9話 〜風と神速6〜「新たな一歩」
朦朧とした意識の中だった。
海に揺られるクラゲのように、そよ風になびく柳のように。
無理解と安寧が俺のすぐそばに横たわっていた。
「……ぁ。」
痛みはない。
苦しみもない。
でも、呼吸もできない。
「……ラ!」
声が聞こえた。
少しだけ慌しそうに。
「…ムラ様!」
体を揺り動かされて。
水面から顔を出すように。
どんどんどんどん何か近づいて言って、
「ヒムラ様!」
…目を開けると、そこには倒れる俺を心配そうに見つめる皆がいた。
「頭…本当に軍部にいっちまうんすか?」
「ああ、約束は約束だしね。それにあの少年はちょっと興味深いな、ってところかな。」
いつものように、飄々と言うスウェース。
でも、その言葉は実質この盗賊団の解体を意味する。
彼らは仕事をなくし、そのまま飢え死んでしまう可能性が高い。
そのことを考え、スウェースは優しげな瞳を皆に向け、
「大丈夫だよ。僕っちの知り合いに頼んで、君たちの仕事は用意させるよ。」
スウェースには各地に知人が沢山いる。
世界を旅する傭兵としては当たり前だとも言えるが。
その内の、とりわけスウェースとつながりが深い一人がいるのだが、その人物なら彼らの仕事を探すことなど造作もないだろう。
そう思っての発言。
スウェースが滅多にしない思いやりの言葉だ。
だが、
「頭、その…俺たちも軍部に連れってってください!」
「…へ?」
皆は一斉に頭を下げる。
その表情は必死そのもので、とても冗談を言っているようには思えなかった。
盗賊の一人、太ったやつが必死にこちらを説得しようとしてくる。
「俺たちはずっとこのグループでやってきたんでやす!ずっと頭にあこがれてきてんでやすよ。どうか…どうかこれからもお供させてくだせい!」
「「「お願いします!!」」」
「…お前ら。」
スウェースは一瞬言葉を失う。
その動作は、スウェースをよく知る人からするとありえない光景だ。
他人をその口調と表情で翻弄し、マイペースに生きてきた彼。
そんな彼が他人の言葉に驚き面食らうなど。
「…ふっ」
漏れ出たのは笑みだ。
予想外の事態。
それが楽しくて仕方がない。
軍部に彼らを引き連れていく。
それも、まあ、悪くはない。
「いいよ。多分軍師さんもいいって言ってくれるよ。」
「まじスカ!?」
「うん。…あ、多分ね多分。」
「「「ありがとうございます!」」」
まだ軍部に彼らがついていけるかわからないのに、連れて行くと約束をしてしまうスウェース。
もしヒムラが盗賊団を軍部に組み込むことに反対したらどうしようか。
一瞬そんな考えがよぎったが、
「まあ大丈夫か!」
能天気に頷くスウェースだったのだ。
スウェースを軍部に連れて行くことになった。
そのはずなんだが、
「軍師さん、ちょっと頼みがあるんだけどさ。」
「なんだ?あとヒムラでいいぞ。」
そう言ってやるとスウェースは頭をポリポリとかく。
それによって長髪の緑が大きゆく揺れる。
「僕っちの仲間の盗賊も軍部に連れて行っていい?」
「…は?やだよ。」
スウェースの提案をバッサリ切り落とす。
彼は一瞬何を言われたのか理解できないとでも言いたげな表情を浮かべ、
「ええええっ!なんでだよー?」
「いやっ、そりゃ嫌に決まってんだろ。」
だって国家の組織の中に盗賊を入れるんだぞ。
反対するやつは絶対に出てくる。
それがなかったとしても、彼らを軍部に組み込んで面倒を見るのはなんか違う気がする。
「あいつらもいいやつんなんだよ!ねえお願いしますヒムラ様―!」
「いやでも…、ってちょっと待て!気のせいかお前の体から風が…、っ、飛ばされる!飛ばされるヤバイヤバイ、ちょっと待ったまった!話をしよう!いったん落ち着いて…!」
そのまま始まるのは男二人で掴みあったり突き飛ばしあったり。
誰得の光景を十分ほど繰り広げていると、
「ヒムラ様報告が…、………。」
影から出てきたレイが、掴み合う俺とスウェースを見て理解不能の顔をする。
レイが出てきたことに気がついたスウェースが風を止める、
ふう、これで落ち着いた。
体についた汚れを払うと、
「で、レイ。どうした?」
「それは私が聞きたい質問なのですが…まあいいです。」
少しだけレイは微笑むと、すぐに無表情に戻り、
「ヒムラ様。そろそろグランベル様へ報告する時間ですが、如何致しますか?ことの顛末を私が報告しましょうか?」
「…いや、俺が報告しに行く。もうすぐ帰るしな。」
帰ると言う言葉にスウェースが反応して、少ししゅんとなる。
…いや、こいつはかわいそうなふりをして同情を誘っているだけだ。
決して盗賊団を軍部に組み込んではいけない。
だが、スウェースはレイを見ると、
「なんか君、その感じだと国の隠密係てきなやつじゃないの?」
「??、いかにも。私はクロノオ軍部隠密担当レイですが。」
その答えをきくと、スウェースは嬉しそうに、
「じゃあさ、その隠密に僕たちっちの盗賊団も加わるよ!」
「…なっ、そんなのできるわけ。」
「でももし人手が足りないとかだったら、僕たちっちが協力してあげるのもやぶさかではないっていうか。」
———確かに今隠密は人手不足だ、
国境の警備が普段の仕事である隠密。
当然エレメントやファントムなんかを合併したクロノオの国境は格段に増えたわけであり…、
つまり、ロイとレイの二人だけではとても管理できるようなものではなくなってしまったのだ。
ただ状況だけを考えれば、彼らを組み込むことは人手不足解消につながるのだが…。
やはり盗賊団を加えるのはなあ。
「どう思う、レイ。」
とりあえずレイの意見を聞いておこう。
彼女は少しだけ悩むそぶりを見せると、
「…願ったり叶ったりです。人手不足解消は実現するでしょう。」
「じゃあ僕たちっちは…、」
「ですが」
スウェースを期待を一刀両断し、レイはそのままスウェースと向き合う、
レイとスウェースの瞳が交わり、ぶつかり合う。
お互いにお互いを見つめる二人だが、そこに艶かしさは全くない。
あるのは緊張だけだ。
その空気のまま、レイは、
「…隠密は、人殺しをする場所ではない。貴方達盗賊団が、弱者を虐げ、金品を見境なく奪う下種な連中でしたら、私が皆殺しにしていたところでしょう。」
「…、」
「ですが、貴方達はどうやらその類ではないようなので、認めることにしましょう。」
レイはそこで不意にスウェースから目線を外すと、そう言ってのける。
一瞬の静寂のあと、
「っっしゃああああ!!!」
「待てレイ!盗賊団を組み込んでいいのかよ?」
そう尋ねるとレイはニコッと笑い、
「私も元闇組織出身ですよ。うまく履歴を改竄すれば問題ありません。」
「…―お、おう。」
ニコニコと笑いそんなことをいうレイが今は恐ろしい。
そしてそのあとは、活躍の少なくて拗ねていたユーバを慰め。
俺とスウェースを魔法で治してくれたテルルに感謝し。
他にもいろいろ話し合って段取りをつけて。
レイと一緒に履歴の改竄を考えたり。
かくして、盗賊団騒動は終わりを告げることになったのだ。
結局クロノオには盗賊団は討伐されたとだけ伝えた。
まあ他の部の皆も納得してくれたので、問題を後に残したということはないだろう。
グランベルにはしっかりと軍部に組み込んだことを報告したのだが、
「ガハハ!面白い!面白いぞヒムラ!」
アホなおっさんは俺たちのしでかしたことの問題点に全く気づかず、ただ面白そうに笑っていた。
マーチが横で深いため息をつく。
で、結局盗賊団は隠密に配属された。
仕事は基本的に国の内外の監視。
基本的に軍事棟にはいない感じだ。
スウェースも意気揚々と国境の監視に向かった。
彼の場合は遊ばないようにもう一人監視役をつけないとな。
「ヒムラ様。少しよろしいでしょうか。」
ユソリナが俺の部屋に入ってくる。
何か問題が起きたのだろうか。
ユソリナはいつもより気迫迫る感じがする。
「どうした?」
「今回の盗賊団討伐、ユーバやアカマルやドルトバは全く活躍していなかったそうではないですか。」
確かにあの馬鹿三人組は全くと言っていいほど活躍していない。
方や戦えなくて駄々をこねているだけ。
方や憧れの英雄に見惚れていただけ。
方や自分の出身地を暴露しただけ。
「確かにそうだが。」
「そうですか。ヒムラ様とお戯れるのもよろしいですが、」
そこでユソリナは言葉を切ると、にっこりと笑う。
…その笑顔の割に、目が全く笑ってないことに気がついてしまった。
「彼らの一日分の溜まった膨大な仕事をどうすれば良いのでしょうか。教えていただけますか?」
「……ごめんなさい。」
あいつらは今度から連れて行きません。
これで風と神速シリーズは終了です。
次回は
・軍部の日常
・クラリス関係
のどちらかを上げます。
どちらをあげるかはお楽しみに。
次回は8/12です。