4話 〜風と神速1〜「嫌な予感」
間話シリーズ「風と神速」始まります。
おそらく6話くらいで終わるかな?という感じです。
クロノオには絶対招集というものがある。
これは緊急時に行われるグランベルの家臣たちの緊急集会みたいなものだ。
そして、俺の軍師生活の中で初めて絶対招集が下された。
つまり、何か緊急の要件が起こったということだ。
何が起こったのだろうか。
というか、最近は色々なことが起こりすぎだ。
領土が一気に拡大したことで、軍部の皆は様々なところに移動して各自仕事を行っている。
ユーバとメカルはエレメント地方に。
アカマルとレイはファントム地方に。
ドルトバとテルルはシネマ・ルーン地方に。
ロイとユソリナは商品の生産高を部下とともに調べ回っている。
つまりこの軍部本部には俺一人。
そして、俺も様々な書類にハンコを押したり客人の対応をしたりで忙しい。
『神速の加護』で素早くハンコが押せないかなと思ったりもしたが、ハンコを押した瞬間にその下の机にヒビが入ったのでやめにした。
というわけで、皆それぞれ忙しい日々を送っている。
なのに、なぜこのタイミングで絶対招集が来てしまうのか。
会議は一週間後。
その間に軍部の皆を集めて会議に参加しなければならない。
皆を呼び戻すのも気がひけるな。
でも、グランベルの命令は絶対だ。
普段そんな実感はないが、あれでもグランベルは国王だ。
権力のある立場なのだ。
軍師の俺は逆らえない。
なのでいやいや、
「…ロイ。」
「はっ、ヒムラ様。」
「…実はそばにずっといてたり?」
「そんなことはありません。」
俺は名前を呟くと即座に反応して影から飛び出すロイ。
どうやら俺の影を特殊なルートで繋いでいるらしい。
だからこんなに早くこれるのだとか。
「皆を五日でここに集めてくれ。」
「はっ。」
即座に反応して皆を呼ぼうと影に潜るロイ。
その顔には少し不満げな色が出ていた。
…忙しい時に呼ばれて少し不満なのかな。
俺はロイの表情をそう結論付けて、皆の帰りを待つことにした。
「私結構忙しかったんですけど!なんで呼び戻すわけ!」
先ほどから呼び戻されたことに不満を持ったテルルが何やら俺に文句を言ってくる。
頬を膨らませて、文句を言ってくるテルルは子供みたいだ。
だけど、テルルも皆も頑張ってくれていたのは本当だ。
ユーバとメカルはエレメント地方の統治に向かった。
エレメント地方担当領主としてヴィルソフィア・クリスを採用し、そのまま旧エレメント体制をどうクロノオとの親和性の高い体制にするかを議論していたのだった。
エレメントはもともと魔法技術やたくさんの鉱石を売るつけることで豊かになってきた国なので、庶民の税率は低い。
彼らは自分で育てた農作物や家畜のほとんどを自分たちで消費してきた。
つまり彼らの中には、「自分で作ったものは自分で食べる」という考えがある可能性が高い。
でも、それはクロノオとして編入されるにあたって厄介な考え方だ。
クロノオに編入されるのならば、税率は一定額払ってもらわないと困る。
エレメントの民に、あまり税を払ってこなかったエレメントの民にいきなり「税を一定額払え」などと言っても反乱が起きるだけ。
なので、そこを反乱が出ないようにうまく調節していくのがユーバやメカル、クリスの使命だ。
彼らもかなり忙しそうだったのだが、呼びかけにはわりと快く応じてくれたほうだ。
そしてアカマルとレイはファントム地方の統治に向かった。
正直ここが一番大変だった気がする。
ファントムにはペレストレインが作り上げた独裁体制が存在していた。
この体制を一つ一つ解体して行って、歪みが出ないようにクロノオの体制に移行させなければいけない。
そのためにアカマルとレイはファントム情勢を一つ一つメモしていき、それをファントム民とすり合わせてうまく制度変更をしていかなければいけない。
ここでアカマルが頑張ってくれれば彼の成長が見れて御の字なのだが…
「いやー。レイがほとんどやってくれてね。俺のやることなかったわ。」
「アカマルはもう少しやる気を見せてください。」
二人が互いに呼び捨てで呼ぶほどの間柄になったアカマルとレイ。
心なしか二人とも戦争前より成長した気がする。
アカマルはよくわからないが、特にレイが。
グルームやペレストレインが殺されてスッキリしたのだろうか。
いや、きっと違う。
カテラールとテラドを睨みつける時のあの表情を見る限り、レイの心がスッキリしているはずがないと断定できる。
彼女はどうやら新たな憎しみの矛先をデトミノに向けたらしい。
憎きペレストレインを殺した彼らに復讐の矛先を向けた。
だけど、デトミノという国は謎が多く、うかつに手を出せない。
よってレイは一時的に心の安寧を保てるのだ。
憎き相手が遠いところにいることで、その憎しみの感情が和らいだと言ったところか。
だけど、いつかこの感情は爆発する。
それまでにデトミノと何かしらの決着をつけなければならない。
話を戻し、テルルとドルトバはシネマ・ルーン国を訪問した。
ちなみにシネマ・ルーンはエレメント、ファントムと違いクロノオ自体に編入されたわけではない。
属国として「クロノオ連邦」には所属しているが、決して「クロノオ」自体に所属したわけではない。
よって制度に関してはそこまですり合わせをしなくていい。
では、なぜこんなテルルが疲れているのか。
それは、
「ドルトバが働かないのよ!私だけで色々考えて頑張ってんのに、「ちょっくら狩りしてくるわ!」とか!ふざけないでよね。」
「おうおう、すまんなテルルよ。ただ俺の腕は一日訓練を怠ったら半減しちまうんだぜ?」
虚言をほざくドルトバをキッと睨みつける。
…テルルこれは相当怒っているな。
俺はそれに巻き込まれないように二人から距離をとって歩く。
そう、俺たち九人は今ある場所に向かっている。
今回皆が集まった用件でもあり、これからのクロノオを決める大事な会議である。
絶対招集の会場であるクロノオ会議堂に俺たちは向かっていた。
扉を開くと、目の前にはグランベルがどっしりと王座に座っていた。
そしてその横には険しい顔をしたマーチ。
脇にはたくさんのクロノオの幹部たちが顔を連ねている。
右には政治部、商業部、治安部、左側には税部、財務部の皆々様が席についていた。
全員疲れたような目をしている。
彼らも色々と大変なのだろう。
そして軍部は左側の最奥の9席に座ることになっている。
そこに向かって歩こうとすると、皆が一様に俺たちを睨んできた。
一体どうしたのだろうというのか。
俺たちが恨みを買った覚えはない。
俺は首を傾げながら席につく。
軍部の皆も気まずそうに席についた。
政治部の中心に座るマルベリーだけが俺たちを心配そうに見ていた。
皆が席についたのを確認すると、グランベルがいかつい顔で立ち上がり、
「では、始めよう。デルタ、ここへ。」
「はっ。」
デルタと呼ばれた男、治安部の中央に座る痩せ細った人物がヒョロヒョロと立ち上がった。
何度か見たことある顔だ。
治安部の中心人物だということもマルベリーから聞いた。
第一印象は良くない。
そんなデルタが皆の前に立つと、こちらを睨みつける。
え、いきなりどうしたの?
やっぱ俺皆から恨み買ってる?
納得できないでいると、デルタが皆に向かってさらに納得できないことを言い出した。
「では、今回の議題は「ファントム周辺に現れた盗賊団を軍部に委託するかどうか」です。」
…?
何それ。
次回は7/28です