことを話しましょう。私はそれが言いたいだけ。」
これからの話をしよう。
テルルがここにきた理由は、きっとそれだ。
テルル自身後悔はしていない。
前向きに生きていける。
でも、テルルの母親はどうか。
もしずっとテルルのことについて後悔していたとしたら。
そう考えるといても立ってもいられなくなった。
今会わなければ。
そんな焦燥感がテルルを襲い、もう逃げられなくなった。
ならば、会いにいこう。
それで、そのわだかまりを消し去ってしまおう。
だから、
「私はもう大丈夫。ママが後悔することなんて何一つないの。」
「…。私は、本当に…。」
「大丈夫って、言ってるじゃん。信じてよ。親子なんだから。」
にっこり笑いながら、そう語りかける。
しっかり目を見つめて、その目と目の間につながりがあると信じて。
母親は、一瞬だけ驚くと、すぐに目を細める。
その目は、なんのまじりっ気のない、ただ純粋な愛情を映した瞳だった。
そして、何かを悟ったようにふっと笑って、
「わかったわ。信じる。あなたが幸せなんだって。」
「うん、だから、ごめんなさい。」
「…?なんで?」
いきなり謝りだす私に困惑する母親。
でも、謝らなければならない。
それは、過去のことではなくて、
「私は、これから軍部に戻る。それで、多分そこで暮らしていくの。だから、多分もうこの家には戻れない。だから、…。」
「………。」
「ごめんなさい。」
———きっと、もうこの家には帰ってこない。
だって、もう軍部で生きるって決めたんだから。
家族がもう一度テルルに優しくしても、村の皆がテルルにかまってくれるようになっても、友達と一緒に遊べる日が来たとしても。
それでも、私はきっと戻ってこない。
だから、これはお別れの挨拶なのだ。
長年私の母親でいてくれた私の母親への、別れ。
「いいのよ。」
「…。」
「私も、ここで母親の権利なんか主張するのは無理だもの。」
「…ママ…っ。」
「本当に、ごめんなさいね。」
申し訳なさそうに、眉を下げる。
そんな母親が言っているような気がした。
本当に、手のかかる子ね、と。
視界がぼやける。
少しだけ、でも、心はすでに涙を流し始めていた。
舌を噛んで、なんとか耐える。
もう、こんなことでなくほど子供ではないのだと言い張って。
「じゃあ、」
もう話すことは何もない。
この家に残る理由はないんだ。
「わかったわ。お父さんにはあとで伝えとくね。」
「ええ、また機会があったら帰るよ。」
「わかった。待ってる。」
「うん、待ってて。」
そのまま私は玄関に向かう。
家の構造も一昔前と全く変わってなくて、少し笑ってしまう。
玄関に手をかけ、少しだけ後ろを振り返る。
そこには、こちらを立って見つめている母親がいて。
それが、なんだか当たり前の親子の感じがして。
もう、これで満足だ。
ドアノブを回す。
「じゃあ、行ってきます。」
「ええ、行ってらっしゃい」
きっと最後になるお別れの挨拶を、心を込めて口に出した。
次回は8/26です。