二章 第九十七話 楽な戦後処理はない
戦争には勝った。
でも、課題は山積みだった。
「ヒムラ様!なんでファントムとエレメントを合併しちゃったのですか!?」
「いやいや、手加減せずにやったらこうなったんだよね。」
ユソリナが慌ただしく動きながら、俺に文句を言ってくる。
今ユソリナにはファントムとエレメントの税率や労働環境、政治体制などを政治部などと協力して行ってもらっている。
そうしなければスムーズな合併ができないからだ。
そう、俺たちは結局ファントムとエレメントをクロノオに取り込んだのだ。
正直こんな結果になるとは予想もしてなかった。
今クロノオの経済規模はかなり大きいものとなっている。
まず領土の話だが、もともとあったクロノオ領。
それの二倍ほどの大きさのファントムとエレメント。
それを合併したということは、クロノオが単純に言えば五倍になったわけで…。
また属国化したシネマとルーンの領土も合わせると、六倍ほど増加したことになるわけで…。
ね、ヤバさがわかるでしょう?
つまりは急成長しすぎたのだ。
政治体勢なんかを再構築しなければいけないほどに。
だから政治部の皆が慌てながら作業をしているのも、軍部への八つ当たりとしてユソリナに手伝わさせているのも納得がいくだろう。
マルベリーも毎日やつれた顔で俺に愚痴を言ってくるのだ。
ん?
何やら廊下からドタバタと音が聞こえる。
これは多分ユーバだな。
扉が開くと、その特徴的な黄色い髪がひょっこりと姿を見せて、
「ヒムラ様―。エレメントとの事後調節は終わったよ。エレメントが、…クリスが負けを認めて、それを宣言することになったから。」
「わかった。ご苦労ユーバ。」
ユーバにはヴィルソフィア・クリスの説得から引き続いてエレメントに対しての窓口として働いてもらっている。
もちろん彼だけでは不安要素しかないので、メカルも連れているが。
メカルだけで十分じゃないかと思うかもしれないが、実はヴィルソフィア…今はクリスと呼ぶべきだな、クリスがユーバになつき始めているのだとか。
まあ恋愛とかそこらへんは国家問題とは別問題だが、まあ交渉しやすいというのはいいことだろう。
「後報告なんだけどー、ヒムラ様を呼んで今度エレメントとファントムの残党とエレメント城で会談することになったよー。よろしく。」
「あ、わかったわかっ…、ってええ!」
ユーバからさらっと言われた一言は、俺にとって重いものだった。
何せ俺がエレメントに向かわなければならないからだ。
なぜそんな面倒なことをしなければならないのか。
「会談場所はクロノオ城じゃダメなの?」
「僕もそう言ったんだけど、クリスちゃんを外に出したくないらしいよー。あのザンとかいうおっさんが死んじゃったから今クリスちゃんを護衛できる人がいないらしいよー。」
「えぇ。」
めんどくせー。
ただ、これだけは言っておきたいのだが、決して俺が怠けているわけではないのだ。
むしろ仕事が溜まりすぎていて、頭がおかしくなりそうなのだ。
だからこうして休憩がてらユソリナの部屋にお茶を飲みに行ったりするわけで…。
「いいじゃないですか。ヒムラ様も暇でしょう?」
ユソリナがユーバに賛同する。
「いやいや、俺も忙しくてね…。」
「少なくとも私の部屋でお茶を飲めるほど暇なのでしょう?」
ユソリナが目を嫉妬に染めて俺を見る。
その声はいつも通り優しげな声だったが、何せ目から負のオーラがでまくっている。
これは怒ってるね。
俺がユソリナに言い表せぬ恐怖を感じた瞬間だった。
だが、俺は自分の意思をしっかり貫き、どんな脅迫にもめげずに…
「…はい、行ってきます。」
「それでよろしい。」
ユソリナが満足したように俺を見る。
ここで俺は思ったわけだ。
あれ、力関係おかしくない?
確か俺が上司だったはずだ。
実際にヒムラ様と呼ばれているし、命令系統的にも俺がユソリナの上だったはずだ。
だがなんだろうか、このモヤモヤは。
まあいいや。
どうせ会談はしなければならないしね。
「それでユーバ、いつ会談があるんだ?」
「えっと三日後くらいかな。」
「結構急ぎ目だな。」
「早くしないと国が混乱しちゃうからだと思うよー。」
まあ確かに早く情報のすり合わせをしないと、あちらに要らぬ誤解を生んでしまうかもしれないしね。
「クロノオがエレメントとファントムを乗っ取った!!」なんていう噂が流れてしまったら、これからの支配体制に亀裂が生まれる。
もうすでにそんな考えはちらほらと出ているみたいなので、それも潰して行きながら。
そのためには今回の戦争は、デトミノのせいにするのが一番賢い。
絶対悪と言われている悪魔の国デトミノ。
それのせいでファントムとエレメントが機能しなくなったので、そこをクロノオが助けると言った印象を持たせたい。
まあ半分事実であるので、その考えが通るとは思う。
「了解した。三日後ならば、ユーバはもうクロノオを出た方がいいんじゃいか?」
「え、僕はもちろんヒムラ様の背中に乗っていくけど?」
背中に乗せながら加護使うの意外とむずいんだよという本音が喉元まで出かかったが、ユーバも色々働いて疲れてそうだし、そこはしっかり背中に乗せて楽させてやろうと思ったのだ。
こうして、会談の日程が決まったのだった。
さて、考えることはたくさんあるが、そのうちの一つが兵に対する報酬だった。
何にしようかなーという話だ。
志願兵たちの報酬はすでに用意している。
通常もらえる月給金貨二枚と、戦争の追加報酬金貨十枚だ。
追加報酬はエレメントやファントム、シネマやルーンからちょっとづつ拝借して使わせていただく感じだ。
彼らは王都の寮に住んでいるので、お金を使う機会もある。
だから金銭報酬でも満足してくれる。
だが問題は徴兵に応じてくれた一般兵だ。
彼らにとって貨幣はそこまで重要なものではない。
使う機会といえばたまに村にくる行商人との品の交換くらいだし、ほぼ自給自足で生きているしな。
お金を報酬として使えないのならば、何を報酬としようか。
そのことをアカマルとこれから相談する予定なのだ。
場所は変わって俺の執務室。
俺の好みで取り揃えた黒色のシックな感じで統一された内装。
もちろん値段はそれなりに高い。
軍師という役職はやはり国の要職でもあるので、かなり高額がもらえたりするのだ。
月給で金貨百枚。
日本円に換算すると一千万円。
どこぞの大企業のCEOかって感じだ。
もちろん元小市民の俺は使うあてもなく基本的に貯金しているが、たまにこうやって部屋の内装を変えるためのお金に当てているのだ。
そんな部屋に、アカマルは定刻を十分遅れてきた。
少し注意しようかと思ったが、彼もそれなりに忙しく疲れているようなので、やめておいた。
最近みんな忙しいな。
「アカマル、今日はどうした?」
「ああ、それがどうしても志願兵の皆から酒に誘われてですね、少し飲みに行ってたら少し遅れてしまって…。」
「馬鹿野郎。」
俺の気遣いを返せ。
疲れている風に見えているのは単純にお酒を飲みすぎたらしい。
まあ今回は志願兵と酒をのみコミュニケーションをするのも業務内容の一環として大目に見てやろう。
「で、一般兵の報酬の件だが…。」
「ああ、それはしっかり考えていますよ。」
あ、意外と真面目にこなしてきたらしい。
どうせ「何も考えてませんでした」とか言うと思ったら、思ったよりもちゃんとしてて何より。
「ほう、ではどんな案を?」
「それがですね。彼らにとって貨幣は無価値。ならば何か物を渡すしかないとは思うのですよ。」
「…まあそうだな。」
「ですから、最近かなりブームが来ているクロノオ産の塩を贈呈しようかなと。」
「…!!」
確かにその考えはなかった。
今クロノオでは塩の量産体制が整ってきているし、少しくらい一般兵の報酬として消費してもいいかもしれない。
なんと最近クロノオやその周辺国家では塩は密かにブームになっている。
貴族でなければ食べれない至上の味として、庶民の憧れのマトなのだ。
今回報酬として渡すのもいいな。
「よしアカマル。それで行こう。」
「…ええ?俺酒飲みながらなんとなく考えた案なんですけど…。」
アカマルが何か言っているが、大切なのは過程ではなく結果だ。
こうして、報酬が決定したのだった。