10話 クラリス・レートクリスの刺激的な日常
結局クラリスのことについて書きます。
おそらく次回が軍部の話です。
クラリス・レートクリスの朝は、とても早い。
太陽が昇る前に目を開けるというのが彼のポリシーだった。
「………。」
ベットから体を起こし、無言でそのまま執務室に向かう。
白金色の髪の毛を無造作に撫でながら、フラフラした足取りで歩く。
朝早く起きるのだが、クラリス自体朝に強いわけでもない。
眠たげな瞳には、ヨルデモンド城内の高価な装飾品も目に入らない。
全てザガルの趣味で用意された装飾品を、クラリスは仕方なく自分の生活空間においているだけだ。
もともとこう言った無駄遣いのようなものにクラリスは全く興味を示さない。
扉を開けて、執務室に入る。
真っ白な部屋だ。
机が一つ、真ん中にあるだけ。
その机の上には何も置かれていない。
クラリスはその光景になんら疑問を覚えず、そのまま一枚の紙を懐から取り出すと、
「空間創造」
そう呟いたクラリスの握る紙、それが緑色に淡く光り出して、そこから数枚の紙が出てくる。
それらは、今日クラリスが行わなければならない仕事だった。
ため息をつくと、クラリスはその覚束ない足取りで机の前に立つ。
そして立ったまま紙に目を通し、ハンコを押したり訂正を加えたりする。
彼は、椅子を使いたがらない。
机があればなんでも事足りると思っている。
なので、余計な椅子はいらない。
しばらくすると、ドアが丁寧に二回ノックされる。
ついにきたか。
クラリスはそう思いながら、自分の無造作な髪を整え出す。
そうは言っても、手櫛で寝癖を解くだけだが。
自分の眠気を頬を叩くことで追い出し、目をしっかり開ける。
人に見せることができる姿になってからクラリスは硬い口調で、
「どうぞ。」
扉から姿を見せたのはこの城専属のメイドだった。
上品なその佇まいは、クラリスと並んでも見劣りしない程の美しさも兼ね備えていた。
「クラリス様。お食事の準備が整いましたわ。」
「了承した。」
メイドの言葉に、関心がなさそうに頷くクラリス。
すぐさま懐からまた同じ紙を取り出し、机の上にある紙束を収納した。
何かやり残したりしない。
する方が気持ち悪い。
ある種の潔癖症とも言えるかもしれない。
クラリスの日常はこうして始まる。
特に嫌なこともなく、ただ自分の責務を全うし、国民の期待に応え…
「食事は?」
「今日のお食事は、ヨルデモンド産城ロースの塩漬け。フォアグラの塩風味。塩パンでございますわ。」
…最近嫌なことが一つある。
最近の食事のほとんどが塩で彩られていることだ。
クラリスが朝食の場から離れる。
口の中にはまだ塩のザラザラが残っていた。
別に塩が特段嫌いなわけではない。
初めて食べた時は興味深いとは思ったし、ヒムラのその発想に感服もした。
だが、ザガルはクラリス以上に塩にハマってしまったのだ。
それからというものの、食事には基本塩が使われている。
基本、ではない、全て、だ。
さすがにここまで塩を出されたら、嫌気が差してしまうのも当然とも言えた。
自分の部屋に戻り、クラリスは着替える。
真っ白な寝巻きから、白い鎧に着替える。
ちなみにこの鎧なのだが、意外と快適に過ごせるのだ。
ハンデルが仕掛けた「常時温度調節」という魔法のおかげで、常に鎧の中は快適な温度に保たれている。
それに重さに関しても、日々鍛えているクラリスや他の「白竜の剣」からすると豆粒を持つようなものだ。
快適な鎧が、「白竜の剣」の制服なのだ。
鎧を着て、そのまま部屋を出る。
ちなみに、ここまででクラリスが話した言葉は、メイドに幾つかと、ザガルに幾つかだけだ。
静かな朝であるとも言えるだろう。
だが、そんな時間もここまでだ。
クラリスは「白竜の剣」の団長。
常に声を張り上げ、騎士たちを鍛え上げないといけない。
そのことに少し気が滅入る。
だが、仕事はこなす。
それが国防や国民の幸せにつながるのならば尚更。
そう自分を戒めながら、クラリスは「白竜の剣」の集合場所に向かった。
壇上の前にクラリスは立つ。
これから始まるのは「白竜の剣」の朝の集会。
「皆の者、今日もヨルデモンド騎士の誇りにかけて剣を振り続けろ。」
「「「はい!!」」」
クラリスの言葉は短い。
だが、それだけで兵をやる気にさせる何かがある。
「そして今日の見回りは…。」
庶務を伝えて、そのまま集会を終わらせようとしたときに、
「クラリス様!報告が!!」
「?どうした。」
急いで集会に乱入してくる「白竜の剣」が一人。
確か夜勤で地域の見回りをしていた人物だ。
こんなにも慌てているのだ。
まさか、なにか戦争でも起こったのだろうか。
そんなクラリスの予感は、嬉しいことに外れてくれた。
「「風の剣士」スウェースがどうやら軍師ヒムラに説得されてクロノオ勢力に与することになりました!!!」
「なんだと?」
だが報告された内容は、到底信じられることではない。
「風の剣士」
かつてはヨルデモンドもその対応に困ったことさえあるのだ。
掴み所のない奴なので、国によっては危険人物に指定されているところもあるのだとか。
それを説得するヒムラ。
改めて彼の異常性を認識して、クラリスは場違いにも口を緩める。
「…?どうされましたかクラリス様。」
「…いや、。軍師ヒムラならば大丈夫だ。対応を間違えたりはしない。」
クラリスがそうみなにいう。
その自身ありげな様子に彼らも感化され、
「了解しました。では、この件はとりあえず保留と言うことで。」
「ああ、あと、」
クラリスは立ち去ろうとする騎士を呼び止め、
「手紙を書きたい。他国に贈る用の最高級のもので。」
そう言ったのだ。
色々と聞きたいことが多すぎで本当に疲れるものだ。
前回戦後処理会議で顔を合わせてから一ヶ月も立っていないうちに、様々なことでこちらを驚かせてくれる。
何から問い詰めようかとクラリスは思案しながら、また口元を少し緩めるのだった。
次回は8/16です。