二章 第九十八話 エレメント城会談
俺は今10歳とは思えないほど決意に満ちた表情をしている少女と向き合っていた。
彼女の名はヴィルソフィア・クリス。
すでにあの長い前髪はバッサリと切り落とされていて、それでも毛量の多い髪から美しいなんて言葉では言い表せないほどの顔がのぞいていた。
彼女はすでにエレメント国王(いや、俺たちがエレメントを支配したのだからエレメント地域代表というべきか)として承認を得て、すでにこの戦争の事後処理にあちこちを駆け回っていた。
顔色から疲労も見えるが、それ以上に充実感が現れていた。
彼女はここ最近はエレメント民を落ち着かせるため各地を回っているらしい。
彼女が民衆に顔と声を晒すのは初めてらしい。
エレメント民は皆涙を流して喜んだんだとか。
エレメント民に勇気を与えることも彼女の大切な仕事だ。
そして、彼女にとってこの会談も乗り越えなければならない重要な仕事の一つだろう。
「では、クロノオ軍師殿。始めましょうか。」
「お、おう。」
ピシャリとクリスに会談を宣言される。
その少女らしくない声に、思わず俺は戸惑う。
きっと教育自体はエレメント現人神の時代から受けてきたのだろう。
その動作や言葉使いはとても適切な物だった。
やりづらいな。
この少女がなんでユーバに懐いているのか知りたい。
俺は気を取り直して、
「では、まずお互いの意見と今回の議題についてすり合わせをして行きたい。」
「ええ。」
明らかに見た目十歳の少年少女の会話ではない。
周りの人たちも俺たちの淡々とした様子に驚いている。
「まず議題のことだが、エレメントがクロノオの国として取り込まれることへの是非と、その形式や政治的体制の調整などだな。」
「ええ、後はエレメントの被害の補填ですね。」
俺たちが淀みなく淡々と話しているように見えるが、実は違う。
ユーバがクリスと事前にすり合わせをして、台本を作ってもらったのだ。
見るとクリスも台本を見ながらそれを話している。
クリスは実際に台本を決めた側だからこの台本を音読することに思うことは何もないのだろう。
だが、俺は少し不安だ。
まず、単純に台本を読むだけという罪悪感を感じるのだ。
まあなんか仕事真面目にやってないみたいじゃん。
もう一つはこの台本自体がエレメント有利に誘導されてないかという疑いだった。
クリスとユーバが作り上げた台本。
そうだとしたらユーバの方が言いくるめられている可能性が高い。
クリスは見た感じ世間知らずの子供というわけではない。
それにずっとあんな狡猾なザンの隣にいたのだ。
狡猾な手法の一つや二つ身につけていても不思議ではない。
そんな彼らの作った台本がエレメント有利に進められていてもおかしくはない。
なので俺は台本にない質問をしてみる。
「ほう、被害の補填か。エレメントを一つの独立国家として機能せず、クロノオに取り込まれるのならば、被害の補填という土俵の問題ではないのではないか?いわば自分で自分の地域に補償をするということだ。そこのところはクリス殿はどうお考えか?」
「え?」
「え?」
少しだけ気になったことを質問してみると、クリスはそれだけで固まってしまう。
この反応は…こちらを騙す感じではない気がするな。
どちらかというと、理解不能という感じだ。
「あーヒムラ様やっちゃったなー。」とユーバがぼやいている。
やっちゃったとはどういうことか。
みるとクリスは台本をすごい勢いでめくり出し、焦るように何かを探し出そうとしている。
ああ、わかった。
これあれだ。
予想外の、いわば台本外の質問に戸惑っている感じだ。
クリスは少し困ったそぶりを見せると、俺のところに近づいて小声で、
「すみません。今の質問は台本のどこか教えてもらえますか?」
「いや、台本にはない質問だけど…。」
「台本にないのですか!?」
「ああ、こういう会議じゃ台本にない質問をするのも普通じゃないか?」
俺がそう言ってやると、クリスは固まったようにこちらを凝視する。
そして、申し訳なさそうに俯くと、
「…すみません。まだまだ勉強不足で台本にないことはよく分からなっ、くてっ…」
「ああごめん俺が悪かった!すまんさすがに意地が悪かった!」
自分を責めるあまり泣き出してしまいそうになるクリス。
泣かせるつもりはなかったので慌てて謝る。
そうでもしないと周りのエレメント関係者の目線がより一層険しいものとなるのだ。
まあ結局こういうことだろう。
今までの毅然とした態度は演技で、王としての威厳を頑張って示そうとしたクリスなりの努力なのだろう。
それを疑ってしまった罪悪感は計り知れない。
少し場が混乱したので、会談は一旦休憩となったのだ。
「なあユーバ。台本の話なんだけど。」
「…ああさっきのことですか。」
ユーバは少し疲れたようにため息をつくと、
「…あの台本はメカルさんに手伝ってもらいながら二人でなんとか書き上げた台本なんですよ。クリスちゃんも頑張って台本を完成させてくれて、それで二人で喜んでいたんですけど…。」
「俺が台本外のことを言ったからクリスは理解できなくてそのまま未熟な自分を攻めちゃったってわけね。そう考えると俺相当悪いやつだな!?」
「まあ知らなかったことは仕方ないですよ。」
ユーバがさりげなくフォローしてくれるが、それでも俺の心は晴れない。
幼い少女を傷つけてしまうというのはかなり重い罪だ。
「…俺今からクリスの部屋行ってくるわ。」
「ええ!?ヒムラ様何するつもりですか!?」
ユーバが驚いたように声を上げるが、俺はそれを無視してそのままクリスの部屋に向かう。
エレメント城の階段を駆け上がり、クリスの部屋の前まで行こうとする。
だが、部屋の扉の前には二人の門番が。
普通に入ろうとしたら止められるんだろうな。
多分門番にクリスが「一人にしてほしい」的なこと言っているだろうから。
でも、話さなければならないことは確かにある。
だから、俺は抜け道を探す。
幼い少女の部屋に入る手段を探そうとこそこそするなんて、もしかしなくても犯罪者だ。
俺は隠れながらクリスの部屋の周りを観察し、一つだけ抜け道を見つけた。
少し危険だけど、やるしかない。
俺は加護を使用し…
悲しかった。
自分の力不足知識不足経験不足をまざまざと見せつけられた。
ヒムラ。
クロノオ軍師にして、あまたの敵を屠りさっていった次の時代の英雄。
そして実態は十祭前後の見た目の少年。
その事実がヒムラとクリスを否が応でも比べさせ、毎回クリスを落胆させる。
同じ歳くらいの少年がなぜあんなにもしっかりしているのか。
なぜこちらが子供として見られなければならないのだ。
別にヒムラを恨んでいたり妬んでいたりしているわけではない。
ただヒムラについて来れない自分が憎いのだ。
これほどまでに不甲斐ない自分がエレメントの代表としてこの城に、この会談にいてもいいのか。
少し調子に乗っていたのだ。
エレメントの村を巡回して、いろいろな人から感謝され、クリスは類まれな充足感を得ていたのだ。
私はエレメントの王なのだと、そう思うことができた。
だが正確には、それはただの自惚れで。
自分の自信はあっさりと砕け散って。
歯を食いしばって泣くのを我慢するクリス。
今この場はなんとか乗り越えなければ。
同年代のヒムラに下に見られないようにしなければ。
それなのに、
バリーーーーン!!
窓の割れる音が突然鳴り響き、この部屋に招かれざる客を招待する。
その人物とは、
「ふう、かなり疲れたけどやっとたどり着けたな。」
青髪の神秘的な少年、ヒムラであった。